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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
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その九十三(亜希)

 私は都坂みやこざか亜希あき。大学一年生。


 幼馴染で、私の永遠の王子様(ポッ!)の磐神いわがみ武彦たけひこ君と交際中。


 でも最近、いろいろとお騒がせな人達が現れて、困っています。


「やあ、亜希ちゃん、おはよう」


 英語クラスの教室に入ると、先に来ていた五瀬いつせ一郎いちろうさんと大国おおくに主税ちからさんが話しかけて来ました。


「おはようございます」


 私は微笑んで応じました。空いている席に座ると、五瀬さんと大国さんが私をはさむ形で席に着きます。


 嫌な事はないのですが、ちょっと気になります。


「まだあの彼氏と続いてるの?」


 不躾ぶしつけな大国さんが訊いて来ます。


「はい。順調です」


 私は少し睨みつけるようにして大国さんを見ます。するとそれに気づいたのか、彼は肩を竦めました。


「そうなんだ。彼、時々、別の女の人といるけどなあ」


 今度は五瀬さんがそんな事を言い出します。この人の方が、人当たりは良いと思っていたのですが。


「長石さんの事ですか?」


 私はニコッとして五瀬さんを見ました。五瀬さんは、


「何だ、知ってたんだ。公認の浮気?」


「違います」


 私はすぐに否定しました。浮気だなんて、武君に失礼です。何なのでしょう、この人達は?


「同じ外国語クラスだから、話す機会が多いだけですよ」


 私はどちらも見ないで教科書をバッグから出して言いました。


「そ、そう」


 さすがに私が怒っているのがわかったのか、五瀬さんも黙りました。


 私達の仲を裂こうとしているのかしら?


 この二人、あの若井わかいたけるさんと友人関係らしいし。


 そんな事を考えていると、その若井さんが入って来ました。


「おはよう」


 五瀬さんと大国さんが声をかけると、


「おはよう」


 若井さんは元気のない声で答え、私には会釈だけして離れた席に着きます。


 私も会釈だけ返しました。どうしたのかしら?


「若井の奴、姫子きこさんに怒られて、元気ないんだよね」


 大国さんが聞きたくもない事を小声で教えてくれました。


 長石ながいし姫子きこさん。それが、問題の女性。


 武君を「狙っている」と言われている、一つ年上の人です。


 一つだけ上とは思えないほどの色気と大人の雰囲気を持っています。


 武君の話だと、お姉さんの美鈴さんに性格が似ているらしいし。


 私としては、長石さんが色っぽくても、美人でも、胸が大きくても全然気になりません。


 気になるのは、年上だという事。そして、美鈴さんに性格が似ていると武君が言った事。


 武君は重度のシスコンですから、それがとても気がかりなんです。


 気にし過ぎでしょうか?


 


 やがて授業が終わり、お昼休み。


 武君と落ち合う前にトイレに行きました。


「あ」


 鏡の前でお化粧を直している長石さんがいました。


「あら」


 長石さんは鏡越しに私を見て、微笑みました。


「こんにちは」


 私も微笑んで会釈します。


「こんにちは」


 長石さんは化粧ポーチをバッグに押し込むと、振り返って言いました。


 私はそのまま用をすませようと奥に進みかけましたが、


「ねえ、ちょっといい?」


 長石さんに呼び止められました。


「何でしょうか?」


 思わず身構えてしまいます。


「不躾な事訊くけど、貴女、磐神君とHした事あるの?」


 長石さんはいきなり凄い事を訊いて来ました。


「え、H?」


 私は、顔が熱くなり、心臓が壊れそうなほど早く動き出すのを感じています。


「そう。した事、あるの?」


 長石さんはからかっているような顔をしていません。真剣な表情で私を見ています。


「ないです。それが何か?」


 私は気持ちを落ち着かせて、ゆっくりと答えました。


「ふーん。それなら、まだチャンスはある訳ね」


 長石さんはニコッとして言います。どういう事でしょう?


「男ってね、いつまでもお預けさせてる女には、愛想をつかす生き物なのよ。じゃあね」


 長石さんは手を振ってトイレを出て行きました。


 私が我に返ったのは、武君からの電話ででした。


「ごめん、すぐ行くね」


 私はそのままトイレを出ました。


 武君も、私とそういう事がしたいのかな?


 知りたいけど、訊けない。そんな事訊いたら、軽蔑されそうだし。


 ランチ中も、ずっとその事が頭から離れず、武君が話しかけて来ても、上の空でした。


「どうしたの、亜希ちゃん?」


 武君は心配そうに私を見ています。


「ううん、何でもない」


「そう?」


 逆の立場なら、


「何でもないって言う時は、何かある時なの!」


と、武君を問い詰めている私ですが、優しい武君は、


「病気じゃないなら、良かった」


と言ってくれました。ごめんね、武君。


 


 結局、長石さんの「呪いの言葉」に一日縛られた私は、講義もまるで耳に入りませんでした。




 バイトに行く武君とは駅のホームで別れて、電車を待ちました。


「おお、亜希ちゃん。久しぶりね」


 そう声をかけてくれたのは、美鈴さんでした。


 黒のパンツスーツの美鈴さん。就職活動の帰りのようです。


「お久しぶりです」


 私はいつもと変わらない感じで挨拶したつもりでしたが、


「どうしたの、元気ないね?」


 美鈴さんには隠し事はできないようです。将来、心配です。


 電車を一つ遅らせて、ベンチに腰を下ろし、私は美鈴さんに長石さんから言われた事を話しました。


「随分な奴だね、その女。今度とっちめてあげようか?」


 美鈴さんの鼻息が荒くなります。


「それはいいです。でも、男の人って、みんなそうなんでしょうか?」


 私の質問に美鈴さんは腕組みをして首を傾げ、


「そんな事はないと思うよ。リッキーだって、一度も言って来た事ないし」


「え?」


 わ。美鈴さんと婚約者の力丸憲太郎さんて、まだなのですね。純愛です。


 美鈴さん、私が唖然としているのに気づいたようで、


「あはは、私の事はどうでもいいけどね。ま、武はあんな奴だから、絶対に自分から言い出す事はないと思うけど」


「私から言わなくちゃダメって事ですか?」


 私はドキドキして尋ねました。


「そんな事、亜希ちゃんが言ったら、武はびっくりして卒倒しちゃうよ、多分」


 美鈴さん、そこ、笑いながら言うところではないですよ。


「自然の成り行きに任せるのがいいと思うよ。焦っても仕方ないし」


「は、はい」


 どうにか、気持ちが整理できました。


 私は美鈴さんにお礼を言って、ホームに入って来た電車に近づきます。


「美鈴さん」


 一つ思い出した事があるので、訊いてみる事にしました。 


「何?」


 美鈴さんはキョトンとした顔で言います。


「この前もここで美鈴さんに会ったって、武君が言ってましたけど、もしかして?」


 私はニッと笑って言葉を切ります。


「ち、違うよ! 偶然、偶然だよ! 亜希ちゃんは心配しなくて大丈夫!」


 予想以上に動揺する美鈴さん。悪い事をしたかな?


 弟思いの優しいお姉さん。


 この前は追いつけた気がしたけど、まだまだかな?

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