22 天空に舞う婚約者
火龍王ムスターファとの決闘に勝利したものの、本当に火龍王が俺たちに仕えるのかまだ疑わしい。その意思を確認するまでは【ファランクス】を解かないようにニコルに指示を出す。
「心配するでない、我が龍言により決闘を承諾したからには、決して約束は違えん。」
ムスターファが諦めたような表情でそう言った。
彼が言うには、この龍言の誓いっていうのは、神域にて『縛り』を課すもので、俺たちが神から貰ったユニークスキルの『契約』に近いものなんだそうだ。
仮に『龍言』の誓いを破ったりすれば龍王としての威光を失い、ただの竜になるか、下手をすれば存在そのものが消滅するらしい。
つまりムスターファ自らが『龍言』に誓って決闘を受け入れたことで、俺たちとの約束に逆らうことはできないってわけだ。まさか負けるとは想像すらしてなかったようで我ながら安易だったと反省してるみたいだった。
「龍言の誓い……伝説には聞いていたけど、そんな強烈な『縛り』があったのね」
なるほどと納得していたアルティナだったが、一つだけ懸念があるらしい。
それは、先ほどまでの火龍王ムスターファが、アルティナに対して強い興味を示していたことだ。ムスターファの視線には、明らかな欲望と好奇心が混じっていた。それがどうにも気味が悪く、彼女の胸に不安を呼び起こしているらしい。
「……この男が、龍が……ちょっと心配なのよね」
アルティナの表情には、はっきりとした嫌悪感と不安が見えた。彼女はそもそもトカゲや龍が苦手なのだ。ムスターファが【竜人化】しているとはいえ、その本質がドラゴンであることに変わりはない。彼の巨大な姿や鋭い目つきは、アルティナにとって嫌悪の対象以外の何物でもなく、龍王を解放すれば、自分にまた言い寄ってくるのではないかと心配らしい。まあたしかに龍王はかなりご執心だったもんな。
「アルティナ、大丈夫だ」
と俺は優しく彼女の肩に手を置いた。
「ムスターファが君に何かしようとするなら、その時は俺が全力で止めるよ。」
すると、やり取りをじっと聞いてたムスターファが笑いながら口を開く。
「麗しきアルティナどのよ、心配はいらぬ。我は龍言により貴女を彼の婚約者と認めたのだ。その縛りは絶対であるし、男として未練がましい無粋なことはせんよ。」
そういってウインクをする。なるほどなるほど、龍言の誓いとは決闘の条件まで含まれているってことか、それなら安心だな、っておい……まてよ?……俺はアルティナと婚約したことになるってことか?え?
「えーーーーー?あれは演技というか演出なんだけど!」
俺は焦った、神の領域での『誓いと縛り』って、教会で神父に誓うみたいなレベルの話じゃないよな?役所に書類を届けたレベル?え?え?どうすんのこれ。
「どういう意図であれ、龍言に誓って決闘をしたのだ。もう反故にはできぬぞ。」
ムスターファは、いまさら何を言っているんだという顔で俺を見てる。
「なら、安心だね、おめでとう。」
美月は良かったねという顔で、俺とアルティナを見てる。いやそれって、プロポーズに成功したカップルへ送る言葉でしょ。
「そうなのね……良かった、私はそれで構わないわよ。」
アルティナは一瞬驚いたけど、すぐに笑みを浮かべ俺の方を見た。なんか満足そうな顔をしているけど、それはどっちの『良かった』なの?
「……アルティナは、ほら、カタチ上とはいえ、俺が婚約者とか困らないのか?」
「うーん……むしろ嬉しいかも。アイツ、いえ、私の親にも煩く言われなくて済むし。」
え?それってもう、菓子折り持って本格的にご両親へご挨拶に伺います的な話になってます?俺、彼女いない歴=年齢のウブな高校生男子なんですけど。何か持っていけばいいの、年収とか仕事とか聞かれるんだっけ?
俺って……いま世間的には無職なのかな?ていうか、どうしてこうなった。
「……もしかして、私が婚約者だと不満?」
「いやいや、不満とかそういうのじゃなくてだ・だ・だ、ね、こういうのはなんていうか段取りというかプロセスというかね」
俺自身がその言葉に焦っていた。演技としてアルティナを婚約者としたはずが事実として成立してしまった。しかもアルティナは意外にも好意的に受け止めてるし、この世界ってそういうの軽いノリなのかしら。
「私はアナタのこと好きよ、でもアナタが嫌なら、無理しなくていいのよ」
そう言われてアルティナを改めて見ると、性格が良くて、才能もあって、スタイルも抜群で、なにより天下の火龍王が少年のように一目惚れするほどの絶世の美女だ。嫌なわけがない。よくよく考えたら、この異世界に来て初めての知り合いだし、俺を今まで側で支えてくれた存在だ、うん、なんか素直になれば、俺、この人のこと、結構好きなのかもしれない、恋とか愛とか、そういうのはわかんないけど。
「え、いや、その……ありがとう。よくわかんないけど俺も頑張るよ。」
「なにそれ」と、アルティナがクスクス笑った。
その微笑みが、なんとも愛おしく感じて、俺は一瞬みとれてしまったが、すぐに照れ笑いを返した。
「あ、あと、みんなには内緒にしてたけど、火龍王を配下にしたのには理由があるんだ。」
俺は空気を切り替えようと、なんとか言葉を絞り出した。そうそう、俺にはひとつ夢があったんだ。
「それは……火龍王を空を飛ぶ乗り物にする、つまり専用ジェットを手に入れることだ!」
「専用ジェット……?」
仲間たちは一瞬呆然としたが、詳しく話すと「たしかにそれはスゴイ発想だ」と大喜びした。火龍王だけは何やら複雑な表情をしているが。
「ぼうず、おぬしは本当に面白いやつじゃのぉ!スルバが居なくなって、ただただつまらん時間が過ぎておったが、今わちきは楽しくて仕方ないぞよ!」
ニコルはいつになく目を輝かせている。アルティナと美月もその言葉に同意するように頷いた。
一方、ムスターファだけは悔しそうな顔をしていた。
「我は乗り物ではない!……だが、龍言の誓いがある以上は逆らえん。ええい!どこへでも運んでやろうではないか!」
ニコルがムスターファのファランクスを解除すると、彼は少し体を動かしてから、満足げに笑った。
「まあ、成り行きはどうであれ、お主らに仕えるのだ、これからよろしく頼む。我のような龍王の中の龍王を配下にした人間などかつていないのだからな、もっと誇ったり自慢してよいのだぞ。」
その豪胆な態度に、俺は思わず笑みがこぼれた。
「お前、意外と面白い奴だな。これからよろしく頼むよ、ムスターファ。」
「ワッハッハ!おう、任せておけ!」
ムスターファが豪快に笑い返し【竜人化】を解くと、再び巨大なドラゴンへと戻った。俺たちはその背中に乗り込む。ムスターファの背中は広く、硬い鱗に覆われていたが、その上に乗ると不思議と安定感があった。
俺たち全員が乗ったのを確認すると、ムスターファはゆっくりと羽ばたき、上昇する。そしてオリンボス山を滑空するように飛びつつ速度を上げ、一気に上空へと飛翔した。赤黒く巨大な翼が大きく広がる先には、もう海が見えている。
「これが……ドラゴンの飛ぶ感覚か!」
俺は初めての空の旅に胸を躍らせた。いろんなゲームの中で、飛行艇や、空飛ぶ生物や神獣にのって旅をするイベントがあったが、その度に本当にこうやって空を飛べたら、どんなに爽快で感動的だろうと思っていた。
異世界に来て俺は、子供の頃からの夢を、ひとつかなえることが出来たのだ。
「お前たち!しっかりつかまっていろ、もう少しとばすぞ!」
皆が空に感動しているからか、ムスターファもまんざらでもない様子で、テンションが上がっているようだ。
「たのむぜ!火龍王ムスターファー」
俺も笑顔で応えた。ムスターファの巨大な翼が大空を切り裂き、俺たちを高く高く運んでいった。ドラゴンの背中に乗って飛ぶその感覚は、言葉にできないほど素晴らしいものだった。風が顔を撫で、眼下には広がる大地と美しい風景が広がっている。青い空と雲海、遠くに見える山々や湖の煌めき。異世界の美しさを、これほどまでに実感できる瞬間が来るとは思っていなかった。
アルティナと美月も歓声を上げていた。彼女たちと一緒にいることが、俺にとって今や最大の力だ。アルティナの優しさと冷静さ、美月の勇気と覚悟。彼女たちと共に次の段階へ進むことが、最近では本当に楽しく思えてきた。
ゲームではソロ専門だったが、仲間って案外いいもんなんだな。
そして一時間もしないうちに、王都の姿が遠くに見えてきた。すごい、馬車で一週間もかけた道のりが馬鹿みたいに思えてくる。
ムスターファの翼が大きく広がり、俺たちはさらに高く、さらに速く飛んでいく。
「これからいよいよ。王都へ凱旋か……」
俺は感慨深げに呟いた。風の音に耳を澄ませながら、これまでの戦いを思い返す。王都のギルドで、棍棒しか装備していない俺を嘲笑した奴らの顔が浮かぶ。馬鹿にされ、冷たい視線を浴びせられたあの日。悔しさと怒りが胸に込み上げたが、それが俺の闘志を燃え上がらせたのかもしれない。
しかし、大地の聖剣を巡り、王都に不穏な気配があるのは確かだ、もしかしたら想像しているよりも重大な事実が隠されている予感すらしている。
「これからが本当の正念場だな……だがやってやるさ」
俺は感慨深げに呟いた。しかし困難な状況が、ムスターファの背中で感じるこの力強さが、俺の自信とモチベーションをさらに強めてくれる。
俺は、棍棒だけで魔王を倒す。必ず達成して見せる。
王都よ、冒険者ギルドよ、棍棒勇者の凱旋を、笑えるものなら笑ってみやがれ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
月亭脱兎先生の次回作にご期待ください。
みたいな終わり方ですが、残念ながらまだまだ続きます!
次回から王都凱旋編に入り、物語は大きく「転」じます。
でもあまりご期待しないでください。
感想、ブックマークなど頂けると励みになります。




