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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校二年編
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その七

 僕は磐神いわかみ武彦たけひこ。高校二年。


 凶暴な姉と、気の強い幼馴染に囲まれて生きて来た。


 


 姉が何故か機嫌が良く、


「武くーん、お小遣いあげるゥ」


などと言って来た。


 これには間違いなく裏がある。僕はそう推理した。


 実は推理小説が大好きで、結構読んでいるのだ。


「はい」


「あ、ありがとう」


 小遣いをもらうにも、とんでもない緊張感が漂う。何しろ、万札を渡されたのだ。


「それで、僕は何をすればいいの?」


 反射的にそう尋ねてしまう。


 だって、一万円も何の見返りもなく姉がくれるはずがないからだ。


「何の事よ?」


 姉はそう言って笑った。ますます気味が悪い。


「それ、ダーリンから武君へって渡されたのよん。あんた、明日誕生日でしょ?」


「ああ……」


 久しく忘れていた気がする。そうだ、二月八日は僕の誕生日だ。


「それで何か好きなもの買ってってダーリンが言ってたわ」


 彼の話の時は、姉は基本的に言葉遣いが穏やかだ。


「そ、そう。憲太郎さんにお礼の電話しようかな」


「ああ、いいよ! 姉ちゃんがあんたの分までお礼言っといたからさ」


 姉は妙に慌ててそう言った。


「そうなんだ。ありがとう、姉ちゃん」


「へへへ」


 姉は照れ臭そうに笑った。


 昔からそうだ。


 僕が困っていると、助けてくれた。お礼を言うと、どうしていいのかわからないように慌てる。


 姉ながら、そんな時だけは可愛いと思ってしまう。


 


 そして、誕生日。


 僕は何故か、同級生の都坂みやこざか亜希あきさんと町を歩いていた。


「ど、どこ行くの?」


 都坂さんは、僕に何も告げず、ずっとここまで歩いて来た。


 逆らうと怖いのは、ある意味姉よりランクが上だ。


 別に彼女は暴力を振るったりはしないけど。


「いいから」


 都坂さんは、ニコニコしながら先を歩く。


 僕は溜息を吐いてそれに続く。


「ここよ」


 あ。ここは確か、誕生日の人がいると、ケーキをサービスしてくれるレストランだ。


「お誕生日のお祝いしましょ、武君」


 都坂さんはそう言うと、僕の手を握り、ドアを押し開けた。


 


 夢のようだった。


 都坂さんとは幼馴染だけど、こうして二人っきりでレストランで食事なんてした事がない。


 彼女は可愛いし、成績優秀だし、陸上部のエースだしで、気後れする事だらけだけどね。


「お誕生日、おめでとう、武君」


「あ、ありがとう」


 僕はロウソクの火を吹き消した。


「でね」


 都坂さんが椅子をずらして僕に近づいた。


「な、何?」


 都坂さんは小声で、


「私と付き合って下さい。ずっと好きでした」


「!」


 衝撃の告白だった。僕は蝋人形のように固まり、動けなくなった。


 な、何で僕なんかと? そう訊きたかったが、何も言えない。


「ダメ?」


 都坂さんが小首を傾げて尋ねて来る。


「ダ、ダメなんてとんでもないよ。こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


「良かった!」

 

 都坂さん、涙ぐんでる。僕も泣きそうだ。




 そして、そんな衝撃的な食事を終えて、僕達は腕を組んで歩いた。


 僕は恥ずかしかったけど、都坂さん、いや、亜希ちゃんが積極的で……。


「あ」


 すると、前から見覚えのある男の人が歩いて来た。


「誰?」


 僕が会釈したので、亜希ちゃんが尋ねた。


「ああ、姉ちゃんの彼氏だよ」


「そうなの」


 憲太郎さんは、僕に気づき、近づいて来た。


「やあ、武彦君。デート?」


「はあ、まあ」


 僕は照れて答えた。


「都坂亜希です。武君とは幼馴染なんです」


「そうなんだ。いいねえ、幼馴染同士の恋愛ってさ」


 憲太郎さんの言葉に、僕と亜希ちゃんは顔を見合わせて微笑んだ。


「あ、そ、そうだ、憲太郎さん、昨日はどうもありがとうございました」


 僕は顔を合わせたのに何も言わないのは変だと思い、礼を言った。


「え? 何?」

 

 憲太郎さんはキョトンとしている。亜希ちゃんが、


「今日、武君のお誕生日で……」


と言い添えてくれたが、憲太郎さんは、


「ああ、そうなんだ。美鈴の奴、何も言ってくれなくてさ。ごめんね、知らなくて」


「あ、いえ、いいんです」


 僕は全て理解した。そして、憲太郎さんにそれ以上詮索されないうちにと、


「じゃ、さよなら!」


と亜希ちゃんを引っ張るようにしてその場を離れた。


「どうしたのよ、武君?」


「う、うん、別に」


 亜希ちゃんも気づいたようだ。


「そうか。なるほどね。美鈴さんらしいわね」


「うん」


 姉は、僕にお金を渡すのが照れ臭いので、憲太郎さんからと嘘を吐いたのだ。


「いいお姉さんね、武君」


 亜希ちゃんがグイッと腕を組んで来た。


「そ、そうだね」


 僕はやっぱりそんな姉ちゃんが大好きだ。

 

 今は亜希ちゃんの次だけど。

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