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44 王都決戦〜最終防衛会議

 王都テーベスの王宮では、緊迫した雰囲気の中で対応会議が行われていた。会議室には王族や貴族、軍の重鎮たちが集まり、魔王軍への対応について議論が繰り広げられていた。


「魔王軍が南部から進軍を開始したとの報告が入っている。数は……25万を超える大軍勢だ」


 軍の指揮官が報告すると、会議室内にざわめきが広がった。貴族たちの顔には、不安と恐怖が色濃く浮かんでいる。


「25万だと……そんな数を相手に、総勢10万にも満たない我が軍でどうやって防げるというのか!」


 一人の貴族が声を荒げた。彼の言葉に他の貴族たちも同調し、不安の声が次々と上がる。


「このままでは王都が陥落するのは時間の問題だ。早急に何らかの対応を取らなければならない」


「だが、勇者も不在の今、我々の戦力ではどうにもならないではないか……!」


 議論が紛糾する中、会議場の扉が開かれた。そこに現れたのは、大神官メーディアだった。彼女は堂々とした姿勢で会議室に入ると、全員の視線を集めた。


「皆様、ご機嫌よう。恐れながら、大神官として……この状況に対する1つの提案をさせていただきます」


 彼女の言葉に、会議室は静まり返った。彼女の神聖な立場とカリスマ性に、誰もが耳を傾けざるを得なかった。


「提案とは、何ですかな、大神官殿」


 王が冷静な声で尋ねると、メーディアは優雅に微笑んだ。


「この戦いを無意味な流血と破壊に終わらせないためにも、私は早急に魔王へ和議の使者を送り、王都が魔王への恭順を誓うべきだと考えます。」


 彼女の言葉が静かに響き渡った瞬間、会議室は再びざわめきに包まれた。


「恭順だと!?貴女は何を言っている!」


 一人の貴族が立ち上がり、激昂した。しかし、メーディアはその怒りに動じることなく、静かに続けた。


「もはや多勢に無勢……魔族との戦いは避けるべきです。もし我々が魔王に恭順を誓えば、無駄な戦いを避け、多くの命が救われます。そして、我々は彼らと共存する道を模索することができるのです」


「魔族と我々が共存だと!?そんなこと、神に許されるはずがない!そもそも大神官は魔族の存在を認めてはならぬ立場でしょうに!」


 他の貴族たちも次々と反対の声を上げ、会議場は一瞬にして混乱の渦に巻き込まれた。王族や貴族たちの中には、激しく反対する者もいれば、恐怖に駆られて彼女の提案を支持する者も少なからずいた。


「黙れ!」


 王が力強く言葉を発すると、会議場が静まり返った。彼は冷静な目でメーディアを見つめた。


「大神官メーディアよ。それが神官勢の総意であるなら意見としては尊重しよう。しかし、王族側としてその提案は到底受け入れられるものではない。我々の使命は、王都の民を守るために最後まで戦うこと。それを行う覚悟を決めることなのだ。」


 しかし、メーディアは微笑みを崩さなかった。その微笑みの裏に隠された意図が、王や貴族たちを不安にさせる。


「ご英断ですわ、エイム王よ。ですが、その覚悟がどれほどの意味を持つか、いずれお分かりになるでしょう」


 メーディアの言葉が、会議場に冷たい影を落とした。大神官はユニークスキル【センチネル】を発動する事が出来る唯一の存在。それはアポスト神殿の大魔法陣を使う神聖大魔法で、魔族勢力に対する最終抵抗手段とされている。しかし、歴史上で一度も使われたことはなく、その力の全貌は未だに謎に包まれていた。


 この状況で王国最後の命綱を握る大神官メーディアが、魔王への恭順を提案してきたことで、王族や貴族たちの不安はさらに増していく。


 議論が紛糾する中、数人の足音が響き、会議場の扉が重々しく開かれた。そこに現れたのは、勇者美月、冒険者ギルドマスターのゼロス、そして【龍人化】(メタモルフォーゼ)した白龍王フレイの3名だった。全員が一斉に彼らへ注目し、その表情には期待と不安が入り混じっていた。


 エイム王は、三人に向かって静かに問いかけた。


「勇者美月、マスター・ゼロス殿……そして客人よ。この緊急の場に、何か報告でもあるのか?」


 美月は短く頷いたものの、メーディアが居ることを確認すると彼女を睨みつけたまま口を開くことはせず、代わりにゼロスが前に出て説明を始めた。


「王よ、そしてこの場にお集まりの皆様……魔王軍について、どうしてもお伝えしなければならないことがあります」


 ゼロスの言葉に、会議室内にいた者たちは息を飲んだ。彼はさらに具体的な報告を始めた。


「勇者美月が空から魔王軍の動きを確認してきました。その結果……魔王軍がアンデッド兵の大軍を率いていることが確認されました。さらに、その指揮を執っているのはリッチ——アンデッドの王です」


「うむぅ……リッチが率いる不死の軍団か……なんと厄介な」


 ゼロスの言葉に、会議室内にいた者たちは再び息を飲んだ。その中で白龍王フレイが前に進み出て、さらに具体的な報告を始めた。


「我は、聖王に仕える白龍王フレイである——アンデッドの指揮を執っているのはただのリッチではない——」


 白龍王フレイの白い髪は月光のように輝き、深紅の瞳には冷静沈着な知性が宿っている。彼の整った顔立ちと高貴な雰囲気が、見る者を圧倒する威厳を放ち、空間を支配するようなオーラと存在感があった。


「あれは——300年前の大戦で知られる魔道王カーロン。いや、正しくは冥界の悪魔と契約して転生した不死王カーロンだ。」


「カーロンだと……!」


 その名に反応した王族や貴族たちがざわめき立った。カーロンという名は、歴史書に登場する悪夢のような存在であり、その力の凶悪さは今でも語り継がれていた。


「カーロンの力は、大地から吸い上げる膨大な魔力により増大し続けておる。伝説当時を遥かに超える力を持っている。消耗戦に持ち込まれれば、王国軍に勝てる見込みはない。」


 その言葉で、王族や貴族達の間に恐怖と絶望が広がっていくのが分かった。フレイはそこで一旦言葉を切り、ゼロスに目を向けた。ゼロスは頷き、重々しく口を開いた。


「王よ、我々はこの状況を打開するために、あらゆる手を尽くす覚悟で参上しました。冒険者ギルドとして、S級冒険者を含む精鋭たちを総動員し、勇者美月と共に戦う5000名超の義勇軍を旗揚げしました。我々も戦いに加わります!」


 ゼロスの宣言に、会議場の空気が変わった。S級冒険者を含む5000名の大部隊となれば、数万の兵に匹敵する戦力となるだろう。冒険者ギルドには国家間の紛争には関与しない不文律があり、それを破って戦争に参加するというだけでも歴史的なことだ。ゼロスはさらに続けた。


「私たちは危険を承知の上で、不死王カーロンを狙い撃ちにする作戦を提案します。冒険者部隊と勇者美月で、カーロンを直接討ち取れたなら、指揮官を失ったアンデッド軍は壊滅し、魔王軍も統制を失い、混乱に陥るでしょう」


 再び会議場がざわめき始めた中、エイム王は美月を見つめ、不安そうな声で尋ねた。


「しかし、勇者美月は……魔王に敗北して、その力を失ったと聞いているが……」


 王の問いに、美月は一瞬躊躇した後、深く息を吸い込み、毅然とした態度で答えた。


「いいえ、私はすでに真の勇者の力を取り戻しました。この聖剣も今なら最大出力で扱えます」


 美月は聖剣を抜き、天にかざした。すると青白く眩い光が室内を照らし、空間を引き裂くような膨大な力が解放された。


「おお!なんと……これはまさに選ばれし真の勇者のみが発動しうる【聖剣の大威光ディヴァイン・グローリー】であるな!」


 王族、貴族達はざわめき、感嘆の声を上げた。かの勇者オーリューンが発動してみせたと伝わる【聖剣の大威光ディヴァイン・グローリー】が今、目の前で発現しているのだから当然だ。


 そしてニコルがここぞとばかりに飛び出すと、美月の周囲に【ファランクス】を展開してみせる。


「わちきは、かの英雄スルバが従えし大地の守護獣じゃ。そして今は勇者美月を守護するものぞ!おぬしらは今、選ばれし真の勇者と、伝説の守護者を同時に目にしておるのじゃ!キャハハ」


 さらにマスター・ゼロスが力強く言葉を続ける。


「選ばれし真の勇者となった美月、そして我ら冒険者の精鋭部隊が、不死王カーロンの進軍を必ず止めてみせましょう!」


 その提案に、その場にいる者たちの表情が引き締まり、恐れから希望へと変化していくのが見えるようだった。しかし、その時、会議場の一角から静かに声が響いた。


「お待ちください」


 大神官メーディアが、神聖な装いのままゆっくりと前に進み出た。目を閉じているかのような表情でありながらも神々しいオーラを放つその姿に、全員が自然と視線を向ける。


「確かに、不死王カーロンを討ち取ることは重要です。しかし、もしその作戦が失敗した場合、魔王軍との和議は不可能となり、殲滅戦となれば国民は壊滅的な被害を受けるでしょう」


「じゃあ、あなたも戦えば?……アンデッドは得意でしょ……大神官様」


 美月は眉をひそめ、メーディアの言葉を否定するように冷たい視線を投げかけた。その反応に気づいた者たちが、二人の間に漂う不穏な空気を感じ取った。


「私は大神官として、最終手段である【センチネル】を発動する準備をする必要がありますので、大神殿の魔法陣を離れることができません。私の力は、あなた方が失敗し、王都の壁が突破されるような事態となった時のために温存すべきです」


 その言葉に、会議場内に再び緊張が走った。メーディアが握る【センチネル】の力は、王都防衛の最後の切り札であることは誰もが知っていた。


 しかし、彼女が魔王と通じていることを知る美月は、その発言に嫌悪感を隠せなかった。


 美月のメーディアに対するただならぬ殺気を察したエイム王は、冷静な声で指示を下した。


「分かった、大神官メーディアよ。貴方の提案を受け入れよう。【センチネル】の力は最後の砦として残す必要がある。ただし、勇者美月とゼロスの提案にも我は賛同する」


 美月とゼロス、そして白龍王フレイはそれぞれ力強く頷き、覚悟を新たにした。


「我々は王都テーベスを守るために、最後まで戦い抜く。勇者美月、マスター・ゼロス、そして白龍王フレイよ……君たちに我々の希望を託す。どうか、無事に戻ってきてくれ」


 王の言葉に応えるように、3人は一斉に深く頷き、会議場を後にした。


 いまここに、王都テーベスを舞台にした最終決戦の幕が上がろうとしていた。

 


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