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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
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その九十四

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年生。


 幼馴染みで彼女でもある都坂みやこざか亜希あきちゃんとの関係は順調。


 大学生活もこれといって支障なく、楽しく過ごしている。


 一時はすごく不安になった同じ外国語クラスの長石ながいし姫子きこさんとの関係だったが、あれ以来特に問題は起こっていない。


 そして、亜希ちゃんと同じ外国語クラスの若井わかいたける君も、僕にも亜希ちゃんにも何も言って来なくなった。


 ちょっと怖くなるくらい、二人は大人しくなった。


 どうしたのだろう?


 それから、ある日を境に、亜希ちゃんの様子がおかしいのに気づいた。


 何があったのだろう?


 でも、訊けない。思い違いだったら、気まずくなるから。


 それでも、気になって仕方がなかった。


 


 そんなある日曜日。


 僕はコンビニのバイトに行くために、いつもと同じように早起きし、キッチンに行った。


「おはよう」


 先にキッチンに来ていた姉に声をかける。


「武、座れ」


 いきなり姉から恐ろしい事を言われた。


「な、何、姉ちゃん?」


 僕は全身から汗を噴き出し、恐る恐る尋ねた。


「いいから、座れ」


 僕らは相向かいに椅子に座る。


 母は洗濯物を干しているようだ。


「お前、最近元気がないけど、どうした? 何か悩み事か?」


 そんな事を言われると思わなかったので、僕はビックリしてしまった。


 てっきり、何か理不尽な要求をされると思ったのだ。


「そんな事ないよ」


 そう言えれば、どれほど楽な事か。


 例え何でもなくても、そんな事を言えば、


「何だと!?」


と問い詰められるのが目に見えている。


 僕は小さく溜息を吐き、言った。


「亜希ちゃんの様子が変なんだ」


 すると姉は、思ってもいないリアクションをした。


「気のせいだ、気のせい。お前の考え過ぎ」


「え?」


 またしても思ってもみない反応。


 どういう事なんだろう?


 しかも、何故か姉はほんの少し赤くなっているのだ。


 何だ? 意味がわからない。


「どうしてそう言い切れるの?」


 不思議に思って尋ねてみる。


「どうしても、だ!」


 急に立ち上がって、姉は大声で言った。


「美鈴、何なの、大声出して?」


 外まで聞こえたらしく、母が居間の掃き出し窓を開けて言った。


「何でもないよ、母さん」


 姉は慌てて言い繕った。そして僕を見下ろす。


「いいか、その件に関しては、絶対に亜希ちゃんに質問するんじゃないぞ」


「どうして?」


 姉が僕の襟首をねじ上げた。


「だから、どうしても、だ!」


「わ、わかったよ……」


 僕は素早く降参した。身の危険を感じたのだ。


 このままここにいるのはまずいと思い、


「バイトに行かないと」


とササッと朝食をすませ、家を飛び出すように出かけた。


 


 亜希ちゃんは時々、僕の顔をジッと見ている事がある。


 僕が気づくと、頬を染めて顔を背ける。


 最初は何かのゲームなのかと思ったが、それは一週間続いた。


 異変が始まったのは、昼休みに亜希ちゃんが遅れて来た時から。


 何かあったのだろうか?


 遅れた理由を訊こうと思ったが、亜希ちゃんがトイレから出て来るのを見たので、訊いたらまずいと思い、何も尋ねなかった。


 あの日からなんだよね。


 何かあったのだろうか?


 記憶の糸を辿ってみると、亜希ちゃんが出て来る前に、長石さんが出て来たんだ。


 僕はそれに気づいて、慌てて隠れたんだから。


 そこまで警戒するのも失礼かなと思ったので、記憶に残っている。




 バイトをしている間にも、そればかりが気になった。


 訊いたらまずい事なら、亜希ちゃんがそう言うだろう。


 取り敢えず、何があったのかだけでも訊いてみよう。


 そう思って、僕は亜希ちゃんを食事に誘ってみた。


「珍しいね、武君が夕食に誘ってくれるなんて」


 電話で話した時は、僕は何も言わなかった。


 


 食事に誘ったと言っても、行くのはいつものドコス。


 ここが一番落ち着く。


「待った?」


 いつにも増して、可愛い服で登場した亜希ちゃんは、本当に自慢の彼女だ。


 周囲の男共の視線が集まるのがわかる。


「僕も今来たとこ」


 そして彼等は、亜希ちゃんの相手が僕だとわかり、舌打ちする。


 でも、気にならない。もう慣れてしまったのだ。


「嬉しい」


 亜希ちゃんはニコニしながら言う。


「どうして?」


「だって、武君と外で食事なんて、久しぶりなんだもん」


 そう言われて、改めて僕は亜希ちゃんを放ったらかしにしていた事に気づいた。


「ごめん。休みの日は、できるだけ一緒にいようと思ってるんだけど……」


 僕は慌てて頭を下げる。すると亜希ちゃんは、


「大丈夫。私、今のままで十分楽しいから」


「ありがとう、亜希ちゃん」


 涙が出そうなくらい健気な亜希ちゃんの言葉。


 注文をすませると、亜希ちゃんが切り出した。


「ねえ、今日はどうしたの? 何かあるの?」


 とっても興味津々の目で僕を見つめる亜希ちゃん。


 何だか、言い出しにくくなる。


 それでも、意を決して口を開く。


「何日か前、亜希ちゃんが学部棟のロビーに遅れて来た事があったでしょ?」


 すると、亜希ちゃんは真っ赤になった。


 え? 僕、何かまずい事言った?


「な、何?」


 急に目が泳ぎ、僕を見ようとしなくなる。


「ちょっと心配になったから訊きたいんだけど、長石さんと何かあったの?」


 僕のその質問で、亜希ちゃんは停止した。


 その表現しかない。


 瞬きもせず、僕を見ている。


 いや、見ているように見えるだけで、実は見ていないのかも知れないけど。


「亜希ちゃん?」


 時間が止まってしまったのかと思ってしまう程、亜希ちゃんは反応しなかった。


「な、何にもないよ。何にもないから、心配しないで」


 やがて亜希ちゃんはそう言った。


 でも、声が震えているのがわかった。


 とても何もなかったとは思えない。ますます心配になる。


 更に訊いてみようと思った時、料理が来た。


「食べよう、武君」


「う、うん」


 何となくはぐらかされたような気分になったけど、亜希ちゃんが話したくないのはわかったので、もう訊くのをやめにした。


 そこからは、いつもの二人に戻った。


 コンビニであった事を話したりしながら、楽しく食事をした。


 


 そして、食後のコーヒーを飲んでいる時、亜希ちゃんがまた口を開いた。


「武君、私に何か不満ある?」


「え? 不満?」


 ある訳ない。その質問は僕がすべきものだ。


「ないよ。ある訳ないじゃない」


 僕がそう言うと、亜希ちゃんは、


「本当に? 本当に何もない?」


と顔を近づけて訊いて来た。


「な、ないよ」


 僕は思わずギクッとして答えた。


「そう」


 亜希ちゃんは納得していない顔で言う。


「僕、不満そうな顔してる?」


 気になったので尋ねてみた。


「そんな事ないよ。私が思っただけで、武君がそういう顔をしているとかじゃないから」


 また何故か赤くなる亜希ちゃん。可愛いけど、意味がわからないので、混乱するなあ。


「ねえ、亜希ちゃん、どうしたの? 何があったの?」


 僕は亜希ちゃんの手を握って尋ねた。亜希ちゃんは僕を見て、


「あのね……」


と言いかけたが、


「やっぱりダメ!」


と言い、俯いてしまった。さっきより赤くなっている。


 さっぱりわからない。


 何にしても、亜希ちゃんは言いたくないんだ。


 だから、もう尋ねるのはやめる事にした。


 


 僕らはしばらくして、ドコスを出た。


「ご馳走様、武君」


 亜希ちゃんはいつもと変わらない笑顔で言ってくれる。


「こちらこそ、楽しかったよ」


「武君」


 亜希ちゃんが僕の手を引き、建物の陰に誘う。


 これは多分、キスのお誘いだ。


「亜希ちゃん」


 僕は亜希ちゃんを見つめ、キスをした。


 すると、亜希ちゃんが僕の首に腕を回し、唇を強く押しつけていた。


 えええ!?


 亜希ちゃんの舌が、僕の口の中に。


 これって、もしかしてディープキスって奴?


 胸が高鳴った。亜希ちゃん、大胆。どうしたんだろう?


「武君もして」


 一旦唇を放し、とろんとした瞳で言う亜希ちゃん。


「うん」


 言われるがままにもう一度キスし、今度は僕が舌を亜希ちゃんの口に忍ばせる。


 すると亜希ちゃんの舌が、僕の舌と絡み始めた。


 何だ、これ? 凄いぞ……。


 僕は恍惚として来ていた。


「武君、ここまででいいの?」


 キスを終え、亜希ちゃんが潤んだ目で僕を見つめる。


 それって、どういう意味?


「え? どういう事?」


 僕はトボケたのではなく、本当にわからなくて尋ねた。


「ううん、何でもない」


 亜希ちゃんは恥ずかしそうに言った。


「帰ろうか」


 亜希ちゃんはそう言ってニコッとした。


「うん」


 その時の僕は心臓が飛び出して来そうな程、ドキドキしていた。


 亜希ちゃんは何を言いたかったのだろう?


 僕はそれを、後日長石さんから知る事になる。


 その時は、そんな事になるなんて夢にも思わなかったけど。

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