その七十九
僕は磐神武彦。もうすぐ高校を卒業する。
今日は彼女の都坂亜希ちゃんとは、別行動の日。
随分以前に、姉の婚約者である力丸憲太郎さんと話していた「弟会」の事を思い出し、憲太郎さんの携帯に連絡してみた。
「やあ、武彦君。どうしたの?」
いつもながら、爽やかな声だ。僕は早速「弟会」の事を切り出した。
「弟会かあ。忘れてたよ。そうかあ。西郷先輩にも声かけてみようかな」
「西郷さん、ですか?」
西郷さんとは、憲太郎さんのお姉さんである沙久弥さんの恋人だ。
「西郷さんも『弟』なんですか?」
「そうだよ。それも、四人もお姉さんがいるんだ」
「……」
絶句してしまった。姉が一人だけでも、あんなに大変だというのに。
西郷さん、どんな少年時代だったのだろう?
「それでも尚、僕の姉貴と付き合ってるんだから、西郷先輩も凄いよね」
「ハハハ」
思わず笑ってしまったが、当人はどうなのだろう? 筋金入りの「姉萌え」なのかな?
「もう一人、『弟』に心当たりがあるから、後で連絡するね」
「はい」
何だか、姉が一人くらいで大騒ぎしている自分が情けなくなった。
西郷さんとは仲良くなれそうだ。
今後、いろいろとご指導ご鞭撻を賜りたい。
「憲太郎さん、今日、会えませんか?」
僕はいろいろ伝を辿ったのだが、今のこの時期、男同士で遊びに行ける友人がいないのだ。
「いいよ。これから、家族で食事会なんだ。美鈴は都合がつかないって言ってたんだけど、武彦君、来る?」
「え?」
地獄からのお誘いにも近い話だ。姉が断わるのも納得だ。
沙久弥さんだけではなく、沙久弥さんの当社比(姉の話で)百倍のお母さんもご同席なんだよね。
絶対無理。亜希ちゃんと一緒ならともかく。
そう言えば、合格祝いにも、お母さんが来るんだっけ?
何か、怖い。
「ご遠慮します。また今度という事で」
「そうなんだ。残念だなあ。西郷先輩と姉貴が、武彦君に会いたがっていたのに」
ドキンとしてしまった。
西郷さんがどうして僕に会いたいのかわからないし、あまり知りたいとは思わないけど、沙久弥さんが僕に会いたがっていたって、どういう事?
「あれ、今心が揺れてる、武彦君?」
憲太郎さんが嬉しそうなトーンで尋ねる。
「そ、そんな事ないです」
見透かされた気がして、僕は動揺する。
その後、憲太郎さんと大学の事を話した。
「合格祝い、楽しみにしているよ」
「はい」
僕は携帯を切り、溜息を吐いた。
沙久弥さんが僕に会いたがっていた。そう聞いて、少なからず嬉しくなってしまった。
恋愛感情ではないと思うけど、亜希ちゃんに対する裏切り行為のような気がしてしまう。
罪悪感に苛まされながら、僕はボンヤリして数時間を過ごしてしまった。
ふと気がつくと夕方になっていた。
「やっほーい、武くーん」
妙に陽気な姉が、いつも通りノックもせずに部屋に入って来た。
まあ、忍び足で入って来なかっただけマシだけど。
「何、姉ちゃん? ご機嫌だね」
僕は少し警戒しながら尋ねた。すると姉はニヤッとして、
「さっき亜希ちゃんと会ってさあ」
「亜希ちゃんと?」
何を話したのだろう? 心配になる。
「武、モテモテらしいぞ。亜希ちゃんが心配してた」
「え?」
意味不明だ。どういう事だろう?
「亜希ちゃんさ、高校の友達とランチしてたらしいんだけど、その友達に、『磐神君、赤丸急上昇』って言われたりとか、『磐神君、いい』って言ってる女子の話をされて、やきもきしてるらしいよ」
「えええ!?」
何それ? 誰がそんな事を?
亜希ちゃんが同級生と食事会なのは聞いてたけど、誰となのかはわからない。
気になるなあ。
「卒業式で、いきなり告白されたりしてな、武!」
僕より喜んでいる姉。何なのさ、全く。
その時、僕の携帯が鳴った。
憲太郎さんからだ。タイミング悪過ぎ!
「あ!」
たちまち姉に取り上げられてしまう。
「ごっめーん、リッキー。美鈴、今帰ってきたとこなの。許してね」
姉は自分のバツの悪さを逆手に取り、ドンドン憲太郎さんから話を聞き出してしまう。
人の好い憲太郎さんは、全部話してしまった。
「はい、武君」
勝手に切られてしまった携帯を姉が返してくれた。でも、何も言えない。
「弟会って、何、武君?」
ニッコリ笑って人を斬るのは「国定忠治」だって聞いた事があるけど、姉の場合はニッコリ笑って弟を殴る、なんだよね。
弟会、結成は無期延期だな……。