その七十七
僕は磐神武彦。受験真只中の高校三年生だ。
昨日と今日が志望校の二次試験の日。
昨日は国語と数学、今日は外国語と社会。
センター試験程慌ただしくはなかったけど、質が全然違っていた。
姉の婚約者である力丸憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さんからのアドバイスは、
「簡単な問題から確実に解いて行く事」
だった。
センター試験は時間との勝負だったけど、二次試験は自分との勝負だと。
落ち着いて解いて行けば、絶対にわかる問題のはず。
沙久弥さんのアドバイスは、何よりも僕の気持ちの支えになった。
おっと。語弊がある言い方かな?
もちろん、彼女の都坂亜希ちゃんと受けた神社の合格祈願や、姉の酒断ち、母の美味しい夜食も、僕の支えだ。
やるだけの事は全部やった。
去年の今頃の僕からは想像もつかないくらいレベルアップした。
今度は試験を受ける教室自体が小さかったので、僕と亜希ちゃんは別々の教室で試験に臨んだ。
「武君」
休み時間になるたびに、互いの解答を突き合わせた。
「大丈夫、ほとんど正解のはずよ」
ところどころ、亜希ちゃんと解答が違っているのが気になったが、今更ジタバタしても始まらない。
そして、とうとう二日目も終了した。
長かったのだろうか? 今思うと、アッという間だった気もしてしまうくらい充実した期間だった。
「今日はゆっくり休もう。また明日ね」
「うん」
僕は亜希ちゃんを家まで送ってから、帰宅した。
玄関の前で深呼吸して、ドアを開いた。
「只今」
そこには母と姉が待っていた。
「お疲れ様、武彦」
母は涙ぐんでいる。
「頑張ったな、武」
姉も涙ぐんでいる。
「結果まだだから、泣かないでよ」
僕はもらい泣きしそうになり、それを誤摩化そうとしてそう言った。
「そうだな」
「そうね」
母はキッチンに戻った。姉はそのまま僕について階段を上がり始める。
「手応えはどうだ?」
部屋に入ろうとすると、妙に深刻な顔で尋ねられた。
「できるだけの事はしたよ」
「そうか。もう姉ちゃん、酒我慢の限界なんだ。二次募集までもつれ込んだりしないでくれよな」
姉は冗談なのか本気なのかわからない顔で言った。
「うん。発表は三月十日だから」
僕は微笑んで答えた。
「わかった。もう少し、我慢するよ」
僕は姉が可哀想になってしまったので、
「もう試験は終わったんだから、今日から呑んでいいんじゃないの?」
すると姉はえっという顔で僕を見た。しかし、すぐに、
「いや、合格するまで呑まないって決めたんだから、まだダメだ」
「姉ちゃん」
僕は嬉しくなって姉を抱きしめようとした。
すると姉は僕をスッとかわした。
「え?」
僕は呆然としてしまった。
「お前、抱きつく相手を間違ってるぞ」
姉は背を向けて言った。
「合格したら、亜希ちゃんと好きなだけ抱き合え」
僕は顔が火照るのを感じた。
「ね、姉ちゃん!」
姉はそのまま僕を見る事なく、部屋に入った。
何だろう? 何かあったのかな?
とにかく、試験は全部終わった。
今日はゆっくり休もう。
部屋に入り、着替えをすませて階下に行こうとした時、携帯が鳴った。
沙久弥さんからだ。あ、そうか、連絡するの忘れてた。
「すみません、こちらから連絡するべきなのに」
僕は慌てて詫びた。
「いいのよ。それで、どうだった?」
沙久弥さんの凛とした声が耳に心地良い。
「はい、できる限りの事はしました。結果がどうであろうと、後悔はしないと思います」
「そう。それは良かった。武彦君なら大丈夫。きっと合格するわ」
「ありがとうございます」
僕は見えないのがわかっていながら、沙久弥さんに深々と頭を下げた。
「合格祝いは、ウチの家族も含めて、盛大にしましょうね」
「あ、はい」
僕はそれほど考えずに返事をした。
「今日はゆっくり休んでね」
「はい」
僕はもう一度礼を言い、携帯を切った。
そして部屋を出ると、姉もちょうど出て来た。
僕は沙久弥さんとの話を思い出し、
「そうだ、姉ちゃん」
「何?」
姉は何だろうという顔で僕を見る。
「沙久弥さんから電話があって、合格祝いは沙久弥さんのご家族も一緒にしましょうって言われたよ」
その言葉を聞き、姉が「停止」してしまった。
「姉ちゃん?」
姉が再起動したのは、それから十分後だった。
合格したい。
ああ、合格して、亜希ちゃんと一緒に大学に通いたい!