42 時を超える者
アルティナがオーリューンの剣に倒れた瞬間、世界が一瞬止まったかのように静まり返った。俺の胸の奥で何かが砕け、同時に新たな感情が湧き立つのを感じた。
次の瞬間、光と闇が視界を覆い、俺は別の場所に立っていた。
それは何度も繰り返した悪夢の世界。凪沙が車道に飛び出し、無邪気に笑うその姿が、まるで嘲笑うかのように鮮明に映し出されている。
胸が苦しくなるのを抑え、俺は凪沙に向かって全力で駆け出した。時間が再びスローモーションになり、車が凪沙に迫る。
(この先に進まなければ、俺はアルティナまで失うことになる)
「時間よ止まれ!凪沙に届け!」——その中で俺は懸命に手を伸ばした。
すると時が、今までより遥かに遅くなり、まるで止まったかのようになった。
(足掻け、足掻き続けろ!)
時間がほぼ静止した中でも、俺の体は動き少しづつ続けていた。
(足掻けーーーーー!この先になにがあろうとも)
そしてついに俺は——凪沙の小さな手に触れることができた。
「凪沙……!」
その瞬間、安堵と恐怖が同時に押し寄せてきた。触れた手の感触が、俺の心を震わせる。けれど、現実は無情だ。このままでは、二人とも車に撥ねられてしまう。
凪沙に触れたところで、俺たちは同じ運命を辿るだけだ。
「このままじゃ……意味がない……」
絶望が胸を締めつける。どうすれば、俺たちは救われるのか。頭の中で様々な考えが巡るが、解決策は見つからない。時間は無情にも進み続ける。
その時、凪沙が微笑みかけてきた。いつも俺の後ろを追いかけてきた、あの愛しい笑顔で。
「拓ちゃん、ずっと追いかけてくれて、ありがとう——」
「…凪沙?」
「——こんどは、みんなを助けてあげて」
彼女の言葉は、まるで心に直接届くような響きを持っていた。凪沙の身体が眩い光に包まれると、世界全体が輝き始めた。彼女自身が光となって、俺を包み込むように温かく広がっていく。
「凪沙……行かないでくれ……」
俺はその手を離すまいと必死になったが、光がすべてを覆い尽くすと同時に、俺の身体は強制的に後方へと吹き飛ばされた。凪沙の姿が遠ざかり、光の中に消えていく。
「凪沙ああああああ!」
叫びながらも、彼女の姿はもう見えなかった。世界が輝き、全てが逆行し始めた瞬間、俺は再び現実に引き戻された。
目の前には、再びオーリューンの剣が振り下ろされる瞬間のアルティナがいた。彼女が、俺を守るためにオーリューンの剣の前に飛び込んでくる直前だった。
「これは……時間が戻ったのか」
現実が再び鮮明に戻る中、俺は自分の能力が進化したことを確信した。凪沙に触れたことで、時を、世界の理を『超えた』ことを。
オーリューンの剣が振り下ろされるその瞬間、俺は時を止めた。
【時を超える者】
そしてさらに巻き戻し、全てがスローモーションの中で、俺はアルティナとオーリューンの間へ移動した。
そしてオーリューンのすべての剣撃を弾き返し、16連続【虎穴】によって爆増した攻撃力を、オーリューンへと弾き返した。
その直後、俺の棍棒が、渾身のカウンター攻撃がオーリューンの胸を突き破る。
オーリューンの幻影は一瞬驚愕の表情を浮かべたが、そのままかすかに笑いながら闇の中へと崩れ落ちていく。
もう俺は、絶対に諦めたりしない。
もっともっと足掻き続け、この世界の理不尽な運命を——
「俺が『すべて』ぶっ壊してやるよ!」
絶叫と共に、俺の身体が激しい炎のように燃え上がる感覚に包まれる。怒り、悲しみ、そして無力感が一つになり、全身に溢れ出す。
「それが俺の——『生きる意味』だ」
息が荒くなる中、アルティナの姿がぼんやりと浮かび上がる。
「アルティナ……」
俺は彼女に駆け寄りその身体を抱きしめる。彼女の瞳がゆっくりと開き、微笑んだ。
「……優しすぎるのよ、アナタは……」
「待たせたな……俺はもう大丈夫だ……」
言葉を言い終える前に、俺は彼女をしっかりと抱きしめた。そして、その瞬間、全てが真っ白に戻り、再びユグドラの姿が現れる。
「やっと……覚醒したようですわね。ようこそ、真の力を持つ勇者拓海。」
ユグドラの言葉が耳に届く。
俺は、ついに自分が本当の意味で目覚めたことを理解した。
ユグドラは静かに立ち上がり、そのまま目を閉じた。光と闇が彼女の周りを渦巻くように踊り始め、彼女の存在そのものが、この世界の核心を表しているかのようだった。彼女はゆっくりと口を開き、語り始めた。
「勇者拓海……今こそ、この世界の真実をお話しする時ですわ。この世界がどのようにして成り立ち、そして何があなたをここに導いたのか……そのすべてを。」
◇◇◇◇◇
—その頃、王都の上空に到着していた美月は、眼下に広がる光景に息を呑んだ。
白龍王フレイの背中に乗る彼女の目の前に広がるのは、まるで無限に続くような魔族軍の大群だった。彼らはまるで黒い波のように地上を覆い尽くし、進軍するたびに地面が震えている。
「これは……」
美月の胸に焦りが募る。これほどの数の魔族を相手に、果たして王都は耐えられるのだろうか。
「勇者美月、どうやら敵の総指揮官が見えてきたようですぞ」
フレイの声が美月の耳に届く。彼女が目を凝らすと、敵軍の中心にひときわ異様な存在が見えた。それはアンデットの最上位種族”リッチ”だった。
その姿は、まるで死者の王を思わせる。全身は黒いマントと、歪な鎧に包まれており、そこかしこに無数のスカルが飾られている。目には邪悪な赤い光が宿り、その手には闇の魔法を帯びた豪奢な杖が握られていた。
そして彼の周囲には、おびただしい数のアンデッドの兵士が従っている。
「総指揮官がリッチだなんて最悪……しかもこんな大勢のアンデッドを引き連れる…どれほどの強大な魔力があるというの……」
美月の心に緊張が走る。リッチが率いるアンデッドの軍勢は一度倒されても再び甦るという厄介な特性を持つ。その数がこれほど多いとなると、通常の戦術では太刀打ちできない。
それにニコルと使える【深淵のファランクス】だって無限に耐えられるわけじゃない。
「勇者美月、どうしますか?このまま突撃しますか?」
フレイが尋ねるが、美月は首を振った。
「今はまだ無理。私たちだけで突撃しても無駄死にするだけ。まずは王都にこの状況を伝えて、対策しよう……」
フレイは美月の言葉に頷き、そのまま旋回して王都へと向かった。彼女の心には、刻一刻と迫る脅威に対する焦りと不安が渦巻いていた。




