39 大いなる決断
拓海の心情については
19話インソムニアの悪夢
を読んでおくことでより理解が深まります。
この先のストーリーにおいても重要な伏線になってます。
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俺たちは、聖王と共に大神樹の麓にある苔が生えた巨大な石壁の前に集合した。どうやらこの先に、大神樹へ入るゲートがあるらしい。
「ここからは、迷える勇者と、その従者一名しか入ることができない」
聖王が静かに告げると、俺とアルティナを見つめた。
「定員が二名ってことですか?美月とニコルは入れない?」
「…うむ、勇者美月は、すでに己の闇を理解し、生きる意味を自覚している。ここに入る意味はなかろう」
——『生きる意味』だと?そういえば、スルバスで美月がそんなことを言っていた気がする。
「俺の『生きる意味』?そんなの魔王を倒すことでしょう?他にあるとでも?」
「ある。それが転生勇者がこの地に現れるためのトリガーなのだからな」
「なるほど、俺が自覚していない……意味があるということか」
「勇者拓海よ、君にとっては大きな試練となるだろう。精神的に弱ければ自分を見失う危険性もある。だからこそ従者を伴うことを許可されているのだよ」
俺は聖王の言葉をかみしめた。確かに、ここで試練を受けるということは、単なる物理的な戦いではないのだろう。精神的な試練が待っているのかもしれない。俺がやばいときにアルティナが助けになることもあるかもしれない——精神的に作用する類の試練ならば、尚更だ。
「聖王、ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「勇者オーリューンも、ここを訪れたことがある……同じ試練を受けたことがあるんですよね?」
聖王は少し考えた後、静かに答えた。
「……そうだ。彼はこの試練を乗り越え、最強の勇者へと覚醒することができた。それ以降で、ここに来た勇者は君だけだがね」
「その時の従者は、誰ですか?」
「聖騎士メーディアだ。今は、大神官メーディアと名乗っているかな」
俺は頭の中でいろいろなピースをつなぎ合わせていた。この世界の仕組みをゲームシナリオに置き換えて考えることが、最近の俺の得意技になっている。そうすることで、この世界の設定や相関図が驚くほどクリアに見えてくる。俺はゲームに関する飲み込みの速さは正直、チート級だからな。
「あー……そういうことか。魔王の正体は——勇者オーリューンなんだな」
俺は確信を持って口にした。この世界の騒動は、オーリューンを中心に回っている。彼が元凶であり、その彼が魔王として生まれ変わったならば、全てのパズルがぴたりと合う。
「それは、正解でもあり間違いでもある」
聖王はゆっくりとした声で答えた。
「もうひとつの正義か。……くだらない。そのために美月は兄妹を引き裂かれ、7人の勇者が犠牲になった。そして、俺もこの世界に呼ばれたというのか。」
美月が悲しそうな顔で俺の方に歩み寄ってくる。
「わたしの兄の日々人と同じように、魔王ゴルゴロスが勇者オーリューンの魂を捕らえて利用しているのかもしれない、あいつの姿はどう見ても人じゃなく魔王だったから」
確かに、人間の正義の視点ならそれが自然な考え方だろう。けれど、縛りプレイ中毒者で初見ハンターでもある俺の直感は、その結論を否定していた。このカラクリはそんな単純じゃない。もっと複雑で、深い何かが絡んでいるはず。
「どちらにしても、俺がオーリューンの実力を超えなきゃ、魔王は倒せないってことだよな」
「その通りだ。そのためには試練を超え、創造神ユグドラ様に会う必要がある」
聖王の口調は一段と厳しくなった。俺に発破をかけているのだろうが、俺はすでにテンションが爆上がりだった。これほど困難なミッションは久しぶりだからな。
その時、例の黒いフードの男が聖王の元へと駆け寄り、膝をついた。
「聖王様!報告です。魔王軍が王国南部の前線地帯を越え、王都テーベスへと進軍を始めたとのことです!」
「左様か……してその規模は」
「魔王軍・五個師団、総数約25万……ほぼ全軍になります」
「ちっ……待つ気はないようだな」
くそ、このタイミングで力押しに方向転換か。もしかしたら大神官メーディアの手引きがあったのかもしれない。どちらにしても、今、勇者不在の王国を攻められたら、幹部級や上位魔族部隊への対抗手段が無い。
「拓海!わたしとニコルでなんとかするから、あなたはこの先に進んで」
美月の目は真剣だった。
「いや、美月、それは無茶だろ!」
「ナメないで、わたしだって勇者だよ。真の勇者に覚醒した今は、聖剣の能力をすべて使える。魔王とだってそこそこ戦えるよ」
「きゃはは!わちきもおるでな!真の勇者になった美月と【深淵のファランクス】ならば、英雄スルバをも超えられるぞよ」
確かに、美月から聞いた【深淵のファランクス】なら、上位魔族程度が何百、何千いようと守り切れるだろう。けれど、さすがに25万を相手にするのは無茶だ。
「美月たちを信じよう。わたしたちも、やるべき事をやりましょう」
アルティナが静かに言った。
「アルティナ……。わかった!美月、ニコル!創造神に会ったら俺たちもすぐに王都へ向かう。それまでなんとか耐えてくれ!」
「うん……信じて待ってるから」
「まかせよ、防衛戦ならこの世界でわちきが最強じゃ」
それを聞き終えた聖王が、天に向かって古代語のような呪文を唱えた。
すると、大神樹の中から白く輝く巨大なドラゴンが現れ、美月達の後ろへと舞い降りた。
「白龍王フレイよ、この者達を王都に送ってくれ。——それと聞こえておるな火龍王ムスターファよ!出禁を解くゆえ……ここで拓海達の帰りを待つがよい」
俺は美月とニコルを見送ると、アルティナと共に大神樹の中へと足を踏み入れた。
ムスターファはバツの悪そうな顔をして聖王と共に俺たちを見送った。
ここからが本当の試練だ。そして、世界の真実が明らかになる時がやってくる。
聖王の言葉が頭の中でリフレインしていた。
(君の心に潜む闇さえも、すべて暴かれることになる)
俺は、その闇と向き合う覚悟を決めなければならない。それもある程度察しがついている、俺にとっては本当に触れたく無いあの過去だ。
妹の『凪沙』…俺があの日、手を離さなければ死ぬことはなかった、手を伸ばしても助けることが出来なかった最悪のトラウマ。ひたすらに記憶の奥に押し留め続けているあの事故と向き合うのだろう。
しかしひとりじゃない、今はアルティナが隣にいる。それだけで、不思議と恐怖は和らいでいく気がした。
「行こう、アルティナ。……俺はやれる、絶対に。」
「ええ、私がアナタを絶対に守って見せる。」
(今度こそ——もう二度と、大切な人を失わせない)
こうして、俺たちは光り輝くゲートから大神樹の中へと入った。
創造神ユグドラとの対話で、当代魔王に隠された謎を、世界の真実を知るため。
そして、俺の心の奥底にある「闇」と向き合うために。




