31 コロシアム廃墟の決戦④
——地下では美月と鬼神アグニスの死闘が続いていた。広大な地下闘技場の空間は、美月の鋭い呼吸音とアグニスの重い足音に支配されていた。
鬼神アグニスはすでに4本の腕を消費し、その度に攻撃力を高めてきた。しかし、ニコルの【深淵のファランクス】の攻略には至っていない。赤い鎧に包まれたアグニスの姿は、戦いが進むにつれてさらに凶悪なオーラを放ち、他の腕の力を吸収し禍々しく筋肉が膨らんだ腕と大剣が動くたびに、地下の空気が震えていた。
「反撃にさっきほどの威力がないぞ!深淵の力とて限界が近いようだな!」
鬼神アグニスの声が響く中、美月とニコルは昂る感情を同期させ、周囲を震わせるほどの強力な攻撃に見事に対応していた。次々と繰り出される猛攻をニコルが【深淵のファランクス】で受け止めつつ、美月が感情を高め、真紅の棘槍で反撃する。さらに距離を詰め聖剣の一撃を放つと同時に、防御壁の真紅の輝きが美月を包み込み、アグニスの反撃を弾き返していた。
「ええい!我が命を燃した攻撃を耐え切れるはずがない!世界の理がそれを許すまい!」
「こりは……ノエルの、いや、わちきの唯一無二の友が、命を賭して与えてくれた最強の防壁じゃ……鬼神ごときの犠牲など、釣り合うわけないのじゃ!」
ニコルと感情を同調させている美月には、その心の深淵に宿る悲しい感情が伝わってきた。【深淵のファランクス】がダメージを吸収する度に、ニコルの記憶の断片が美月の脳裏にフラッシュバックしてくるからだ。
——それは、弱っている兎姿の妖精に、亀の姿をした妖精が覆い被さって、何かの攻撃から庇い、命懸けで守っている光景だった。(ニコル……あなたも、自分のせいで大切な人を失ったのね)美月は自分とニコルが見事に同調できる根源を悟った。
鬼神アグニスはいよいよ最後の腕を犠牲にして、大剣を持つ腕一本に集中させた。見た目にもかつてないほどまで攻撃力を高めたことが分かる。
「この腕に、魔王様への忠誠を、我が人生のすべてを込める!どちらの信念が強いか、勝負といこうではないか!——【金剛力】」
鬼神アグニスはその全身をマグマのように輝かせながら全力で美月に向かって突進した。振りかぶった大剣はもはや剣とは言えないほどの巨大なオーラを放っている。
「【烈焔剣舞】」
周囲の空気が一気に熱くなり、戦場全体が灼熱の地獄と化す。その剣舞の一撃は火炎属性の追加ダメージを持ち、斬撃と同時に魔素が尽きるまで魔炎による持続ダメージを与え続ける。さらに、剣の軌跡が火の壁を作り出し、こちらの移動を封じる。
「この剣舞は、儂の魔素が尽きるまで終わらぬ!」
強力な大剣の連撃と魔炎は防御力を大幅に低下させる効果を持つため、通常の防御スキルや防壁では防ぎきれない。
しかし、美月の決意とニコルの紅い防御壁はそれでも揺るがなかった。アグニスの攻撃が防御壁にぶつかる度に、衝撃が地下広場全体に響き渡る。ただ、さすがに【深淵のファランクス】の稼働時間が限界に近づきつつあった。
「まだだ!まだ終わらん!まだ——!」
その時アグニスの魔炎が揺らぎ、若干威力が落ちた。美月はその一瞬の隙を逃さず【カウンター】スキルを発動。同時に闇の次元に潜み、アグニスの意識外へ姿を消す。
ニコルは美月に追従せず、そのまま攻撃を引き受けた。アグニスは美月が消えた事を把握し、さらに周囲から殺気を感じ取る。すぐに当て勘で反撃を試みようとしたが、対応できる腕がもう残っていなかった。
そして美月の【日を喰らう者】が直撃——
——美月が姿を現すと同時に、鬼神アグニスの首筋に聖剣が深く突き刺さる。
「ぐっ……見事だ——勇者美月」
烈焔の鬼神アグニスは、前のめりに倒れた。
「………魔王様…儂はここまでです……世界の安寧を……頼みます」
美月は息を整えながら、アグニスに問いかけた。
「なぜ、あなたたちは——あの魔王に心酔するの?あいつが本当に、この世界を平和にすると信じるの……」
アグニスは苦しげに息を吸い込み、かすれた声で答えた。
「魔王様は……かつて王国に敗れ、不遇な扱いを受けていた我々をお救いになられた……あのお方は、我々を憂い、世界を憂い、二度と同じ争いを繰り返さないために、圧倒的な力を求めたのだ……」
美月は眉をひそめ、さらに問いかける。
「……片方が、力で支配するなら、やってることは同じでしょ」
アグニスは微かに笑みを浮かべた。
「何も分かっておらんな…あのお方は……半分魔族であり、半分人間だ……」
「……どういう、こと?」
「魔族、人族……双方の命を持ち、誰よりもこの世界を理解し、正しく治めることができる唯一のお方だ……お前たちの行為は、むしろ混沌を生むだけ……愚かだよ」
美月はその言葉に一瞬迷いを感じたが、すぐに決意を固めた。
「それでも、私は、魔王を殺す、絶対に。」
アグニスは最後の力を振り絞り、低い声で囁いた。
「うっ…己の…道を行け……だが、覚えておけ……真実とは…残酷…だ…が信念を…も……———」
その言葉を最後に、烈焔の鬼神アグニスは静かに息を引き取った。美月は聖剣を見つめ考えていた。
自分が対峙した魔王ゴルゴロスは、たしかに魔族の魔王であって、鬼神アグニスが言い残した、半分人族で、半分魔族という意味が理解できない。あいつはまだ何か隠している?あの聖剣はまさか……
「美月よぉ、わちきはちょっと寝るぞよ、まだわずかに余力は残しておるから、必要な時は呼んでくれ」
そ言うとニコルは甲羅に入って静かになった。さすがに疲労が限界のようだ。
(そうだ、裏切り者がいる!早く拓海たちと合流しないと)
美月は2階への階段を駆け上がった。しかし、急ぐあまりに隠密スキルの使用を忘れていた。さっき通過した二階の長い廊下にたどり着いた瞬間、左右のドアが開いて、中からアンデット兵士がぞろぞろと現れ、廊下が埋まっていく。
(しまった!ニコルを起こしてもこの数の攻撃をうけたら今度こそ時間制限になる。闇の次元に隠れたとしても、廊下が完全に敵で埋まっていては移動もできない)
——ちょうどその時、廊下の反対奥の通路にアルティナが駆けつけた。
(私一人じゃ、この数を倒しきれない)アルティナもそれ以上奥へ進む事が出来ない。
「美月!奥にいるの?!」
——廊下の向こう側からアルティナの呼ぶ声が聞こえる、美月はふと甲羅を見て、兄と一緒に昔遊んだ、レトロなゲームを思い出した。
「アルティナ!そっちにニコルを飛ばすから、あなたのスタッフで思いっきり撃ち返して!」
そう言うと美月は甲羅を地面に置き、声をかける。
「ニコル、一瞬だけ起きて、でもそのまま甲羅の中にいて!」
美月は数メートル後ろに下がり【瞬足】と【縮地】スキルを同時に発動する。
「ほえ?何をす…」
ニコルが起きたのを確認すると甲羅に向かって超高速でダッシュした。
そして、全力で——蹴っ飛ばした。
「ぴぎぇえーーーー!!」
甲羅はものすごい勢いで回転しながら廊下をすっ飛んでいく。それに合わせて美月が感情を昂らせると甲羅が赤く輝く棘を出し、廊下に集まるアンデット兵士を次々と跳ね飛ばし破壊していく。
「ずだだだだ!ーーーーーうびゃぁぁ!」
絶叫するニコルが反対側まで到達すると、そこには毬栗モーニングスターを振りかぶったアルティナが待ち構えている。
「ずだだだ!ーーー無駄びいじーん!わちきをとーめーれーーー」
アルティナは甲羅を渾身の力を込め打ち返した。
ニコルは廊下の左右の壁を跳ねながら飛んでいき、次々とアンデット兵士を巻き込み破壊していく。そして美月の元へ戻って来たころには、敵はほぼ壊滅していた。
「ひ、ひ、ひどいぞよ!わちきをなんだと思っておるんじゃ!ひーん」
「ありがとうニコル、あなたの世界一の硬さを信じてたの」
「まあの!わちきは世硬度を誇る大地の守護獣じゃ!きゃははは」
一瞬で機嫌を直したニコルは再び甲羅の中で眠った。
美月はニコルを肩に乗せてアルティナの元へ走っていき、ハイタッチして合流。そのまま二人で地上へと走る。
「美月、上がったらすぐに避難する用意をして、私たち誰かに裏切りられたみたい。」
「うん…でもね、裏で糸を弾いてたのが、誰かわかった。」
「………それ、私の予想と一致してる気がするわね。その話は後でしましょう」
そんな会話をしながら、二人が地上へ出ると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。
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大地の守護獣ニコルはかつて、スカーレットバニーという聖地に暮らす兎型の妖精でした。
シェルガーディアンという亀型の妖精のノエルと一緒に聖樹を守る役目を担っていました。
ニコルは足が遅いノエルをいつも揶揄っていて喧嘩が絶えなかったのですが、お互いに唯一の友人として認め合う仲でした。
ある日、神樹を襲う魔神と戦うことになり、その力の前にニコルが先に倒されました。
しかしノエルがニコルを必死に庇い、自分の命と引き換えに力の全てをニコルに注ぎ絶命します。
ニコルはノエルの魂を取り込むことで、大地の守護獣へと覚醒し、魔神を撃退しました。
【深淵のファランクス】とはニコルの本来の攻撃力とノエルの防御力の双方が合わさった真の姿で、守りたい、死なせない、死にたくないという、感情を昂らせることで覚醒します。
キャラクターは童話『うさぎと亀』からの着想ですが、この二匹の感動的な物語をいつか外伝で書けたらいいなと思ってます。
ちなみに、ニコルのユニークな声や口調はVTuber『さくらみこ』さんをモデルに書いています。




