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51 王都決戦〜メーディアの遺言

 広間に静寂が訪れ、大神官メーディアは床に横たわりながら、ゆっくりと自分の過去を話し始めた。そこに佇むアルティナと拓海は、彼女の言葉に耳を傾けていた。


「——オーリューンに初めて会った時、私は……ただの孤児だった」


 メーディアの声は、過去を懐かしむようにかすかに震えた。彼女の物語は、今はもう遠い過去にいる一人の男の姿へと続いていく。


「母はエルフ、父は人間……それでも私にとって、ただの家族だったわ。でも両親が亡くなってから、私の境遇は一変したの」


 人族と魔族の紛争が激化していた時代、エルフと人間の間に生まれたメーディアは、出兵した父が戦死し、母親と暮らしていたが戦禍ですぐに母親も亡くした。両親の死後は人間の孤児院にも、聖地にも入れてもらえず、行き場を失って最後は奴隷商人に捕らわれた。


「そして……私を見つけてくれたのが、当時の勇者、オーリューンだった」


 彼もまた人間と魔族のハーフであり、常に差別を受け、異端者として蔑まれてきた。メーディアは、自分のことのように彼が同情してくれたのだと言う。オーリューンは彼女を解放し、自分の子供のように育て、戦士としての力や魔術を教えた。


「彼の教えは厳しかったけれど、温かかった……私は彼のために全力で努力したわ」


 メーディアの声には、オーリューンに抱いていた尊敬と愛情が感じられた。その後、彼女は自分が未来を見通す力、【心眼】を持つことに気づき、それを彼のために鍛え続けた。彼女はいつの日かオーリューンと並び立つことを夢見て、ただひたむきに生きてきた。


 やがて、魔王の勢力が人族への侵攻を始め、勇者であるオーリューンは、魔王討伐のため魔族領へ向かうことを決意する。彼女もその戦いに同行し、戦場で王国最高の魔導士であり聖騎士として彼を支え続けた。


「私たちは、魔族と人族の双方が無駄な流血を避けられるよう、最短ルートで魔王城に向かったの」


 そこでオーリューンが魔王と一騎打ちを行い、見事に討ち果たした瞬間、戦場にいた誰もが彼の強さと正義を目の当たりにした。彼の行動に感銘を受けた魔族の将軍たちは、オーリューンに忠誠を誓い、従うことを誓う。


「オーリューンは両族のために戦ってきた。それを誰もが知っていた。だから、魔族の将軍たちも心から休戦に応じたのよ……」


 メーディアの視線が、遠い過去に向かっていく。その彼女の様子に、アルティナは眉を顰め、「私たちが知るオーリューン史実とはだいぶ違うわね」と小さくつぶやいた。


 しかし、メーディアは苦笑を浮かべただけで話を続ける。


「でもね、アルティナ……人間は休戦協定を破ったのよ。王国軍は、戦利品を求めて、次々と魔族の街を侵略し始めたの」


 アルティナの表情が険しくなった。メーディアは続ける。


「それを指導していたのが、当時の大神官オルフェウス。彼は、オーリューンに強い私怨を抱いていた。オーリューンがいくら国王に抗議しても無駄だった……」


 すでに軍は解体されいた魔族に、人族と大神官の暴虐を止める手段はなく、魔族の街は無秩序のまま次々と陥落していった。魔族の難民が溢れ、オーリューンが管理する魔王城もその避難場所として機能するようになった。オーリューンは、自分が招いた災厄だと責任を感じ、次第に精神的に追い詰められていく。


「彼は、大神官と王国軍が退かなければ反撃すると宣言し、魔王城に陣を構えたわ」


 その時、大神官オルフェウスは創造神ユグドラに謁見し、オーリューンから聖剣を奪う策を実行に移した。新たな勇者が召喚され、オーリューンを討つべく魔王城に送り込まれた。


「聖剣を失った彼に残された選択肢は……魔王が持っていた魔族の聖剣を手にすること。そうしてオーリューンは、魔王として覚醒することを選んだのよ」


 メーディアは必死にオーリューンを止めようとしたらしいが、彼は「ユグドラにさえ見捨てられた」と悟り、覚悟を決めたらしい。


「こうして魔王オーリューンが誕生した……」


 オーリューンは、最初の勇者を圧倒的な力で打ち負かしたが、完全には殺さず、彼の魂を魔族の聖剣に封じることで留め置いた。それでも、大神官オルフェウスはオーリューンの真の姿を王国に伏せ、魔王ゴルゴロスという別の存在として国民に公表した。


 メーディアは静かに目を閉じ、まるでその時の哀しみを振り返っているかのようだった。


「魔王としての力を強める彼を見て……私も覚悟を決めた」


 魔王という存在に精神を蝕まれていくオーリューンを見て、彼が彼自身であるうちにできることをしたいと、メーディアは大神官オルフェウスと魔道戦を行い、大神官の地位を勝ち取った。


「彼は私に大神官になってほしかったの。それを知っていたわ。でも私は……彼を愛していたから、拒み続けたけど……結局見ての通りよ」


 メーディアの言葉が途切れる。「彼を愛していた」というその一言に、アルティナは気圧され、声も出せずにいた。

 大神官は職業のしばりによって、婚姻が出来ないのだ。


「そのタイミングで、オーリューンは私のいる王都を守るため、冥界の誓いを使って魔族の進行を防ぐ保険をかけた」


 オーリューンの名の下で守られた均衡が保たれているのだと、メーディアは語り、涙を浮かべて呟いた。


「彼は、今日という未来を予測していたのでしょうね……」


 それから幾度も人族は新たな勇者を送り、魔王ゴルゴロスに挑み続けたが、結果は同じ。オーリューンは、魔王として挑まれる度に力を増し、ついには神にさえその力を疎まれる存在として、ただ孤独に生きることを選ばざるを得なかった。


「結局ね……この歪みを生んだのは、創造神ユグドラなのよ」


 メーディアの言葉には怒りと苦悩が混じっていた。彼女は、ユグドラが自ら定めた均衡という幻想に固執し、すべての種族の運命をねじ曲げたことに憤りを抱いていた。


「私は……オーリューンのためにもユグドラを許せない……」


 メーディアの目に、最後の輝きが宿っていた。


 アルティナは涙ながらに彼女に手を伸ばし、「メーディア、あなたの気持ちは伝わったわ……私たちができる限り、この世界を救うわ。だから逝かないで」と訴えかける。しかし、メーディアの視界はもはや朧げだった。


「アルティナ……やっと出会えた……あなたこそ……私を超える魔導士よ……大神官を…つ」


「メーディア!お願いだから、しっかりして!」


 その声も彼女にはもう遠く、聞こえなかった。


 メーディアの顔に微笑が浮かび、最期の言葉が口をついて出た。


「……迎えに……きてくれたのね……やっと……」


 そう言い終えると、彼女は静かに息を引き取った。

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