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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
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その八十

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。何ヶ月にも渡った大学受験期間が終わった。


 今日、受験した大学の合格発表がある。


 今は現場まで行かなくてもインターネットで合否が確認できる。


 そのせいで、僕の彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんの部屋は、人口密度が異常に高くなっている。


 まず、部屋のあるじである亜希ちゃん。今パソコンを操作中。


 そして、一応彼氏である僕。その隣で椅子に座っている。


 それから、何故か僕の姉の美鈴。僕の後ろに立ち、パソコンのモニターを覗き込んでいる。


 更に亜希ちゃんのお母さん。それから、僕の母も。二人は不安そうな顔で両手を合わせていた。


 モニターを見ていられないのか、横を向いている。


 何だか、ドキドキして来た。


 本当は亜希ちゃんと二人で見ようと思ったのに。


 これで不合格だったら、本当に恥ずかしいよ。


「よし、アクセス完了」


 まずは亜希ちゃんがログインして合否を確認。


 こっちは心配ないから、僕はドキドキしない。


「あなたは合格です」


とモニターに合否の結果が表示された。


 亜希ちゃんが涙ぐんで僕を見た。僕は大きく頷き、


「良かったね、亜希ちゃん」


「おめでとう、亜希」


 お母さんも涙ぐんでいる。それを見て、姉と母も涙ぐんでいる。


「ありがとう」


 亜希ちゃんは人目も憚らず、僕に抱きついて来た。


 顔が沸騰しそうだ。


「おーお」


 姉の冷たい視線と声が身に堪える。


 母は亜希ちゃんのお母さんと顔を見合わせて苦笑いし合っている。


「じゃあ、次は武君ね」


 亜希ちゃんは椅子から立ち上がった。僕はドキドキが治まらない。


 震える手でマウスを操作する。


「ビビるな、武。男だろ」


 姉が僕の両肩をギュッと掴んだ。その手も震えていた。


「う、うん」


 姉と母の緊張がジワジワと伝わって来る。


 何とか汗ばむ手でマウスを動かし、ログインした。


 心臓が破裂しそうだ。


「あなたは合格です」


 その表示を見た時、僕より先に姉が叫んだ。


「おおお!」


 その馬鹿力で僕を後ろから抱きしめる。と言うより、羽交い絞めにした。


 隣で、亜希ちゃんが呆気に取られているのも気にせず、


「良かった、良かった!」


と泣きながら言う姉。嬉しかったけど、ちょっとだけウザかった。


 


 その後、ようやく冷静になった姉から解放され、僕達は都坂家の居間でティータイム。


 紅茶のいい香りが部屋全体に漂う。


「二人共、本当にお疲れ様」


 亜希ちゃんのお母さんが合格祝いにと買っておいたケーキを出してくれた。


 それはもちろん、姉と母にも振舞われた。


 しばし余韻に浸り、亜希ちゃんと顔を見合わせ、今までの事を回想する。




「沙久弥さんにも連絡しないとね」


 やがて、亜希ちゃんが言った。


 「沙久弥さん」の言葉に姉がビクンとしたので、僕と亜希ちゃんは思わずクスッと笑ってしまう。


 僕は携帯を取り出し、沙久弥さんに連絡した。


 何故か緊張した顔で僕を見ている姉が面白い。


 僕は沙久弥さんが出ると、合格した事を報告し、お礼を言った。


「そう。良かったわね。本当に良かった」


 沙久弥さんの声が上ずっている。泣いてくれているのだろうか?


「沙久弥さんのお陰です」


 僕は感動して告げた。心の底からそう思っているから。


「私の力なんて、微々たるものよ。あなたの実力よ、武彦君。もっと誇っていいわ」


「ありがとうございます」


 僕は亜希ちゃんと代わった。


 亜希ちゃんもお礼を言った。沙久弥さんは謙虚に応じていたようだ。


 亜希ちゃんは途中で泣き出してしまった。


「また改めて……」


 亜希ちゃんはそれだけ言うと、携帯を僕に返す。


「沙久弥さん、お祝いの時にお会いしましょう」


「ええ。ありがとう、武彦君」


 沙久弥さんも涙声だった。僕ももらい泣きしそうだったが、何とか堪えた。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 僕はもう一度お礼を言って携帯を切った。


 ふと姉を見ると、ホッとしたように溜息を吐いていた。


 沙久弥さんにご指名されたらどうしようと思っていたのだろうか?


 案外、心配性だからなあ。


 


 しばらく歓談してから、僕達は帰宅する事になった。


 玄関の外まで見送りに出てくれた亜希ちゃんとお母さん。


「今夜、連絡するね」


 亜希ちゃんがそっと耳打ちしてくれた。僕は黙って頷いた。


「お安くないわね、武彦」


 家まで向かう途中、不意に母が冷やかして来た。


「な、何の事?」


 僕はとぼけようとした。


「亜希ちゃんと出かけるんだろ?」


 妙に嬉しそうに姉が言う。何だよ、その嫌らしい笑いは?


「い、いいでしょ、別に」


「悪いなんて言ってないし」


 姉はますます嬉しそうに言う。


「おかしなとこ、行くなよ、武」


 姉がそう言うと、母が、


「そんな事を言うって事は、美鈴もおかしなとこに行ったのね、大学合格した時?」


と援護射撃をしてくれた。


「ば、バカな事言わないでよ、母さん!」


 姉は真っ赤になって早足になる。


 僕は母と顔を見合わせて笑った。


「笑うな、武! 後で覚えてろよ!」


 姉が振り返って捨て台詞のように言い、玄関の鍵を開けて中に入った。


「心配しなくて平気よ、武彦」


 僕が不安な顔をしているのに気づいた母が言ってくれた。


「う、うん」


 でも、姉の事だから、どんな事をしてくるか……。


 何か、対策考えないとね。

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