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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
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その七十三

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ


 只今、志望校の二次試験に向けて勉強中。


 今日、二月九日は、運命の日。


 願書を提出した大学が、合格者には「第二次試験受験票」を、不合格者には「不合格通知」と「入学検定料返還金請求書」を発送する日だ。


 実際に自宅に届くのは明日なのだが、僕達の運命は今日で決してしまうのだ。


 それにしても、一生懸命頑張ったのに、二次試験を受ける事もできずに受験が終わるのはやるせない。


 最悪でも、試験会場には行きたい。


 もちろん、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんと一緒に合格するのが一番だけど。


 一人でいると、マイナスイメージばかり浮かんでしまうので、亜希ちゃんに連絡した。


 すると亜希ちゃんは、驚いた事に、


「今家に誰もいないの」


と言って来た。しかも、亜希ちゃんの部屋で勉強しようと。


 そ、それは……。


 確かにマイナスイメージは浮かばなくなるけど、別の事で頭がいっぱいになりそうだ。


「いや?」


 そう言われて、「嫌です」などと言える僕ではない。


「そんな事ないよ。もう少ししたら行くね」


「待ってるね」


 携帯を切り、滅多に覗かない鏡を見る。


 鼻毛は出ていない。


 寝癖もない。


 服も変じゃない。


 僕は、バッグに参考書やノートを詰め込み、部屋を出た。


「どこ行くんだ?」


 ちょうど階段を上がって来た姉に尋ねられた。


「亜希ちゃんち」


「ふーん」


 ニヤニヤしながら部屋に入る姉。何か感じ悪いが、何も言えない。


「行って来ます」


 僕は二階に聞こえるくらいの大声で言い、玄関を出た。


 急にドキドキして来た。


 亜希ちゃんはそんなつもりで家に呼んだんじゃない。


 家に誰もいないのって言ったのは、人見知りの僕に気を使ってくれただけだ。


 実際、僕、亜希ちゃんのお父さん、ちょっと怖いから。


 別に何か言われた訳じゃないんだけど、何となく……。


 一般的に彼女のお父さんて、何となく怖いイメージあるしね。


 そんな妄想を繰り広げながら、僕は亜希ちゃんの家に行った。


「いらっしゃい、武君」


 亜希ちゃんは笑顔でドアを開いた。


 セーターの襟が、ちょっとだけ大きく開いているような気がするのは、僕がよこしまだから?


 スカートの丈が、いつもより短く見えるのも、僕がやましい事を考えているから?


 階段を先に上がる亜希ちゃんの奇麗な脚。


 見とれてしまいそうだが、それだと変質者みたいなので、我慢して階段に目を落とす。


「きゃ!」


 下を向いて歩いていたので、立ち止まっていた亜希ちゃんのお尻の辺りに顔をぶつけてしまった。


「あ、ごめん」


「ううん、平気」


 亜希ちゃんは階段の途中にも英語の構文や数学の公式を貼って暗記しているのだ。


 そのため、習慣として立ち止まってしまうらしい。


 僕は、それどころではない。


 亜希ちゃんの柔らかいお尻の感触が……。


 顔が火照って来る。


「どうぞ」


 亜希ちゃんの部屋に入るのは、いつ以来だろう?


 相変わらず可愛い部屋だ。


 ぬいぐるみがたくさんある。ベッドも可愛い絵柄の布団がかけられている。


「座って、武君」


 僕は言われるがままにクマさんのクッションに腰を下ろした。


「何か飲む?」


 亜希ちゃんの部屋には、冷蔵庫とコーヒーメーカーがある。


 僕の部屋とは大違いだ。


「じゃ、コーヒーで」


「はい」


 亜希ちゃんが微笑んでコーヒーを淹れてくれる。


 僕達はコーヒーを飲みながら、勉強を始めた。


 


 そして、一時間ほどして、一息吐いた時だった。


「武君さ、何か隠し事してるでしょ?」


 不意に亜希ちゃんが言った。


 僕は思い当たる事があったので、ギクッとした。


 須佐君の事。でも、あれは亜希ちゃんでも話せない。


 男同士の約束だから。


「あるのね?」


 僕の顔色を読み、亜希ちゃんが更に追及して来る。


「う……」


 名探偵亜希ちゃんには敵わない。でも、言っていいのかな?


「姫ちゃんが、須佐君に白状させたらしいから、気にしなくて平気よ」


「え?」


 亜希ちゃんの言葉に、僕は間抜けな顔をしてしまった。


 須佐君、話しちゃったの? あーあ。


 僕は観念して亜希ちゃんに話した。


「須佐君て、本当に姫ちゃんの事が好きなのね。羨ましいわ」


 亜希ちゃんは僕が隠し事をしていた事を咎めるつもりはないらしく、しきりに須佐君を誉める。


 ちょっとだけ須佐君に嫉妬してしまう、器の小さい僕。


「でも、武君と私の間では、そういうのはなしよ」


 亜希ちゃんがニコッとして言った。その笑顔にまたドキッとする。


「うん」


 そういう返事以外思いつけない僕。


「それにしても、櫛名田さんて鋭いね。どうしてわかったの?」


 僕はコーヒーを一口飲んでから尋ねた。すると亜希ちゃんは苦笑いして、


「美鈴さんが教えたらしいわよ」


「ええ!?」

 

 僕はつい大声を出してしまった。姉ちゃん、何て事を……。須佐君に合わせる顔がないよ。


「ああ、でも安心して。姫ちゃんが、須佐君の様子がおかしいので、美鈴さんに連絡したの。それでわかったらしいわ」


 怖い。怖過ぎる。


 亜希ちゃん、櫛名田さん、姉。バミューダトライアングルより恐ろしい魔の三角地帯だ。


「姫ちゃんね、美鈴さんから真相を聞いて、泣いたらしいわ」


「そうなんだ」


 僕はそれでも手の震えが止まらない。


「だから、須佐君を問い詰めた訳じゃなくて、本当の事を話してもらって、今までごめんなさいって言ったんですって」


「そうなんだ」


 同じ事しか言えない。亜希ちゃんはそんな僕の様子に気づいたのか、クスクス笑って、


「武君、私が怒ると思ったんでしょ?」


「あ、うん、その……」


 そこを追及されると余計怖い。


「怒ったりしないわよ。男の約束だったんでしょ? 仕方ないわ」


「あ、ありがとう、亜希ちゃん」


「どういたしまして」


 亜希ちゃんは首を傾けて言った。またドキッとする。


「沙久弥さんに相談したら、『男同士の約束なら、女性があれこれ言ってはいけないわ』って言われたの」


「え?」


 姉の婚約者の力丸憲太郎さんのお姉さんである沙久弥さんまで知っているの?


 怖い。もっと怖い。


「さ、続き、しましょ」


 亜希ちゃんは何事もなかったかのように問題集を開いた。


 でも僕はしばらくドキドキしたままで、とても勉強どころではなかった。


 大丈夫かな?

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