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19 インソムニアの悪夢

 俺は馬車の中、鬼神との戦いで疲労していたのか、揺れるリズムが心地よかったのか、昼間から久しぶりに、本当に久しぶりに、深い眠りに落ちていた。


 そして俺は夢をみる、それは願っていない、見たくない夢だ。


 ——夏祭りの夜、屋台の明かりが煌めいている。

 小学生だった俺が、ひとつ年下の妹、凪沙(なぎさ)と手を繋いで歩いてる。


 彼女の笑顔は無邪気で、まるで輝く星のようだ。


(たー)ちゃん、あの屋台に行こうよ!」妹の楽しげな声が響く。


 そう、歳の近かった妹は、俺をお兄ちゃんではなく「(たー)ちゃん」と呼んでいた。


「うん、行こう!」俺は嬉しそうに答える。


 その屋台は道を挟んだ向こう側にある、目の前には祭りに来た大勢の人たちが横断歩道で信号が変わるのを待っている。


 俺たちは二人は手を繋ぎ、人混みをかき分けて、横断歩道の最前列へ出た。


 信号が変わると大勢が一度に歩き始め、人混みが二人の間に割り込んだ。凪沙(なぎさ)と繋いでいた手が滑り、離れた彼女は人々の波に飲まれて消えていった。


 「なーちゃん!」

 俺は必死に凪沙(なぎさ)の名前を呼び、探し回るが、彼女の姿は見当たらない。


 周囲の人々は楽しそうに歩き続け、俺の声は誰にも届かない。


「なーちゃん、どこにいったの…」


 道を渡り終えて人混みが消えると、後ろから凪沙(なぎさ)の声が聞こえてきた。


(たー)ちゃーん!」

 俺はその声に振り返る。


 まだ道の向こうに残されていた凪沙(なぎさ)の姿を見つけ目があった。


 彼女はいつもの無邪気な笑顔を見せ、俺の立つ方へと走り出した、その瞬間、恐怖が俺を襲った。


 横断歩道の信号は赤に変わり、車が彼女に向かって急速に迫ってきた。


 凪沙(なぎさ)は気づいていない。

 俺は彼女を助けようと駆け出し手を伸ばした——


 車が迫るその刹那——


 ——世界がスローモーションになった。


(もっと、もっと、もっと急げ)

 心の中で俺は叫ぶ。


 もっと遅くなれ、遅くなれ、遅く、凪沙(なぎさ)に、とどくまで——


 俺は必死に走り、手を伸ばしたが——

 ——間に合わなかった。


 車が凪沙(なぎさ)を跳ね、彼女の小さな体がスローモーションで地面に倒れる。


 ——その瞬間を、俺は目の当たりにした。

 

 なんでで俺は、なんでもっと早く気がつかなかった、なんでもっと時間を遅くできなかった、なんで、なんで、なんで——


 凪沙(なぎさ)は死んだ——


 ——俺がもっと、もっと、もっと…

 

 「うあああ!」

 いつもここで目が覚める。額にびっしょりと汗が滴り、息を整えるために深呼吸をする。


 気がつくと、馬車が静かに揺れていた。隣にはアルティナと美月が座り、心配そうに俺を見つめている。


「アナタ、大丈夫?…うなされてたようだけど」

 アルティナが心配そうに尋ねる。


「うん、何でもないよ。嫌な夢を見ただけだ」

 と、俺は無理に笑顔を作りながら答える。


「拓海……顔色が悪い」

 美月がいつものじっとりした目で見ている。


「大丈夫だ。騎士団の馬車が快適で爆睡しちゃったよ、あはは。」

 俺はそう言って、明るく誤魔化した。


 これが俺の、眠れない(インソムニア)体質になった本当の理由。


 あの日の、あの瞬間の(フラッシュバック)記憶が怖い。


 この悪夢(トラウマ)が、深く眠るのが怖い。


 そして、俺の「異能」(時を統べる者)が覚醒したのも、あの日からだ。



 ——馬車は紺碧の騎士団から出してもらったもので、スルバスまで同行してくれた吟遊詩人の御者とは、危険な旅路を理由にスルバスで解散した。


 俺たちがスルバスを旅立つ際、復興途中の街で見送ってくれた騎士団とのやりとりが思い出される。


「我々にとって、あなた方こそが伝説の英雄です。」

 隊長レオンハートが真剣な表情で言った。


「ありがとう、レオンハート隊長。復興で大変なのに、馬車まで出してもらって申し訳ない」


 それは騎士団として当然の責務なので気にしないで欲しいとレオンハートは言っていたけど、アルティナの治癒で多くが助かったとはいえ、戦力的にはかなり厳しい状況だろうに、レオンハートと騎士団一同がどうしても譲らないのであえて甘えることになった。


「それと、睡眠中のニコル師匠にもよろしく伝えてくれ」

 レオンハートが笑顔を見せると、騎士団の各々が「ニコル師匠万歳!ファランクス万歳!」と叫び始めた。


「師匠…?」


 俺は一瞬驚いたが、そういえばニコルが「わちきが騎士団に真のファランクスを教えてやるのだ」となんとか言い出して、騎士団らにファランクスを指導してたんだった。あんな亀うさぎにマッチョな大人たちが指導されてる姿はなんか滑稽だ。


「もちろん、伝えるよ。じゃあ、行ってくる」


 馬車は三日間かけて火龍王が住むオスボリン山の麓へと進んでいった。途中、風景が変わりゆく中、俺たちはそれぞれの思いを胸に秘めながら旅を続けた。途中何度が魔物と遭遇するが、護衛についてた紺碧の騎士団の数名が対処してくれて、俺たちの出番はアルティナの支援魔法くらいしかなかった。

 紺碧の騎士団て皆レベル40近くて普通に強いんだよな、あの溶血の鬼神メーデスが化物すぎただけで。


 にしても、鬼神メーデスとの戦いは俺としてもギリギリだったと思う。

 超強力な魔法はノエルの【ファランクス】あってこその防衛だったし、俺との戦闘でも、あそこまで知略的に攻めてくるとは意外だった。

 何より全ての面で、俺を想定を上回ってた。さすが最上位魔族だ、あんなのがあと何人いるんだろう、ていうかあれより遥かに強いんだよな魔王は。

 もっと自分を強化しないと、今後はさらに厳しい戦いになる予感がする。


「見て、あれがオスボリン山よ」

 アルティナが指差す先に、巨大な山が聳えているのが見えた。


 オスボリン山の麓に立つと、その圧倒的な存在感に圧倒された。

 山の頂上に向かって視線を上げると、巨大な活火山が天を突くようにそびえ立ち、重々しい雲がその周囲を取り囲んでいた。まるでこの山自体が生きているかのように、地面から微かに震える感覚が足元に伝わってくる。


「これがオスボリン山…火龍王ムスターファの根城か」



 俺は騎士団に、このまますぐ帰還するよう指示し、三人と一匹で山頂を目指すことにした。

 帰り道はどうするのかとアルティナに詰められたが「それはちゃんと考えてるから」と何とか言い聞かせた。

 実は、俺が災害クエストから、この火龍王を選んだのには理由がある。だが、今それを素直に言うと、なんか直感的に怒られそうな気がしたので倒すまでは黙っておこう。


 俺たちは途中キャンプをしつつ二日間かけて火口に辿り着いた、今夜にも火龍王が活発化する満月になる。旅程としてはかなり順調だ。

 山頂にある火口からは、時折赤い炎がちらつき、黒煙が立ち昇っていた。硫黄の匂いが鼻を刺し、息を吸うたびに肺の奥まで焼けるような感覚が広がる。ここが単なる山ではなく、危険な生物が住む場所であることを肌で感じた。


「すごい迫力だね…まるで地獄の入り口みたい」

 アルティナが呟く。


「ホントに、火龍王いるのかな…」

 美月がじっとりと火口を見下ろしている。


「とりあえず満月まで待とう。ニコルもギリギリまで寝かせておきたいしな」


 ニコルの稼働時間は、どうやら睡眠時間に影響をうけるらしく、ここ数日はなるべくニコルを起こさないように注意してきた。

 まったく、不眠症(インソムニア)な俺とは正反対でよく寝るニコルが最近はちょっと羨ましく思う。


 戦いやすい地形を探して火口の周囲を進むにつれて、周囲の景色は一層荒々しく、厳しいものになっていった。溶岩が固まった黒い岩肌が露出し、ところどころに赤く光る亀裂が走っていた。まるで山そのものが怒り狂っているかのように、地面が時折震え、熱気が肌にまとわりつく。


「気をつけて進みましょう、火龍王がいつ動いてもおかしくないから」


 アルティナが注意深く進むことを提言する。


 険しい岩場や急な斜面を登りながら、俺たちは慎重に進んでいった。視界の先には、時折火口から吹き上がる炎がちらつき、そのたびに「出た!?」とアルティナが驚くのが面白い。どうやらトカゲ類が苦手らしい。まあドラゴンもデカいトカゲっちゃトカゲか。


「見て、たぶんあれが火龍王が寝てる横穴よ」


 アルティナが指差す。


 目の前に広がる光景は、まさに地獄のようだった。巨大な火口からは絶え間なく黒煙が立ち昇り、赤い溶岩が煮えたぎっている。その中心に、巨大な影がうごめいていた。あれが…火龍王ムスターファ。でかいな!


「なあ、あいつと正々堂々と戦うのと、邪道でズルく倒すのと、どっちがいい?」


 おれは二人に確認する。


 アルティナと美月は顔を見合わせると、二人同時に俺をみてに言った。


「「邪道で」」


 ようし、許可を得たぞ、じゃあ作戦を伝えよう。

 俺たちは、ニコルを叩き起こし、作戦会議を始めた。





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