11.ただ一度の反撃
燈華との秘密の授業が始まってから2週間が経った。いじめは収まることはなく、毎日昼休みになるたびに呼び出され、俺のせいで友達が死んだと恨みつらみをぶつけられうんざりしていた時、ある提案を受けた。
それは幻覚の魔術を習ってみないかというものだ。燈華は幻覚系の魔術に長けた種族らしく、単眼の魔物と戦った時、俺の位置を誤認したような場所に拳が振り下ろされたのは燈華が幻覚を見せていたからだったようだ。
そしてこの幻覚の魔術というのがかなり難しい部類の術の様で、もしこれを理解し、習得することができれば他の簡単な魔術ならば行使できる可能性があり、いじめの主犯グループに掛けることができれば、他の人には見えないお友達をいじめる痛い子にできるという提案を受け、すぐに座学に取り掛かった。
燈華が手を前に突き出し、そこから魔術紋が現れる。
「こちらが、幻覚を操る魔術紋の構成です。これをみて何か気づくことはございますか?」
「うーん…中心と内側の円が歪んでいる?それと正面から見ると平面に見えるけど、横から見ると三重構造になってる」
「その通りでございます」
「あとは目のようなシンボルと、文字が逆さに書かれている?」
「さすが我が主!御慧眼には恐れ入ります。」
ぱちぱちと手を叩き、大げさに褒めたたえられ気恥ずかしさを覚えるが悪い気はしない。
「へへ」
「では、外円・中円・内円の意味はご存知で?」
ご先祖様が召喚術を教えてくれた時のことを思い出す。
召喚術では外側の円は召喚された存在をこの世界に固定する役割を果たし、その内側には魔力の流れを安定させる中円、そして召喚対象の情報を確定する内円が配置されていると言っていた。
「外円は行使する魔術をこの世界に固定する…?この世界に留めるためのもの?中円は魔力の流れを安定させるためのもので、内円は行使する魔術の情報が収束される場所?」
「なんと!もうそこまで理解を深められたので?」
「いやぁたまたまだよぉ」
「ご謙遜なさらないでください。どうやらこの時代に魔術というものはあまり正確な情報が伝わっていないように見受けられます。そんな中で知識を深めておられるということは尊敬に値するものでございます」
「しかし」と続け、魔術紋のより詳しい説明をしてくれた。
外側の円は俺が言ったように術をこの世界に留めるためのものである認識はあっているが、厳密に言うと、その魔術が影響を及ぼす領域や対象の選択、魔術自体の保護機能を担っているらしい。
そのため、外円が大きければ大きいいほど影響を及ぼす範囲が大きく、魔術紋もコントロールしづらく、術の行使が失敗する可能性もあるのだとか。
そして中円は外円と内円を繋ぐ回路のようなもので、魔力の流れをスムーズにし、術を安定させる役割があるという。
最後に内円だが、これは魔術の発動地点であり紋様が少し違うだけで違う魔術が発動してしまうような、最も大事な部分だと教えてくれた。
「ここまで理解できれば、次はこの魔術紋を覚える段階に入ります。まずは紙に書き出してみましょう」
こうして俺はペンだこができるほど紙に魔術紋を描き続け、2か月後には寸分の狂いもなく魔術紋を描けるようになっていた。その間もいじめは続き、俺の体中には生傷が絶えなかったが、それのおかげでやる気を失わずに書き続けられたといっても過言ではない。
「次は魔力を放出し魔術紋を浮かびあがらせる練習です。わたくしが幻覚に掛かったら成功ですね」
前に燈華が俺に見せてくれたように手を前に出し、魔術紋を浮かび上がらせるように魔力の流れを意識し、力を籠める。
徐々に魔術紋が浮かび上がる。紋の意味を再度確認しながら外側から形成してくが、うまく形にならない。あれよあれよという間に魔術紋は崩壊し霧散した。
「くそっ、どうして…」
「幻覚の魔術紋は他の魔術と比べても難しい部類に当たります。始めたばかりにしてはかなり形成されておりましたのでやはり魔術の才能はピカイチかと」
「燈華の説明とか訓練のやり方がよかったからだよ。ありがとう」
お世辞なのだろうが燈華にこう言ってもらえるだけでまた明日も頑張ろうという気持ちになる。
魔術紋の形成に成功し、幻覚を見せることに成功した頃には卒業が目前に迫っていた。本来ならば春休みに入っている時期だが、魔物が襲来したことにより授業が遅れていたため春休みは潰れ、卒業ギリギリまで授業が続けられていた。
あと1週間で卒業だ。やっとこの地獄ともおさらば。でもその前にやらなきゃいけないことがある。
翌日、いつものように教室に入ると、大槻がにやにやとした顔でこちらを向いているのが見えた。
「もうすぐ卒業だなぁ。でも俺らから逃げられると思うなよ?」
最初は友人を失った恨みを俺にぶつけていたが、いまはもういじめることがルーティンと化しており、特に理由のない暴力に耐える日々。先生も見て見ぬふりを続ける。
施設の人に言おうとも考えたが、迷惑をかけるんじゃないかと思い相談するのも憚られた。
そんな悩みとは今日でおさらばしたいものだ。
昼休みになり、いつも通り大槻が取り巻きを連れ、相も変わらずにやけ顔で俺のとこまで来る。
「面貸せ」
大槻が俺に手を伸ばし、襟首をつかもうとしたところで魔術紋を発動させ、幽欺の詠唱を呟く。
「影に溶けよ、意識を乱せ」
すると大槻とその取り巻きは何もない空間を掴むそぶりを見せ、何もない空間に話しかけながら教室を出ていく。
成功だ!成功したんだ!
「よっし」
幻覚は大槻と取り巻きにしか掛けていないため、クラスメイトからは何もない空間に話しかけているようにしか見えていないため、ざわざわした後にちょっとした笑いが起こる。
窓の外を見れば大槻が一生懸命拳を振る姿が見え、それがとても滑稽で仕方がなかった。
学校が終わり、まだいつもの時間になっていないが、物陰に隠れ燈華を呼ぶ。
「燈華!」
「こちらに」
不細工な魔術紋から燈華が現れる。
「「幽欺」成功したんだ!あいつらなんもないとこにこう、拳振っちゃってさぁ、本当最高だったよ!」
「それもひとえに主殿の努力の賜物でございます。あれだけ努力しておりましたので、成功するのはあたりまえかと。ですが、わたくしも大変嬉しゅうございます」
燈華とハイタッチで幽欺が発動できたことを祝う。狐のお面で見えないが、その奥で燈華も嬉しそうにしているようで俺も嬉しくなる。
「でも人に魔術を使うのはよくなかったかかも…?」
「そんなことはございません。主殿をいじめる輩はピエロになるくらいじゃ足りません」
燈華は内心激おこのようだがなんとか宥める。
「ただ、魔術を使えることは公言しない方がよいかと思われます。人はどの世界でも得体のしれない何かに怯え排除しようとするものです。信頼に足る者が現れれば打ち明けてもよろしいですが」
そういうものなのか?なんにせよ、卒業する前に魔術を成功させることができて本当に良かった。
そして1週間後。無事に卒業式を終えた俺は、その足で北海道の八雲さん家へ向かった。
次回投稿予定:本日の12時頃