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21 火龍王との決闘

 眠りについていた火龍王ムスターファはゆっくりと目覚めた。


 火口の縁から射し込む満月の光が、ムスターファの巨体と赤黒い鱗に反射し輝いている。

 薄っすらと目を開くと、赤い瞳が輝きを取り戻す。


「むぅぅう、今宵も満月が心地よいな…」


 火龍王ムスターファの声が低く、地響きのように火口の中に響き渡る。体を伸ばし、眠りの名残を振り払うように翼を広げると、熱風が巻き起こり、溶岩の川が激しく揺れた。


 その直後、ムスターファは目を細め、周囲の様子を探る。何かが違う。人間たちの気配がする。


「ほう……愚かな人間どもが、我の眠りを妨げに来たか。」


 ムスターファは鼻をひくつかせ、周囲の匂いを嗅いだ。その中に混じる甘い香りに気づくと、興味深げに鼻をもう一度ひくつかせた。


「これは……もしや、美女の匂いか?!」


 ムスターファの目がいっそう輝き、眠気が一気に吹き飛んだように見えた。大翼を羽ばたかせると、その巨体をゆっくりと上昇させ、火口の縁へと降り立った。

 周囲を見下ろすと、やや開けた岩場の先で、美しいエルフの女性が縛られたまま立っている。


(ん…?これは、もしや我の信奉者が、生贄を届けに来たのか?久しくなかったが……な)


 目を凝らすと満月の光が縛られたアルティナを照らし、その美しさがさらに際立つ。ムスターファはその光景に目を奪われた。


(ほう……これは…なんと美しい人間、いや……ハイエルフか!素晴らしいっ)


 この世のものとは思えない絶世の美貌に、火龍王は己の心臓が高鳴るのを感じた。


「貴女は、何故そのような所におられるのだ……」


 ムスターファの声が微かに震えた。鋭い爪でひげを撫でながら、心の中で小躍りする。


 美しいだけではなく強力な魔力を持つ魔道士、氷の様な冷たい目線、純白の肌と銀色に輝く長い髪、そのすべてが彼の心を鷲掴みにした。


 まるで若者が初恋を経験するかのように、彼の心は一気に浮き立つ。


 火龍王はゆっくりと、威厳を保ちながらアルティナへと近づいた、その瞳はアルティナの美貌に釘付けになり、思わず口元が緩む。その時、彼の中の龍王の威厳が一瞬消え、目を輝かせ、まるで宝石を見つけた子供のように歓喜の声をあげる。


「おお…美しい…なんと美しい…!」




 ——よしよし!ここで美月の出番だ。


 ここでタイミング良く、アルティナの後ろに控えていた美月が火龍王へと歩み出た。

 身分を偽れる隠密の技術を持つ美月には火龍王の信奉者を装って、アルティナを火龍王へと捧げる演技するよう打ち合わせてあるのだ。頼むぞ美月!


「お前は……何者だ?」


 火龍王ムスターファは急に表情を引き締め、威厳ある態度に戻った。


「あーあー、火龍王さまー、ワタシハー、あなたさまのー、エーと、をー、信奉するモノデゴザイマスー」


 あの子ったら……コミュ障な上にクソ大根かよ!


「ワタシはー、タチはー、偉大ナルー、ムスターファ様ニー。この美しきオトメを、捧げますデスー」


 ——ムスターファは一瞬だけ考えた。この状況は少々奇妙だ。最近は人里で暴れてはおらんし、特に生贄も求めていない。とはいえ、これほどの美女を前にして無碍にするのもな……それにしても……美しい!ムスターファは鼻をひくつかせ、再び信奉者(美月)を見下ろした。


「いいだろう。その麗しき生贄を受け入れよう。しかし、お前たちの真の目的は何だ?」


 火龍王の問いに、美月は目を逸らした、そして完全にフリーズしてる、てめえ!アドリブまでポンコツかよ!


 ——ええい、予定より早いが、ここで出よう。


「まてい!火龍王ムスターファよ!この美女アルティナは俺の婚約者だ!生贄などにはさせんぞ!」


 打ち合わせより俺の登場が早かったので、明らかに美月が動揺している。だめだこいつは、俺が頑張らないと。


「キサマー!邪魔をスルなー!」


 もうどうしようもないレベルの演技力で抵抗する美月。


「ええい!神の力を宿す、聖なる棍棒よ、邪悪を打ち払え!!」


 そう叫ぶと俺は、打ち合わせ通り美月になるべくゆっくりと棍棒を振り下ろす。


「ワアー、アーーーー」


 すると、たぶん断末魔のつもりの変な声を上げた美月が、スーッと姿を消した。


 ムスターファは威厳を保ちながら、俺とアルティナを交互に見つめた。明らかに何か疑問を感じてる様子だ、そらそうだろうな!


「火龍王ムスターファよ!このアルティナをかけ、決闘を申し込む!」


「ほう……人の分際で、しかもその程度の力で我に決闘をか?正気とは思えんな。」


 ムスターファは相手にするのも馬鹿らしいといった態度で、決闘に乗ってこようとしてない。

 うーむ、どうする、困ったぞ。


「火龍王様・・・私は覚悟を決めております……ただ、この婚約者との約束も心残りなのです」


 氷の様な表情をしていたアルティナが、急に目に涙を溜めた麗しい表情になり、俺と火龍王を見て目をそらす。


「この者では勝負にすらならん……我に条件など申し立てる価値もない」


「でも、この未練を断ち切るためにも……火龍王様、私のワガママを…聞いて頂けますか?」


「おお、アルティナと言ったか、うん、そなたの想いを述べてみよ!」


 ムスターファは食い入るように、アルティナを見ている、相当気に入ったようだな。それにしてもアルティナさん、演技力まで天才的。


「火龍王様は、【竜人化】(メタモルフォーゼ)の御技をお使いになると聞いています、それは端正で美しい人間のお姿だと・・・もしお仕え、伽するのであれば、そのお姿を一目みておきたく」


 アルティナはそう言うと、頬を赤めムスターファを見つめる。さらに足をくねらせ、衣服のスリットから、美脚をのぞかせた。


「そうか、そうか、うむ、どちらにしても後々見せる姿だからな、構わんぞ——【竜人化】(メタモルフォーゼ)


 ムスターファは大きな翼を広げ、その巨体を一瞬震わせた。次の瞬間、彼の身体は縮み始め、赤い鱗が消え、代わりに人間の肌が現れた。赤く燃えるような髪が風になびき、鋭い爪が指に変わり、筋肉質な体躯が細身の男性へと変わっていく。


 最終的に、そこに立っていたのは身長190センチほどのイケメンの男性だった。


「ふぅ…これでどうだ。」


 イケメンではあるのだが、無精髭があり、ボタンを開けた胸元からは筋肉質でありながら細身の体、やや色黒な肌、どことなく遊び人風の雰囲気がありナルシストっぽさも漂う。


「ムスターファよ、龍ではなく、その姿で俺と戦ってこそ、男同士の決闘だ!」


 ここまでは作戦通りだ、この作戦の最初の関門は、火龍王に【竜人化】(メタモルフォーゼ)を使わせる事だったからな。


「別にかまわんぞ、この姿でも飛翔が出来ないだけで、強さが変わるわけではいからな、しかし決闘とはレベルの近い者同士だからこそ成り立つというもの、貴様では弱すぎて興がのらんのだ」


 その時だ、待ってましたと言わんばかりに、亀うさぎことニコルが飛び出してきて俺の肩に乗る。


「わちきは大地の守護獣ニコルじゃ!この者の守護獣であるぞ。レベルだけならお主より上じゃ!さあ尋常に勝負じゃ!」


「ほう、大地の守護獣か!それが仕えるとは大したものよ、その棍棒も先ほどの信奉者を一振りで葬むる謎の武器であるようだし…とはいえこの火口で戦う限り、どう足掻いても我の勝ちは揺るぎない、それでもやるのか?」


 よしムスターファが乗ってきた!


「ああ、対等とは思っていない、あんたが勝てばアルティナを捧げるが、だが、もし俺が勝った場合は——あんたが俺に仕えるとうのはどうだ?」


「わっははは!豪気なやつよのう、まあ夢を見るのはよかろう、それで貴様らに興が乗るのであれば、その条件で決闘をうけてやろう!』


「男に二言は無いよな!火龍王!」


「ふん戯けが、龍言にかけ、約束は守ろうではないか、アルティナどのも、それで良いかな?」


 ムスターファはそう言ってアルティナに、やや締まりのないニヤケ顔を隠しつつ、精一杯にカッコつけて見せる。


「はい、これから身を捧げる殿方の戦いを、ここから見届けさせて頂きます。はじめてくださいませ!」


 アルティナがそう言うとムスターファは両手を広げ、その腕に赤いオーラを纏わせると、恐ろしい速度の爪の斬撃を浴びせてきた。とんでもない圧力と迫力、さすがは龍王だ。

 ニコルが即座に【ファンクラス】を展開し、その強力な攻撃を見事に受け止める。


「そら、そら、そら!いつまで耐えられるかな?守護獣の防護壁はこの世界で最も硬いが、攻撃を受けるほどに稼働時間が減るのだろう?」


 そう言うムスターファの連続攻撃をいくつか受け止めると突如【ファランクス】が解除される。


「ふん、世界最強の防壁も我の前ではこの程度か」


 それを見たムスターファはガラ空き俺に大振りな爪の斬撃を繰り出してきた。


 俺はその攻撃を【パリィ】で弾き返し、即座に【ノックバック】攻撃を入れるが、ムスターファの強固な防御力は俺の棍棒の打撃をものともしない。


 ただムスターファが後ろに【ノックバック】した瞬間、その背中に何かが触れた。ニコルが秘密裏に人形サイズに構築していた防護壁だ。


「これは……先ほどの守護獣の防御壁か?なぜここに」


 その瞬間、ムスターファの眼前にも【ファランクス】が展開。気がつくとその全身が【ファランクス】のカプセルで包まれた状態になり、ムスターファは中に閉じ込められた。


「なんだこれは、動けん……」


 火龍王ムスターファは虚をつかれあっけにとられている。


「よしゃ!ぼうず、つかまえたぞよ」


「ナイスー!ニコル」


「おいおい、たしかに動けんが、これでは貴様も防壁で我を攻撃出来ないではないか。時間切れで結局は我の勝ちよ」


 ムスターファはニヤリと不敵に笑い、腕組みをしてこちらを見ている。


「それがねえ、俺の棍棒攻撃(ワールドブレイク)は、ちょっと特殊でね……参ったって言うまで殴らせてもらうよ」


 ——数分後


「貴様!なんだそのデタラメなスキル(ワールドブレイク)は!防御を全貫通するとか世界の理を無視、うごぉ、いやいや、ちょっと、うぎゃ!ちょっとまたれよ!回復が、あー!ぎゃ!いやん!ちょ」


 最初は威勢が良かった火龍王ムスターファだが、飛んで逃げることもできず、まして反撃もできず、さっきから俺の棍棒(ワールドブレイク)で一方的殴られ続けて、体力は残り1割といったところだ。


隣では【(ひかり)を喰らう者】を解除した美月が、アルティナの紐を解いて、一緒に火龍王の折檻を見守っている。


「わかった、わかりました、我の……負けじゃ……くそぅ」


 こうして俺たちは、スゴイ大作戦によって火龍王ムスターファの討伐を達成した。


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