12.魔法というもの
八雲さんの家に行く道すがら沙羅にメッセージを送る。
「今から八雲さんの家行くよ。と」
すぐに返信があり、そこには「は?聞いてないんだけど。いつ来るの?」とあった。
「もうついたよ」と送信した直後、玄関前に到着する。インターホンを押そうと指を伸ばした時、中から階段を駆け下りるような音が聞こえ、玄関に明かりが灯される。
勢いよく扉があき、そこから沙羅が出てきた。
「来るならもっと前から言って!!」
「ひさしぶり」
「久しぶり。じゃないよぉ。もー、だから今日の夕飯いっぱい作ってたんだ」
沙羅の特に変わらない様子に心底安心した。
すると奥から八雲さん夫婦が現れ、にこにこと俺を歓迎してくれた。
「いらっしゃい透真くん。よく来たわねぇ」
「ほら早く上がりなさい。夕飯ももうできているぞ」
家に入る際、沙羅が「知ってたんなら教えてよー」と愚痴ってるのを見るに、ここに馴染めているようだ。
夕食を食べ、温かいお風呂に入り、すこし八雲さん夫婦と談笑した後、沙羅と同じ部屋で寝ることになった。一緒の部屋で寝るのは小学生ぶりか。
布団に入りお互い無言が続く。
静寂を破ったのは沙羅のほうだった。
「今日は何しに来たの?ただ談笑しに来たわけじゃないよね」
「うん。俺、卒業したんだ」
「…」
「一週間くらい前かな、俺のとこにも来たよ。国家防衛協力通知書。強制参加なのに協力って面白いよな」
「…」
「母さんが死んだ時誓ったんだ。何が何でも、醜くもがいても絶対に沙羅を一人にしないって。それを伝えに来た」
「……」
「だから大丈夫。また会いに来る」
沙羅は何も言わないがきっとわかってくれているはずだ。
翌朝、八雲さんにお礼を言ってすぐに家を出た。沙羅が別れ際に「またね」とぶっきらぼうに言い放ったが、この言葉が俺を生かすお守りとなるだろう。
嬉しくなり、つい頭を撫でてしまうがかなり強めに手を払いのけられてしまった。
これもまた一つの思い出だ。俺のかわいいたった一人の家族が安心して暮らすことができるように頑張るしかないと決意を新たに空港へ向かった。
新千歳空港から成田空港につき、シャトルバスに乗りこむ。俺も明日から防衛隊員か、と物思いにふけっていると突然バスに強い衝撃が襲い掛かる。
「きゃあぁぁ!!」
低い姿勢で衝撃に耐えていると乗客が悲鳴を上げる。みんなが見ているほうに視線を向けると数十人の人間がまるでゾンビ映画のようにバスに群がっていた。
この人間の顔には生気が感じられず、なにかに操られているようなぎこちなく不自然な動きをしていた。
「フリムルだ!あいつら、操られてるぞ!」
フリムル。テレビで数回聞いたことがある。半透明で細長く触手のような見た目をしており、その先端部分には小さな突起や細い毛のようなものがあるらしく、その突起を人間のうなじに差し込むことで徐々に寄生していくようだ。
現にゾンビのような見た目をした人間のうなじには、半透明の触手のようなものが伸びているのが見える。
この寄生状態を解除するような薬はまだ開発されておらず、本体を殺すか寄生された人間を殺すしかないようだ。
フリムルを殺したとしても、突起が脳まで達している事がほとんどで、死ぬ際にその突起が脳神経を傷つけて殺してしまうらしい。
「だ、だれか!魔法使いはいないのか!」
誰も手を挙げずに窓の外を見て怯えている。パっと見三十はいそうだが俺にできるだろうか…。
「俺が行きます…」
「あんた、魔法使いか!?頼む…助けてくれっ…!」
「運転手さん、俺が出たらすぐに閉めてください」
「わかった…。でも大丈夫なのか?」
「正直自信はないですが、頑張ります!扉を!」
運転手側の扉があき、手前にいた人を飛び蹴りで退かす。ごろごろと回転しながらバスから離れ、幽欺の発動を試みる。対象を選択。数が増えるにつれ魔術紋の外円が大きくなり、二十を超えたところで霧散した。
「くっ…。燈華!」
「お供いたします」
魔術紋から現れた燈華はすでに抜刀し臨戦態勢だった。
「主殿。これを。わたくしの魔力が籠められた世界に二つとない刀。名を百幻。きっと主殿を助けてくれるでしょう」
燈華が持つ小太刀を渡してくる。
「助かる」
百幻を受け取ると、生まれた時から使い続けてきたかのように、驚くほど手に馴染んだ。
「人間は狙わずにフリムルだけを狙ってくれ。行くぞ!」
俺の掛け声とともに燈華も駆ける。
目の前には人間の形をしていながら、どこか歪んだ動きをする影が複数。元は普通の人間だったが、今は寄生生物に支配された操り人形にすぎない。彼らのうなじには半透明の細長い生物がうねりながら絡みついていた。
寄生された男が一歩踏み出す。予想よりも早い動きに対応が遅れる。
「主殿!」
燈華の声と共に身体が勝手に動いた。いや、動かされた。背後から俺の肩を軽く押したのは燈華の尾だ。半歩ずれた瞬間、男の腕が鋭く空を切る。
「っ……!」
紙一重でかわした俺は、ぎこちないながらも小太刀をフリムルめがけて振るった。少し硬いゼリーを斬ったような感触と、気持ちの悪い断末魔をあげた後フリムルと宿主は動かなくなる。
ほかに手が無かったとはいえ人間を殺してしまったことに罪悪感を覚える。
「懺悔なら後でいくらでもお聞きいたします。今は集中を」
燈華が薄く輝く美しい刀で数体斬りながら激を飛ばす。
深く息を吸い、小太刀を握り直す。
飛び出してくる一体に合わせるように踏み込みながら斬撃を放つが、フリムルは宿主の動きと共に巧みにかわす。次の瞬間、燈華が空を舞い、尾がしなるように空を裂き、宿主の足元に狐火が瞬いた。
炎に怯んだフリムルのわずかな隙を逃さない。首筋に絡みついたそれを正確に斬り裂く。フリムルの絶命と共に宿主の体が崩れ落ちる。
燈華はすでに次の敵に向かっていた。舞うような鋭い剣筋でフリムルを引き剥がす。その動きに気を取られ上を向いているおかげで、数体の宿主はこちらに背を向け標的がよく見えた。
「ふっ!」
隙を晒した数体を切り落とし油断なく正眼に構える。
背後の気配に無意識に身を低くする。同時に燈華の袖が翻り、魔術が迸る。鋭く飛び出した炎が宿主の行く手を阻む。
残りは数体。燈華の魔術がフリムル達の気を逸らしている今ならできる。
「幽欺」
魔術紋を素早く完成させ対象を選択する。外円はそこまで大きくならずに今度は形を保ったまま発動することができた。
幽欺に掛かったフリムル達はたちまち同士討ちをはじめ、次第に数を減らし、最後の一体を燈華の刀が断ち切る。
「戦闘の最中に魔術を発動できるようになるとは…主殿の成長には目を見張るものがございますね」
「褒めすぎだよ。燈華のサポートと百幻のおかげだ」
燈華に借りた百幻を返していると、バスから乗客が下りてくる。
「すごいなぁにいちゃん!」
「もうここで死んじゃうかと思ったわぁ。本当にありがとうね」
降りてきた乗客たちから賛美の的になる。こんな大勢に囲まれて褒められることなんて今まで経験したことがないため嬉しさと共に恥ずかしさもこみあげてくる。
「へへ、皆さん無事でよかったです」
褒められすぎて逆に気まずさを感じていた頃、後方から声をかけられる。
「防衛隊です!通報があって駆け付けました!魔物はどちらに!?」
「おぉ!防衛隊さん。通報しといて悪いがこのにいちゃんが全部やっつけてくれたよぉ!」
「それはよかった。あなたがこの魔物を?」
「あぁ、はい。なんとかギリギリでしたけど」
メガネをかけた黒髪の誠実そうな男性が心配そうにこちらの状況を確認してくる。
先頭を歩く男性の茶色の髪は適当に伸ばされ、どこか無骨な雰囲気をまとっている。もう1人は金髪セミロングの女性が立っており、急いで駆けつけてくれたのか三人とも額に汗をかいていた。
「そうだぞ、このにいちゃんが刀でずばすばっ!てな!」
「刀で?」
刀で倒したと聞いた途端茶髪の男から不審そうな目を向けられる。
「魔法は使わないのか?」
「それが、魔法は苦手で…」
「そうか。君はまだ若いから教えておいてあげよう。魔法というものがどういうものかを。見ろ」
次回投稿予定:本日15時頃