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41 絶望の先の答え

 光り輝く空間の中、ユグドラは静かに座り、金色と漆黒のオッドアイで俺を見つめていた。その視線には、あいかわらず俺の心を見透かすような鋭さと、何もかもを包み込むような深い知恵がとが宿っている。


「勇者拓海……あなたがここにたどり着いたのは、ただの偶然ではありませんわ。あなた自身がここに来るべくして来たのです。さあ、自分自身の内面と向き合う準備はできていますか?」


 ユグドラの声は、冷たくも優しく、どこか心を揺さぶる響きを持っている。彼女の言葉はまるで音楽のように、俺の心に直接響いてくる。


「内面と向き合う……?俺は過去を振り返るつもりなんてない。俺は今、未来を見ているんだよ」


「過去から目を背けることを、未来を見てるとは言いませんのよ」


 ユグドラの言葉まるで、心に刺さった棘を撫でるようだった。俺はできるだけ冷静に答えたつもりだったが、ユグドラの瞳に映る自分の姿が、どこか揺らいでいるように見えた。


「そうですわね……過去は痛みを伴うものですから、誰もがそれを直視するのを避けたがるのは当然ですわ。でもね、あなたが真に進むべき未来は、その過去を克服して初めて手に入れられるものですわよ」


 ユグドラの言葉が、まるで刃のように俺の心を刺してくる。


「俺には、そんなもの必要ない。今さら、妹を救えるわけじゃない、どうにもならない!過去とはそういうものだろう」


「本当にそうですの?あなたがそう信じたいだけではありませんの?なぜ、あなたが何度も同じ悪夢に魘され続けるのか、なぜそれほどまでに縛りプレイに没頭するようになったのか……そこに答えがあるのではないかしら?」


 彼女の問いかけが、俺の心の奥にある何かを鋭く抉り出していく。俺は反射的に彼女の視線を避けた。


「縛りプレイはただの……趣味だ。刺激があるほど、生きてる実感が湧くんだよ」


「生きてる実感?……本当にそうですの?むしろこの目には……死に急いでいるように映ってますわよ」


 ユグドラの声はまるで、心の底にある真実を暴き立てるように響く。


「それは……」


 言葉が出ない。なぜ俺が縛りプレイに没頭するようになったのか。俺は妹の死の直前に体験した『世界がスローモーションになる異能』が、ある日、ゲーム中の危機的な状況でも発動することを知った。それ以降、より命の危機が迫る厳しい状況を求めて、縛りプレイにのめり込むようになったのは事実だ。


「あなたが心の奥底で求めているもの、それは単なる『刺激』ではありませんわ。あなたは、過去に救えなかった誰かを、再び失う恐怖と戦っているのでしょう?ちがうかしら?」


 ユグドラの言葉が、まるで心の封印を無理やり解き放つかのように響いた。俺はその瞬間、全身が震えるのを感じた。


「もうやめろ……その話はしたくない」


「逃げることはできませんことよ、拓海。あなたがここで立ち向かわなければ、決して未来を切り開くことはできませんのよ」


「じゃあ、どうしろっていうんだよ、過去なんて今さらどうにも変えられないだろ」


「あの日、あなたが経験した『スローモーション』——つまり【時を統べる者】は、真の力を覚醒していませんの。いわば不完全なユニークスキルなのです——」


「………」


「——あなたはそれを感覚としてすでに理解しているはず。だからこそ死に迫る刺激を求め続けていたのでしょう?」


 ユグドラの問いが、まるで檻の中に閉じ込められた記憶を揺さぶるように響いた。俺の中で、あの日の凪沙の顔が再びフラッシュバックする。


 ——あの日、俺が凪沙を助けようとした瞬間、時間がゆっくりと流れ始めた。しかし、それでも俺は彼女を救えなかった。


「そうだとしても……どんなに異能を鍛えても。結局、悪夢の中の俺は何もできなかった、何も変わらなかった!そしてオーリューンの幻影にすら勝てなかった!」


「本当にそう思っていらっしゃいますの?あなたは無意識のうちに、先ほど真の能力の一部を発動させましたわよ。でも心のどこかで、それ以上の進化を拒否したのですよ」


 俺の心臓が痛いほど早く鼓動しているのを感じる。俺は目を閉じ、深呼吸をしようとしたが、思い出が再び押し寄せてくる。


「俺は……凪沙を救いたかっただけだ……」


「そうですわ。あなたは彼女を救いたいと強く願い、そのために『時を統べる者』という異能を覚醒させました。しかし、結果は失敗した……」


「そして俺は……ゲームに逃げ込んだ。ゲームの中で、俺は何度も危機的な状況に自分を追い込み、そのたびに……もっと時間を遅くすれば凪沙に届くと思った……生きてる意味があると思い込んだ……」


 俺は何を言ってるんだ、自分の声が、まるで誰か他人のもののように遠く感じた。ユグドラは微笑みながら、さらに問いかけた。


「もし…手が届いたら——彼女と一緒に死ぬのですか?」


「……違う、救いたかったんだ、救えると思ったんだ……」


「それが『あなたの矛盾』ですのよ。もう自覚しているのでしょう?どんなに時を遅くしたところで——過去も、未来も、変えられないと」


 ユグドラの言葉に、俺はただ黙ることしかできなかった。彼女の言う通りだから。俺はゲームの中で、現実の痛みを忘れようとした。だが、それは一時的なものでしかなかった。


 ユグドラの瞳がさらに鋭く光る。その瞬間、彼女は静かに言った。


「手を伸ばした先に何があるのか、それが、あなたが知るべき『試練』ですわ」


 ユグドラの手がゆっくりと上がると、再び世界が暗黒に包まれ、あの日の記憶が鮮明に蘇る。いつものように俺は、凪沙を救おうと手を伸ばす。


(もっと遅くなれば、届く、凪沙に届く……)


 ”——だが、届いてどうなる”


 俺の心の声が虚しく響いた瞬間。次は、オーリューンの攻撃に敗れたシーンに戻る。どうにも対応する術はなく、体を貫かれ死ぬ感覚に絶望すると、再び凪沙が撥ねられるシーンへと戻る。ユグドラは無慈悲に同じシーンを何度も、何度も、交互に繰り返した。


「無理なんだ、もうやめてくれ……」


 俺の精神が少しずつ崩壊していくのがわかる。同じ過去の失敗のシーンを何度も何度も繰り返すうちに、俺は次第に力を失い、精神がすり減っていくようだった。


「……拓海。あなたがこの過去を乗り越えない限り、この悪夢は永遠に続くでしょう」


 絶望に満ちた言葉。ユグドラの冷たい視線が、闇の中で光る。彼女は一切の感情を見せることなく、ただこの無限のループを見守っている。彼女の目的は、俺を限界まで追い詰めることにあるのだと、俺は理解した。


 もはや何度目かわからないが、目の前に再びオーリューンが立っている。彼の剣が俺に再び向けられる。そして、どうしても避けられない最後の一撃がまた迫ってくる。


(もうこのまま、オーリューンに倒されて死んだほうが楽になるんじゃないか)


 なんだかすべてが嫌になった、もうどうでも良いと思ったその時、アルティナの声が遠くから聞こえた。


「拓海!しっかりして!」


「……アルティナ……?」


 彼女の姿が、闇の中でぼんやりと浮かび上がる。するとアルティナは俺の前に立ち、オーリューンの剣を防ごうと手を広げた。


「やめろ……アルティナ、ダメだ……!」


 俺は叫ぶが、彼女は一歩も引かない。彼女の瞳には強い決意が宿っていた。


「拓海、あなたは強い……あなたは私たちを守ることができる……。でも、まずは自分自身を許して……自分を信じて……」


 オーリューンの剣が振り下ろされる。アルティナはその剣撃を受け、倒れ込む。


「アルティナァァァァ!」


 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。


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