45 王都決戦〜無垢の界域
陽が昇りきる前から、王都テーベスの上空は不吉な雲に覆われていた。その雲は、まるで世界の終わりを告げるかのように黒く、重く垂れこめている。街を包み込む冷たい風が、戦場に立つ者たちの心にも冷ややかな恐怖を吹き込んでいた。
王都の南門を守る兵士たちは、眼前に広がる地獄絵図に言葉を失っていた。
アンデットの黒い軍勢およそ5万が王都の門と防壁に向かって波のように押し寄せ、その中心には、禍々しいオーラを放つ一体のリッチが立っていた。
——不死王カーロンだ。
その1kmほど後方に、魔族兵で構成された魔王正規軍20万が控えているが、動く気配はない。おそらく攻城戦をアンデットの軍団に任せ、主力を無傷で温存する戦略なのだろう。
カーロンは全身を漆黒のローブで覆い、その顔は肉のない白骨で形成されている。両目の奥には邪悪な赤い光が宿り、その視線が一度でも向けられると、まるで魂が吸い取られるような感覚に襲われた。
「あれが……不死王カーロン……!」誰かがそう呟いた。
かつて魔道王と呼ばれ王国に甚大な被害をもたらせた存在は、300年前に英雄スルバによって封印されたと伝えられていた。
しかし、今その悪夢と伝説は蘇り、再びこの世界を脅かしている。目の前の不死王が指揮するのは生きた魔族兵ではなく、同じく不死とされるアンデッドの大軍だ。
最前線では既に死者の軍勢と兵士達が刃を交えていたが、個々の戦闘力では王国兵たちが上回ってるものの、倒しても倒しても甦るアンデット兵との戦いは、兵士たちの心を絶望の淵に追いやっていた。消耗戦では勝ち目がないのは明らかだ。
その中、勇者美月は前線で騎馬に跨り聖剣を握りしめていた。その隣に寄り添うようにマスター・ゼロスも騎乗している。彼はかつて伝説のS級武闘家として名を馳せた冒険者で、その武勇を知らぬ者はいない。
美月の前方にはS級冒険者を中心に結成された500騎の決死隊が既に突撃の準備を整えてる。さらに前方の右翼左翼には各2000名の冒険者が中央突破部隊を敵の視線から隠すように陣取った。
最後方には簡易的に組まれた櫓に、X級冒険者ディオーネを中心としたレンジャー部隊500が弓を構え合図を待っている。
圧倒的な力を誇る不死王カーロンを前に美月の心には恐怖が渦巻いていたが、それを押し殺し、勇者としての使命を全うしようと決意していた。
(約束したんだ、拓海が来るまで私が王都を守る)
「ニコル!【深淵のファランクス】を展開して!」
美月は叫び、肩に乗る大地の守護樹ニコルに指示を出した。ニコルはその言葉に頷き、全身に溢れる魔力を集中させた。周囲に紅いオーラが立ち込め、真紅に輝く亀甲の防御壁が美月と前方の決死隊を守るように先端を尖らせた楔形で形成されていく。
「あの骸骨に到達するまで、わちきが皆を守る。どんな攻撃も通させんわ!」
ニコルの力で形成された【深淵のファランクス】は、決死隊の面々たちに一時の安堵を与えて、その士気を高めた。
美月とマスター・ゼロスが目を合わせ互いに頷くと、ゼロスが拳を突き上げて咆哮した。
「自由を愛する冒険者達よ!我らの『生きる意味』は、この一戦にあり!共に自由のために、死んでも生き残れ!」
「我らの自由のために!」それに応じて各自が咆哮する。
「目標は、不死王カーロンの首。突撃せよ!」
美月が声を上げると、馬蹄で大地を震わせながら、各部隊が一斉に駆け出した。
まず右翼左翼の冒険者部隊とアンデット兵がぶつかり合い、激しい金属音が響き渡り、粉塵が舞い上がる。
それを合図にS級冒険者たちで構成された決死隊が中央の隙間から、不死王カーロンへ向けて突進を開始、その後を美月とゼロスが追従する。彼らの士気は高く、ニコルの【深淵のファランクス】が守る中、恐れを知らずに前進する。彼らが放つ戦闘の咆哮は、まるで自分たちの命を捧げる覚悟を固めた者たちのように、力強く戦場に響き渡った。
「行け!ここで怯むな!」
ゼロスの声が戦場に響く。彼は突撃隊の最先端を走り、部隊を指揮しながら敵兵を次々と打ち倒していた。素手での戦闘に長けた彼の拳は、敵を打ち抜く度に凄まじい衝撃波を発生させ、アンデッドの群れを容赦なく粉砕していく。
正確で、無駄のない動きで次々と敵を倒していくその姿は、まさに伝説のS級武闘家の名にふさわしいものだった。
「右翼が押されてるぞ!フォローしろ!」
後方から戦況を虎視眈々と見つめていたディオーネが叫ぶと、自身とレンジャー隊の連携による恐ろしいほどの正確な射撃で、押し気味だった敵兵達を射抜いてゆく。右翼を担当していた冒険者たちは敵の数に圧倒されそうな中、ディオーネの冷静な指示と援護で戦況を少しずつ好転させていった。
一方、美月は目の前に迫るカーロンを睨みつけながら、馬を駆り続けていた。彼女の心には、一人で異世界へ向かった日々人の姿が浮かんでいた。
「魔王を絶命させるまで、日々人を解放するまで、わたしは絶対に死なない!」
彼女は聖剣を掲げ、【聖剣の大威光】を発動し、己を奮い立たせた。その眩い威光が戦場を照らし、戦士たちの士気をさらに高める。
「【神威光刃】」
続いて美月が聖剣を振りかざすと、無数の光の刃を放たれ、前方広範囲のアンデットを一斉に攻撃する、一撃一撃が強力な攻撃力を放ち、前方の決死隊の進路を広げた。
「まさか我を直接狙っておるのか……愚かな生者どもよ!」
カーロンは禍々しい漆黒の波動を放ち、突撃してくる部隊を迎え撃つ。
しかし、ニコルの【深淵のファランクス】がその攻撃を防ぎ、美月たちを守り続けた。
「わちきの盾がある限り、おぬしの攻撃は通じぬわ!」
ニコルの声が戦場に響き、決死隊の冒険者たちの士気がさらに高まった。美月とゼロス、そしてニコルの連携が、次々とカーロンのアンデッド兵を打ち倒し、ついにカーロンの目前まで迫った。
「あの憎き英雄と同じ防御壁を使うのか?多少は楽しませてくれるのかのぉ」
不敵に笑みを浮かべるカーロンの元に到達した美月とゼロス。
突撃部隊は彼らを取り囲むように円形に展開し、カーロンと美月の一騎打ちが始まるのを待っていた。彼らは、周囲の敵からの攻撃を凌ぎながら、勇者美月に戦いの場を提供するために命を賭けていた。
「ほう、聖剣の勇者か……だが、ここで貴様の旅は終わりだ」
カーロンがその邪悪な目で美月を睨みつける。しかし、美月はそれに怯むことなく、聖剣を構えた。
「黙れ不死王!わたしの標的は魔王ゴルゴロス、おまえなんかに負けない」
彼女の言葉が戦場に響き渡り、その声が仲間たちに勇気を与えた。
「フハハハハ、我が魔王より弱いと思っておるのか?聖剣に頼る勇者にとって、我は魔王よりも遥かに強敵だぞ」
カーロンが手を上げると、周囲に暗黒のオーラが広がり始めた。そのオーラがカーロンの体を包み込み、絶対防御のユニークスキル【無垢の界域】が発動した。
カーロンのスキルが発動する中、美月は瞬時に行動を起こした。彼女は馬を降り、カーロンに向かって全力で駆け寄る。それに呼応してゼロスが続く。
「聖剣よ……我に天啓の光を与えたまえ」
美月の声が響き渡ると同時に、彼女の体を包む光がさらに強くなった。その光はまるで神から授かった神聖な力そのものだった。
「【天光斬】!」
美月がカーロンに向けて聖剣を振り下ろすと、その刃から放たれた光の刃は一瞬にしてカーロンの胸を斬り裂いた。バリバリという空気を引き裂く音と強烈な閃光が両者を照らす。
光が収まり、戦場には一瞬の静寂が訪れた。美月は息を整えながら、聖剣を構え直した。彼女の一撃が確実にカーロンに届いたはずだ――その確信があった。しかし、次の瞬間、目の前の光景が彼女の心に冷たい現実を突きつけた。
不死王カーロンは、まったく無傷のままで立っていた。彼の胸を斬り裂いたはずの聖剣の一撃は、まるで何事もなかったかのようにかき消されている。彼の邪悪な笑い声が、戦場に響き渡った。
「フハハハハ……愚かなる勇者よ、お前の力では私に傷一つつけることはできぬ!」
カーロンの声には、揺るぎない自信と嘲笑が満ちていた。その両目に宿る赤い光がさらに強く輝き、不気味な闇のオーラが周囲に広がる。彼の体を包む魔力がうねり、まるで生き物のように蠢いている。
「これが……【無垢の界域】だ。この力の前では、どんな武器も魔法も無意味だ。お前の聖剣も、ただの鉄くずにすぎぬ!」
美月は愕然とした表情でカーロンを見つめた。彼女の全力を込めた一撃が、まったく効果を発揮しないことに言葉を失った。聖剣が持つ神聖な力でさえ、この絶対防御を打ち破ることができないとは――。
「そんな……」
美月のつぶやきは、戦場の喧騒の中に消えていった。カーロンの笑い声はますます高まり、そのまがまがしいオーラがさらに強大になっていく。
美月はすかさずカーロンの能力をサーチした。
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不死王カーロン(リッチ) Lv.99
HP: 21500 MP: 99999(無限回復)
攻撃: 550(三途の魔杖+400、冥界の波動+500)
防御: 650(冥界守護の黒衣+700)
俊敏: 90(影の瞬移+200)
スキル:【攻撃魔法第9界】【防御魔法第8界】
【冥界召喚】: 冥界から無数のアンデッド兵士を呼び出し、戦場を支配する。召喚主のHPもしくはMPが続く限り、アンデッドは倒されても無限に再生する。ただし発動中は術者の魔法使用が不可。
【魔力脈動】:大地から絶えず魔力を吸収しMPを回復し続ける。吸収量は元の魔力に比例する。
【屍の糧】:戦場の死体やアンデット兵士を犠牲にしてHPを回復する。
【死者の波動】:前方に暗黒の波動を飛ばしレジストするまで物理ダメージを与え続ける。
【破滅の暗黒波動】: 広範囲にわたる破壊的な暗黒波動を放ち、物理・魔法防御を無視して敵を貫く。HPの10%を即座に奪い士気を低下させる。
【死の呪縛】: 対象に死の呪いをかけ、一定時間内に解除されなければ即死させる。
【冥府の門】: 一度に3体の強力な冥界の守護者を召喚し、戦場に投入する。これらの守護者はそれぞれ独立した強力なスキルを持ち、倒すのが極めて困難。
【奈落のブレス】: 口から放たれる奈落の息吹が広範囲を覆い、すべての生物のHPを徐々に減少させる継続ダメージを与える。周囲のアンデッド兵士は強化される。
【復讐の黒炎】: カーロンが受けたダメージを蓄積し、一気に敵に跳ね返す。反射ダメージは蓄積されたダメージの1.5倍。
ユニークスキル:
【無垢の界域】: 自身に対するすべての武器と魔法の攻撃値をゼロにする。これにより、カーロンに対してダメージを与えられるのは、武器や魔法を使わない特定の攻撃のみとなる。
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「見よ、勇者よ!お前の無力さを!この世界を支配するのは、魔王でも勇者でもない、魔道王であり不死王である我なり!」
不死王カーロンは、まるで自身が世界の王であるかのように、両手を天に掲げ高笑いする。
「武器や魔法の攻撃力がゼロになるって……聖剣の力が無効ってこと?」
美月の声は驚きと困惑に満ちていた。彼女の手に握られた聖剣は、これまでどんな魔族をも打ち破る絶対的な力の象徴だった。しかし、目の前の不死王カーロンの存在がその信念を根底から揺さぶっている。
「聖剣こそが勇者の力なのに……どうすれば……」
美月の声は、徐々に焦りを帯びていった。聖剣が無効化されてしまうという現実は、彼女にとって想像を超えた絶望だった。打つ手が見えず、次第に戦意を失いかける彼女の姿に、戦場の空気は一層重苦しいものとなった。
しかし、その時、ゼロスが静かに一歩前に進み出た。その姿はまるで嵐の前の静けさを漂わせるかのように、冷静でありながらも確かな決意が感じられた。
「美月、俺に任せろ」
ゼロスは低い声で言いながら、拳を軽く握り締めた。その拳には、かつて無敵を誇った伝説の武闘家としての自信が宿っていた。彼はカーロンに向かって一歩、また一歩と歩みを進めていく。
「武器や魔法が効かないなら、素手で殴ればいいのだろ?このバケモノに俺の拳が届くか、試してみようじゃないか」
ゼロスが不死王カーロンに対峙した瞬間、戦場の空気が一変した。何かが起こるかのような緊張感が辺りを包み込み、全ての視線が彼の一挙手一投足に注がれた。
「さあ、カーロン。お前の【無垢の界域】がどれほど強力なものか……この俺の拳で確かめさせてもらおう」
ゼロスは冷静な声でそう言い放つと、ゆっくりと拳を構えた。
それを見たカーロンは目の奥を赤く光らせると不敵な笑みを浮かべた。
ここに、不死王カーロンと伝説の武闘家ゼロスの激突が始まる――




