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33 緩衝地帯

 王都を出発した俺たちは、ムスターファのおかげで夕方頃には、北部緩衝地帯の砦に通じる街道の入り口に着いていた。


「お前たちを運べるのはここまでだ、我は聖地には入れぬからな」


 どうやら空を飛べるムスターファでも、聖地へ入るには聖王の許可が必要なんだそうだ。しかもムスターファは数百年前から『出禁』になっているらしい。オマエは一体何をやらかしたんだよ……まあ聞きたくもないが。


 俺たちは、街道の入り口で一旦、ムスターファと別れ、緩衝地帯の砦につながる道を歩いて行くことにした。

 その山道は上り下りが激しく、登山とは言わないまでも結構体力を使う。

 普段から人が頻繁に行き交うような道ではないので、ろくすっぽ整備もされておらず、そこかしこでボコボコと石が剥き出しになっていて、とにかく歩きづらい。すでに太陽も沈みかかっていて、長く伸びた影が、その歪な路面をさらに際立たせていた。


 美月は元々悪路が苦手な様子で、いつも以上に口数が少ない。アルティナは見た目に反してこのような道に慣れているのか、足元を見ることなくマイペースで歩き続けている。


「そういえばアルティナ、出国は出来るにせよ、聖地に入るのに許可は要らないのか?」


「聖王の許可?そんなもの要らないわよ。」


 アルティナは横目で俺を見ながら言った。なんか聖王に関して話す時に棘があるのは気のせいだろうか。


「なら良いんだけどさ、いきなり入って怒られるとかいやだからさ」


 俺は疲れた顔で答えた。入れたら入れたで、まずはアルティナの親御さんへ挨拶に行くんだよな。それを想像しただけで悪路よりも気が滅入ってくる。


「ちょっと待って」美月が突然立ち止まった。


「先に誰かがここを通ってる……最近だね」


 美月はひざまずき、地面を低く眺めながら観察している。


 アルティナも足を止め、美月の見つけた痕跡を見た。


「これは馬のひづめの跡かしら……嫌な予感がするわね」


「砦の兵士とかじゃないのか?」と俺は尋ねた。


「いいえ、砦に駐屯しているのは軽装歩兵部隊だから馬には乗らないはずよ」


「警戒するね、誰かが私たちを狙う理由なんていくらでもあるから」


 警戒心の強い美月らしい心配だが、実際に俺たちはコロシアムで罠にはめられ殺されかけたんだから、警戒するに越した事はないだろう。あのオビオンの行方だってわからないし、大神官メーディアが何か仕掛けてくる可能性も排除できない。


 数時間歩いた後に俺たちは砦に着いた。見た感じは防衛施設というより、山小屋をすこし大きくした程度の寂れた施設だった。


 アルティナが国王から出国許可を得ている旨と、里帰りという事情を説明すると難なく緩衝地帯へ入る許可出た。しかしすでに日が落ちていたので砦に一泊し、翌朝、聖地クエルクスに続く緩衝地帯へと入った。


 しばらくは似たような悪路が続いたが、進むにつれ道は徐々に平坦になっていき、歩くのもずいぶん楽になった。


 隊列は美月が先頭になり、先行者の痕跡を警戒しながら進んでいる。周囲にはだんだんと樹々が増えてきて険しい山道から、長閑な森林の風景に変わってきた。

 聖地クエルクスはその大半が深い森だと聞いている、そろそろ聖地の領域が近いのかもしれない。


「そういえば聖地の親御さんに挨拶に行くってのは建前なんだろ?アルティナには他に聖地に行く目的があるように見えたけど」


「説明が難しいんだけど、親に会うのと、魔王の真実を探る目的は、同じなのよね」


「ん?親御さんて、普通の聖地の住民じゃない……ってことか?」


「そうとも言えるわね……その前に貴方たち、私に何か隠してることあるでしょ?」


 アルティナがいつもの冷たい目線で俺を見る。


(え?……あ!もう一つの聖剣を魔王が持ってたこと?まだアルティナには話してなかったな)


「あ、それなんだが……」


 すると美月が急に立ち止まった。


「この先に誰か居るよ……注意して」


 先頭の美月が、俺たちに警戒を促す。


 目を凝らすと木々の間から微かに人影が見える。緊張が走る中、俺たちは慎重に足音を殺して近づいていった。やがて、その姿がはっきりと見えてきた、人だ。


「ざっと5人かしら、こちらに気づいている様子はないけれど、とりあえず聖地の人間じゃないわね」


 聖地出身のアルティが言うならそうなんだろう。


「……どこかの偵察部隊か?」


 俺が囁くように言うと、美月が頷いた。


「兵士というより、盗賊か斥候って雰囲気だね」


 するとアルティナが先頭に立ち、ひそやかに指示を出す。


「美月、隠密で近づいて何者か探ってこれる?」


 美月がうなずき、影のように素早く動き出す。


「あいつらを束縛しよう、尋問する方が早い」


 俺はアルティナの肩に手を置き小声で囁く。

 しばらく草木のざわめきと鳥のさえずり以外、何も聞こえない静寂が続く。


 やがて、美月が戻ってきた。


「軽装備のレンジャー3名とシーフが2名。周囲を見張ってるけど、わたしたちにはまだ気がついてなさそう。」


「見張り?……でも、何のために?」


 俺の問いにアルティナは肩をすくめた。


「わたしは拘束魔法を準備すかるから、美月は隠密で横から回り込んでまず1人を無力化して。拓海は美月の逆サイドに移動して待機。」


 美月は頷くと、移動しつつ意識の外へ姿を消す。俺はアルティナの指示に従い、美月が移動した反対側へ回り込んで身を潜める。


 その頃、美月が一番外側にいた男を無力化した。


 それを合図に、各々が一斉に動いた。美月の影のような動きが敵を襲い、アルティナの魔法が敵一団の動きを縛り付ける。俺は【俊足】で一気に間合いを詰め、逃げ場を塞ぐ。


「降参しろ!そうすれば命は助けてやる!」


 俺が叫ぶと、残った数人の男たちは武器を捨てて膝をついた。


「俺たちはただの探り屋だ!金で雇われただけだ!」


 一人が必死に叫ぶ。


「誰に雇われたの?」


 アルティナが冷たく問い詰めると、男は震えながら答えた。


「わ、わからない!ただ、黒いフードをかぶった男が来て、俺たちに金を渡して監視しろと言ったんだ!」


「黒いフードの男……?」


 俺たちは顔を見合わせる。その男が誰であるかはわからないが、確かに俺たちを探ってる者がいることは間違いない。


「その男はどこにいる?」


 アルティナがさらに問い詰めるが、男は首を振るばかりだった。


「本当に知らないんだ!俺たちはただの使いっ走りで、依頼に応じただけなんだ!」


「まあいい、これ以上時間をかけても無駄だろう」


 俺は男たちを拘束し、立たせた後、助かりたかったらこのまま砦まで歩いて投降しろと告げて、歩かせた。


「これで足跡の件はひと段落かしらね。でも、黒いフードの男が何者なのか、気になるわ」


 美月が呟く。俺も同感だった。


「とりあえず聖地に向かおう。今考えたって答えなんか出ないしな。」


 俺たちは森に入って一夜を過ごし、翌朝早くに再び聖地クエルクスへ向けて出発した。どんどん深くなる森の中を進むと、ついに聖地の境界線とおぼしき柵が見えてきた。


「ようやく到着か……」


「ここから先は、私が先頭を歩くわ……お願いがあるんだけど、何が起こっても驚いたり慌てたりせず、私に任せてくれる?」


 アルティナの表情がいつになく深刻だったので、俺たちが無言で頷き、心の準備を整えた。これから先、何が待ち受けているのか、聖王がどんな人物なのか気になるが……こきまできたら出たとこ勝負だ。


「よし、行こう、みんな」


 俺たちはついに、聖地クエルクスの領域へと足を踏み入れた。




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