その七十八(亜希)
私は都坂亜希。もうすぐ高校を卒業します。
私の王子様(きゃああ!)の磐神武彦君と同じ大学を志望し、先日二次試験も終了しました。
武君とは、合格祝いを一緒にする予定ですが(もちろん、まだ合格かどうかは未定です)、その時にあの力丸沙久弥さんご一家も同席されると聞きました。
え? ちょっと不安。
沙久弥さんは、武君のお姉さんである美鈴さんの婚約者の憲太郎さんのお姉さんです。
二十三歳なのに、見た目は美少女で、しかも東大卒。勝てる要素がありません。
その上、武君をいたくお気に入り。更に武君も沙久弥さんの事が気になるみたいで。
「絶対にそんな事はないよ」
武君はそう言ってくれます。でも、やっぱり不安。
だって、沙久弥さんも「お姉さん」ですから。
武君は重度の「シスコン」なので、本当に心配なんです。
恋愛関係にはならないと思うのですが(沙久弥さんにも彼がいますから)、何だか気になるのです。
今日は、武君と別行動の日。
卒業するとしばらく会えなくなりそうなお友達同士で、ドコスで食事会をしました。
「どうなのよ、亜希、磐神君とは?」
同じクラスの富谷麻穂ちゃんが言います。
「どうなのって、何?」
私はわざととぼけました。
「どこまで行ったのよ、磐神君と」
更に尋ねて来たのは、二年の時から同じクラスの天野小梅ちゃんです。
「ど、どこまでって、その……」
そういう際どい話が本当に苦手な私は、顔が火照るのを感じました。
「もちろん、一回くらいしたよね?」
もっととんでもない事を訊いて来たのは、伊佐奈美ちゃん。
彼女は一年の時同じクラスで、三年になってまた一緒になった子です。
「一回って、何を?」
私は顔を扇ぎながら尋ね返します。
「やだあ、そんな事、言わせないでよお」
奈美ちゃんはケラケラ笑います。意地悪なんだから。
「な、ないよ、そんなの」
私は俯いて答えました。すると三人が一斉に、
「ホントに?」
と尋ねて来ます。私はちょっとムッとして、
「本当よ。普通でしょ、それが!」
三人は私の言葉に大爆笑です。
「磐神君、可哀想。ずっとお預けなのね」
奈美ちゃんが調子に乗ります。小梅ちゃんが相槌を打って、
「ホーント。可哀想な武彦君」
「どうして可哀想なの!?」
私は更に語気を荒げます。すると麻穂ちゃんが、
「まあまあ、熱くならないで、亜希」
それでも私は何となく不愉快です。
「ごめん、亜希、言い過ぎたわ。許して」
「うん、ごめん」
奈美ちゃんと小梅ちゃんが手を合わせて謝ります。
「だってさあ、彼氏いるの、亜希だけじゃん」
ああ、そうか。三人には男友達はいても、交際している人はいないんだっけ。
「それにさ、最近、磐神君、私の中で赤丸急上昇なのよね」
麻穂ちゃんがドキッとする発言をしました。
「ああ、そうそう。クラスの他の女子からも『磐神君、いい』って声聞いた事ある」
小梅ちゃんが言いました。
「そうなの?」
私は全然知らなかったので、本当に意外です。
「そうよお。彼、女子に意地悪しないし、基本優しいし。狙ってる子もいるかもよ」
奈美ちゃんまでそんな事を……。不安になる。
「亜希、卒業式に注意してね」
麻穂ちゃんが真顔で言います。
「どうして?」
私はキョトンとしてしまいました。
「破れかぶれ告白をする子がいるかも知れないって事」
小梅ちゃんがニヤッとして言いました。
「まあ、磐神君は亜希一筋だから、絶対落とせないでしょうけどね」
三人は嬉しそうに笑いました。私も引きつりながら笑いましたが、ちょっと驚きです。
武君には悪いのだけど、武君を好きな女子が、同級生にいるなんて思っていなかったのです。
ああ、また不安が大きくなってしまった。
麻穂ちゃん達は、私があまりにも深刻な顔になったので、話題を変えてくれました。
しばらくして、食事会はお開き。
月に一度は会おうねと約束し、私達は別れました。
次は卒業式で会う事になるでしょうが。
私はドコスを出て、家へと向かいます。
すると、また偶然にも、一人で道路の反対側の舗道を歩く、武君のお姉さんにして私の最大の「ライバル」である美鈴さんを見かけました。
美鈴さんも私に気づき、ミニスカートなのを気にしないでガードレールを飛び越え、車が途切れるのを待ち切れないのか、クラクションを鳴らされても怯まずにこちらに来ました。
怖過ぎます、美鈴さん。
「こんにちは」
私が挨拶すると、美鈴さんはニコッとして、
「こんにちは。あれ、あのバカ、一緒じゃないの?」
と毎度お馴染みの切り返しです。
「今日は別行動の日ですから」
「ああ、そうか」
忘れてた、という顔で、自分の頭を軽く叩いてみせる美鈴さん。
何だか、そういうところが敵わないなあ。
「美鈴さんこそ、憲太郎さんと一緒ではないんですか?」
私もワンパターンな切り返しです。
「リッキーは今日は家族でお食事会よ」
どういう訳か、身震いする美鈴さん。
「誘われなかったんですか?」
ちょっと意地悪な質問をしてみます。
「誘われたけど、断わったの。そうだ、亜希ちゃん、代わりに行ってくれない?」
「お断りします」
私は笑顔で即答しました。そんな怖い食事会、無理です。
「そういう事だから、その辺で食事しない?」
美鈴さん、マイペースです。
「今食べたところですから」
再び丁重にお断りします。
「大丈夫よ、ピザは別腹だから」
「ええ!?」
私は無理矢理美鈴さんに付き合わされ、ピザ屋さんに入りました。
夕食、控えないと。