29 コロシアム廃墟の決戦②
美月とニコルは最初のフロアを通過し、二層目の入り口に辿り着いていた。だが不思議なことにその間、見張りどころか、一人の敵にも遭遇しなかった。
もちろん遭遇したとしても【日を喰らう者】によって完全なステルス状態は保っているので、問題はなかったのだが、明らかに様子がおかしい。
「なぁ、こむすめ、嫌な気配がするのぉ。もしかしてこりは罠かもしれんぞよ」
美月の肩にのったニコルが心配そうに言った。
「そうだね……1000人以上が隠れてるはずなのに静かだ」
とはいえ、作戦は既に開始されてるし、自分たちが目的を達成しなければ地上の拓海たちの状況が危うくなる。とりあえずの通路を降りて地下二階フロアに入った。そには地下三階の階段まで真っ直ぐな廊下が続いていて、廊下の左右にはかつての剣闘士達が使っていた待機部屋のドアがズラリと並んでいた。その殺伐とした光景は、見ようによっては刑務所のようでもある。
「ドアの中に良くない気配があるのぉ……じゃが、まぁ、こむすめの能力なら見つからずにいけるぞよ」
「わかった、通過するまで会話はなし」
そういうと美月は隠密の【スニーク】スキルを使いさらに【瞬足】を使って一気に廊下を走り抜けたが、ドアが開く気配はなかった。
いよいよ三階フロアへの階段だ。それにしても、こんなにあっさり通過できるのはどう考えても異様だ。地上での大喧嘩の振動は、ここにいても感じられるほどなのに、何も警戒してないなんてありえるだろうか。
とはいえ考えてる時間もない、美月たちは階段を駆け降り、敵のリーダーが居るであろう三階フロアに足を踏み入れた。
その瞬間、部屋全体の松明が一斉に灯り、広大な広間が明るく照らし出される。ここはかつて剣闘士たちが模擬戦を行っていた地下闘技広場跡のようだが、廃墟と化して久しいにもかかわらず、石畳には頻繁に人が行き来しているかのような使用痕跡がはっきりと残っている。
そして、広間の中央には不気味な静寂を纏った一人の人影——いや人外の何者かが立っていた。
それは全身が赤い鎧で覆われており、鋭利な棘が突き出た肩当てが威圧感を放つ。左右で六本ある腕には、それぞれ異なる武器——巨大な剣、鋭い槍、重厚な斧、長い鞭、熱した焼印の様な盾、そして不気味な光を放つ大珠数——を握りしめている。その顔には正面と左右側面それぞれに一眼を持ち、不気味で冷酷な表情を浮かべている。頭には鋭い角が二本生え、体からは闇のオーラが立ち上っている。その姿は、まさに戦闘の化身のような威厳を漂わせていて、神話の阿修羅を彷彿とさせる恐ろしい風貌をしている。
美月はすぐにその人外をサーチキャストする。
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[烈焔の鬼神アグニス]
Lv.75
HP:3450 MP:1455
体力:375
攻撃:370(烈焔剣+500”火炎50” 紅蓮槍+410”貫通40” 焔斧+480”ノックバック” 煉獄鞭+360”拘束40” 獄炎盾”反射35" 鬼炎宝珠+100”火炎範囲効果” )
防御:285(赤熱の鬼鎧 +525 上位魔法体制50 炎耐性60)
俊敏:175
魔力:195
スキル:【金剛力】【六腕無双】【烈焔剣舞】【紅蓮槍撃】【焔斧の怒り】【煉獄鞭打】【炎盾守護】【鬼炎宝珠】
ユニークスキル:???
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烈焔の鬼神アグニス……溶血の鬼神よりも明らかに強い。六つの腕に持つ武器や装備にそれぞれ追加効果があってさらにスキルもある。この鬼神が『アザゼル』のリーダーなのかは不明だが、どちらにしても相当に厄介な敵だ。
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美月
覚醒勇者:Lv45
HP:930 MP:650
攻撃:175x2 大地の聖剣:覚醒 +340)[ツーハンデッド+170]
防御: 155x2(影縫の忍衣 +185 防刃50 隠密70)
スキル:【パリィ】【カウンターCT30】【瞬足(CT20)】【縮地(CT20)】【崩壊突(CT30)】【大地割(CT90)】【影舞剣(CT60) 】【旋風斬(CT60)】【疾風連斬(CT60)】【防御魔法 第二界】【神聖魔法 第二界】
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対して覚醒勇者の美月は対鬼神(魔族)相手なら大地の聖剣の加護で能力が倍増する。
攻撃力175→350 +ツーハンデッド聖剣+510=860の最大火力なわけがだが、鬼神アグニスのHPが高いので、【日を喰らう者】の一撃だけでは到底仕留められない。拓海のようにすべての攻撃を回避するなどという変態じみたことが出来るならともかく、鬼神のような化物に人間がソロで挑むなんて自殺行為だ。
それにしても——この場所に魔王直下の部下が居るということは、罠に嵌められたと考えて間違い無いだろう。
(やっぱり、王家の内部に魔王と内通している者がいる)
美月は自らの仮説の下に、内通者が『誰』であるかをこの時点でほぼ確信した。
はやく戻ってこの事実を知らせなければ……上で戦う拓海たちにも危険が迫ってるはずだ。
一旦、烈焔の鬼神アグニスを放置して引き返そうとした時だった。
「【鬼炎宝珠】」
鬼神アグニスが宝珠を持つ手を振り上げ、地面に向かって叩きるけると、部屋の床一面が炎に包まれた。大したダメージにはならないが、美月が動いていたことで炎が揺れ【日を喰らう者】が解除されてしまった。
「やはりいたな……魔王様の命を狙う不届者めが。勇者美月よ、貴様の悪運もここまでだ。」
そい言うと鬼神アグニスは槍を持つ手を構え、美月の方へと走ってくる。
「【紅蓮槍撃】」
高速で猛烈な槍の突きが美月を襲うが、ニコルがすぐさま【ファランクス】を展開し美月を守る。それに合わせて美月は【崩壊突】(敵の耐性を崩ししばらく防御力を低下させる)斬撃を当てる。HPは僅かに削れた程度だが、スキル効果で防御力を低下させた。
「ほお、溶血の鬼神メーデスの魔法攻撃をすべて防いだ『大地の守護獣』の防壁か」
「ふん、それを知ったからと言って、わちきの防壁はやぶれぬぞよ」
美月は息を整え、両手に聖剣を構えて烈焔の鬼神アグニスと対峙する。その威圧感に美月の全身が緊張で震えた。
「さあ、来い」とアグニスが挑発するように言う。
美月はすかさず攻撃を仕掛けた。彼女の動きは速く、隠密スキル【縮地】を使って一瞬で距離を詰め、両手剣で斬りかかる。しかし、アグニスはその動きを見逃さず、二本の腕を同時に使って攻撃を【パリィ】し、反撃に転じる。
「【烈火の剣】!」
鬼神アグニスの巨大な剣が炎を纏い、美月に襲いかかるがニコルが【ファランクス】で防ぐ。
だが美月は剣気と炎の凄まじさに圧倒される。
「【呪縛の鞭】!」
次に、アグニスは長い鞭を使い、美月の足元を狙ってくる。受ければ動きを封じられると感じ空中に跳躍し、鞭の攻撃をかわした。
(可能な限り【ファランクス】を温存しなければ)
美月は長期戦になることを想定し、なるべくニコルが持続するように、避けられそうな攻撃は回避する決めていた。
着地直後に美月は【日を喰らう者】で姿を消し鬼神アグニスの背後に回り込もうとするが、アグニスはまるでそれを見透かしたかのように全方位に武器を振るう。
「……!」
鬼神の恐ろしいほどの当て勘に美月の動きが一瞬止まった。その瞬間を逃さずにアグニスの斧が迫る。
「【焔斧の怒り】!」
強力な斧の一撃を【ファランクス】が防御するが、ノックバックされる。その攻撃の重さに美月の足が揺らぐ。
「その防壁で鬼神メーデスの大魔法を全て防いだらしいが……そこで制限時間になったと聞いているぞ。」
そう言って鬼神アグニスは不敵に笑う。
「魔法には魔力量という限界があるが、儂の攻撃は永遠に続く。さて、あとどれほど耐えられるかな?——【六腕無双】!」
すると、6本の腕が同時に動き始め、それぞれの武器で一度に攻撃を始めた。ニコルが全ての攻撃を【ファランクス】で防ぎ、攻撃の合間に美月が反撃するが、攻撃回数では圧倒的に不利だ、6つの武器それぞれの火力を合わせると、メーデスの大魔法に匹敵する。このままでは【ファランクス】が長くは保たない。
「こむすめ、いや美月ぃ、紺碧の防壁ではぁ……あと数分が限界じゃの」
「わたしの火力じゃ……それまでに倒せない。逃げるしか……」
「美月ぃ、おまいは、それでええのかえ、また逃げるのかえ?」
その言葉に美月はハッとなる。
(……だめだ、わたしは…拓海を見て決めたんだ、もう逃げないって、逃げずに今度こそ日々人を救うって!)
「…いやだ、いやだ、いやだ!逃げない、私は逃げたく無い!」
「ほいじゃあ、おまい、ここで死ぬ気かえ?」
「死ぬのは——もっといや、いや、いやだ!あいつを絶命させるまで、絶対にわたしは死ない!絶対に!」
美月の目が、恐怖と覚悟と怒りで混濁し燃えるように輝く。
「そかぁ!ええぞ【ファランクス】はのぉ、絶対に死にたく無い、死なせたく無いという強い感情、心の防壁が力の根源なんじゃ。それが拓海にはないがぁ、おまいなら引き出せるぞよ…【ファランスク】の深淵をなぁ……」
「ファランクスの深淵……」
「この鬼神を心底から拒否してみぃ、おまいのその強烈な怒りと拒否の感情を、わちきに同調させるのじゃ!」
美月はノエルの言葉を飲み込み、自分の心に昂る感情の同調を試みる。
「鬼神なんかに……おまえに、絶対に!わたしを殺させない!」
美月の心に強烈な拒否の感情が沸き起こると、それに連動するかのように紺碧の防御壁が次第に真紅に染まってゆき、さらに力強く輝き始めた。
「きゃはは!これを使うのは何百年ぶりかの!覚醒せよ!——【深淵のファランクス】」
真紅に染まった防御壁は強烈なエネルギーを放ち、怒涛のように叩きつけるの鬼神の攻撃を完全に遮断する。
「近づくな!消えろ!」
美月の強烈な拒否の感情が頂点に達し、彼女の叫びがさらに響き渡った瞬間。【深淵のファランクス】がさらに変化する。
防御壁の表面から槍のような棘が突き出し始め、鬼神アグニスに向けて反撃を開始する。真紅の棘は、まるで生きているかのようにアグニスの攻撃を跳ね返すように激しいダメージを与える。アグニスの連続攻撃が仇となって、攻撃を繰り出すほどに受けるダメージも増加していく。
「くぅ……小癪な」
鬼神アグニスは、真紅の槍のような棘に苦しみ、身をよじらせる。防御壁の激しい反撃により、その巨体が揺れ、鎧の裂け目から火花が散る。美月の感情が具現化したこの防御壁は、ただ守るだけでなく、敵に対する強烈な殺傷力を誇示していた。
美月の拒否感情が防御壁に同調することで【六腕無双】の連撃を見事に撃退してみせた。
「やはりじゃ【ファランクス】は死に急ぎの拓海のぼうずより、美月のこむすめ方が向いておるようじゃの、きゃはは」
烈焔の鬼神アグニスは、すでにHPの半分以上を失っているが、不敵に笑みを浮かべた。
「くっくくく、まだこんな隠し技を持っていたとは……この後に火龍王を叩くべく体力を温存しておきたかったが、そうもいかんようだな。」
するとアグニスの全身から赤い炎が立ち上がる。その炎はますます激しく燃え上がり、彼の六本の腕の一つに集中し始めた。
「こちらも命懸けで挑むとしよう……【燃尽断腕】!」
アグニスは右上の腕を高く掲げた。その腕が燃え上がる炎に包まれる。次の瞬間、腕は赤い光を放ち、次第に形を失っていく。犠牲にされた腕から得た力が他の五本の腕に流れ込み、彼の全身に溢れんばかりのエネルギーが宿る。
「人間であれば、こういった技は一度っきりだろうが……儂の場合は5回まで使える」
これは、身体の一部を犠牲にして強力な攻撃力を付与するユニークスキルだ。
鬼神アグニスは巨大な剣を握った左上の腕を振りかざし、その剣が一瞬にして燃え盛る炎の刃に変わる。振り下ろした一閃はまるで灼熱の嵐のように周囲の空気を切り裂き、部屋全体に響き渡るほどの衝撃波を放ち【深淵のファランクス】にぶつかる。ただし距離があって反撃の棘は届かない。
巨剣の炎を生き物のよう扱う鬼神アグニスの姿はまさに戦闘の化身、烈焔の鬼神としての恐ろしさを見せつけていた。
「これが、烈焔の鬼神アグニスの深淵の力だ!」
あきらかに雰囲気の変わった全身からは、絶望的に凶悪なオーラーが放たれている。だが美月は、聖剣を再び強く握りしめて鬼神を睨みつける。
「わたしは、何があっても逃げない、おまえをここで、絶命させる!」




