その八十三
僕は磐神武彦。
四月から、何とか大学生だ。
今は学費を稼ぐために、コンビニのバイトに精を出している。
幼馴染で彼女でもある都坂亜希ちゃんと会える時間が少なくなったけど、大学が始まれば、たくさん会えるのだから、今は我慢だ。
今日は午前中から夕方までビッシリバイト。
昼間は肉体労働、夜は大学の講義の姉に比べれば、大した事ではない。
「お疲れ、武君」
優しい亜希ちゃんが、コンビニの隣の大型書店で待っていてくれる。
「ごめんね、亜希ちゃん。わざわざ来てもらって」
僕は決まりが悪かったので、頭を掻きながら言った。
「何言ってるのよ、他人行儀な。私達、付き合ってるのよ。少しでも一緒にいたい私の気持ちを考えてくれないの?」
グイッと腕を組んで来て、耳元でそんな事を囁かれると、危うく鼻血を出しそうだ。
「そ、そだね」
僕達はこれから必要と思われる本や文房具を購入し、店を出た。
「私もアルバイトしようかなあ、コンビニで」
亜希ちゃんが嬉しそうに言う。
「え?」
僕はドキッとした。
「何? 私が一緒に働くと、何か都合が悪い事でもあるの、磐神君?」
亜希ちゃんはニヤッとして尋ねる。その「磐神君」は心臓に悪いから本当にやめて欲しい。
「そ、そんな事ないよ。ある訳ないじゃない」
僕はオタオタして答えた。亜希ちゃんはクスクス笑いながら、
「ごめん。私、アルバイトした事ないから、武君に迷惑かけるよね」
「それはないよ」
亜希ちゃんの家はそれなりに裕福だから、亜希ちゃんがアルバイトをして学費を稼ぐ必要はない。それに、あのお父さんが、亜希ちゃんがアルバイトをするのを許す訳がない。
しかも、そのバイト先が、僕がいるコンビニだなんて知ったら、僕が恨まれそうだし。
「でも、夏休みはアルバイトしたいなあ。武君と二人で、旅行にも行きたいし」
亜希ちゃんは本当に軽い気持ちでそう言ったのだろうが、僕は息ができなくなりそうだった。
「ふ、二人で?」
僕は高鳴る鼓動を感じながら尋ねる。
「そう、二人で」
亜希ちゃんは全く屈託のない笑顔で応じた。
ああ。その笑顔、可愛過ぎだ。顔が火照る。
何だか亜希ちゃん、大学進学が決まって、大胆になったのかな?
それとも、親友の櫛名田姫乃さんの悪影響?
昔以上に付き合いが多くなったみたいだし。
先日のお祝いの時も、僕と須佐昇君は置いて行かれてる感いっぱいだったし。
「何だか、姫乃と都坂さんが付き合ってるみたいだね」
須佐君がボソリと言った一言は、まさにその通りと言いたいくらいだった。
「どうしたの、武君?」
僕が妄想に耽っていると、亜希ちゃんが変に思ったのか、声をかけて来る。
「あ、いや、別に」
「変なの」
ご機嫌な亜希ちゃんは、何も追及して来なかった。ホッとした。
僕は亜希ちゃんを家まで送り、帰宅した。
姉がすでに帰って来ているようだ。
「お帰り、武。留守番頼む」
「あれ、どうしたの?」
妙に嬉しそうな姉。
「リッキーと飲むの。じゃあねん」
「行ってらっしゃい」
姉は超ご機嫌で出かけた。
ああ。大丈夫かなあ。
姉の婚約者の力丸憲太郎さんは、時々お茶目な事をする。
「美鈴には内緒で、姉貴も呼んだんだ。少しは慣れてもらわないとね」
憲太郎さんなりに、気を遣ったのだろうが、後でどうなっても知らないから。
あ、そうだ。憲太郎さんに、
「くれぐれも、僕がこの事を知っているって言わないで下さいね」
とメールしとこう。
それにしても、姉ちゃん、いい加減、沙久弥さんと普通に会話できないとまずいよ。