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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
73/313

その七十二

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。高校三年。


 センター試験を終え、目指す大学の下見と願書提出も終え、今は一段落。


 でも、二次試験が今月末頃にあるので、遊んではいられない。


 自宅学習期間に入ったため、頼もしい存在である力丸沙久弥さんが、土曜日だけでなく、平日も時間が取れる時には、勉強を見に来てくれている。


 沙久弥さんは、僕の姉の婚約者である憲太郎さんのお姉さんで、二十三歳なのに僕らと同じくらいに見えてしまう、「ザ・美少女」全開の人だ。


 しかも、東大卒、その上合気道の師範。もう、スーパーレディである。


 あ、あまり沙久弥さんを絶賛すると、僕の彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんの機嫌が悪くなるから、この辺で。


「基礎は何度復習しても、やり過ぎという事はないわ。身体に刻み込むつもりでね」


 沙久弥さんは、ティータイムにそう言ってくれた。


「はい」


 僕と亜希ちゃんは、大きく頷いて応じる。


「センター試験の自己採点と、あなた達が受験する国立大学のレベルを勘案すると、まず安全圏に入ったと思います。それでも、油断は禁物ですから、インフルエンザ等にも注意してね」


 微笑んで話を続ける沙久弥さんに、僕も微笑んで答える。


「はい」


 次の瞬間、亜希ちゃんが僕の背中を沙久弥さんに気づかれないように抓る。


「いた!」


「どうしたの、武彦君?」


 僕のいきなりの叫びに、沙久弥さんはキョトンとして尋ねた。


「あはは、何でもありません」


 僕は苦笑いして誤魔化した。


「では、今日はこれまで」


「ありがとうございました」


 勉強の終了後、僕達は沙久弥さんと一緒に合気道の気の巡りを実践する。


 こうすると、頭の回転も良くなり、免疫力もアップするらしい。


 


 僕と亜希ちゃんは、沙久弥さんを見送って、居間に戻った。


 考えてみると、母は仕事。


 姉は例によって逃亡を図り、今は亜希ちゃんと二人きりだ。


 何だか急にドキドキして来た。


 気のせいか、亜希ちゃんも顔が赤い。


「今、私達、二人きりだね」


 確かめるように言われると、尚更心臓が……。


 先日、


「たまには、武君から仕掛けてよ」


と言われた事を思い出し、僕は亜希ちゃんに顔を近づけた。


 すると、亜希ちゃんも待っていてくれたのか、すぐに目を閉じる。


 うお! 手が震えて来た。いいのか?


「亜希ちゃん」


 僕は彼女の耳元で囁き、キスをした。


「武君、素敵。今の、ドキドキした」


 キスを終えて、目を潤ませた亜希ちゃんが言う。


 大学に合格したら……。いかん、いかん!


 その時、まるで僕のよこしまな思いを打ち砕くかのように、亜希ちゃんの携帯が鳴り出した。


「姫ちゃん?」


 相手は櫛名田くしなだ姫乃ひめのさんのようだ。


 何だろう? いつもの調子で、かなりテンションの高い声が漏れ聞こえて来る。


 何を言っているのかはよくわからないけど。


「そうなんだ。でも良かったじゃない」


 亜希ちゃんが微笑んでそう返すと、櫛名田さんの大声が聞こえて来た。


「冗談じゃないわよ! あのバカ、ホントに許せないんだから!」


「姫ちゃん、そんなに興奮しないで」


 亜希ちゃんは僕を見て、肩を竦める。


 櫛名田さんの「暴走」は毎度の事であまり驚かないけど、須佐君、何をやらかしたんだろう?


「わかったわ。これからそっちに行くから。じゃあね」


 亜希ちゃんは携帯を切ると、溜息を吐いた。


「どうしたの?」


 僕は亜希ちゃんに尋ねた。亜希ちゃんは携帯をバッグにしまいながら、


「須佐君ね、マークミスしたと思っていたんだけど、もう一度よく見直したら、してなかったって」


「え?」


 それは良かったんじゃ? でも、確かに心配した櫛名田さんにしてみれば、頭に来るかも。


「私も、良かったじゃないって言ったんだけど、姫ちゃん、完全に怒っちゃってて。これから落着かせに行くの」


「そ、そうなんだ」


 亜希ちゃんはすまなそうな顔で、


「ごめんね、武君。もうちょっと一緒にいたかったんだけど」


「あ、大丈夫だよ、気にしないで」


 僕はアタフタしながら返した。


 もし、あのまま携帯が鳴らなかったら、僕は何をしていたかわからないから。


「ごめんね」


 亜希ちゃんは何度も謝りながら、僕の家を出た。


 須佐君、苦労が絶えないね。


 マークミスをしていなかったのは良かったけど。


 取り敢えず、須佐君に電話してみよう。


 僕は携帯を取り出し、須佐君にかけた。


「はい」


「須佐君? 今大丈夫? 櫛名田さんと一緒?」


 僕は小声で尋ねた。


「大丈夫だよ。姫乃、怒って家に帰っちゃったから」


「そうなんだ」


「今から来られない? ドコスにいるんだけど」


 ドコスは僕ら高校生の溜まり場的存在のファミレスだ。


 安くて量が多いメニューがたくさんある。


「うん、いいよ」


 僕はすぐに出かける支度をし、ドコスに行った。


 


 ドコスの一番奥の席に、須佐君はいた。


 あまり元気そうに見えない。


「姫乃から、都坂さんに電話が行ったの?」


 須佐君は苦笑いして尋ねて来た。


「うん。亜希ちゃん、櫛名田さんをなだめに行ったよ」


「そうなんだ」


 須佐君の笑顔は、何故か悲しそうだ。


「実はさ」


 僕が注文をすませると、須佐君が口を開いた。


「マークミスしていなかったっていう話、嘘なんだ」


「ええ?」


 僕は思わず大声を上げてしまった。周囲の目が僕らに一斉に集中したのがわかる。


「ど、どうして?」


 僕は身体を縮ませて尋ねる。


「姫乃があまり落ち込んでいるから、ね」


「ああ」


 須佐君、優し過ぎる。それに男だ。僕には真似できない。


「そうでも言わないと、姫乃自身が調子を崩すって思ったんだ」


「でも、いずれはバレるよね?」


 僕はその後の事を心配していた。


「その時はその時だよ。また謝るだけさ」


「須佐君……」


 僕は猛烈に感動していた。


「僕のせいで、姫乃が受験に失敗したら、本当に嫌だもん」


「そうだね」


 須佐君は僕に顔を近づけ、


「これ、絶対に誰にも言わないでね。都坂さんにも」


「うん」


 亜希ちゃんに言ったら、間違いなく櫛名田さんに言われちゃうもんな。


 あ。


「でも、姉には話しちゃうかも……」


「え?」


 須佐君がギクッとした。


「姉は、僕が普段と違うのを敏感に感じて、鬼のような追求をして来るから……」


「ああ」


 須佐君も、何となく納得したらしい。


「その時は、僕に直接訊くように言ってよ」


「は?」


 僕は須佐君が赤くなって顔を俯かせるのを見て驚いた。


 須佐君、まだ姉に未練あるの? 


 姉は喜ぶだろうけど。


 


 取り敢えず、僕は姉以外には誰にも喋らないのを固く誓い、須佐君と別れた。


 家に帰ると、沙久弥さんが帰った情報を入手した姉が帰っていた。


「お帰り、武。亜希ちゃんとデートか?」


 憲太郎さんと映画を観て来た姉は上機嫌だ。


「そうならいいんだけどね」


「何だ、何があったんだ?」


 妙に嬉しそうな顔なのが癪に障るが、まあいいか。


「何があったのか知りたいのなら、須佐君に訊いて」


「え?」


 姉が何故かモジモジする。何だ、そのリアクション?


「ダメだよ、武。姉ちゃんには、リッキーというフィアンセがいるの。須佐君とは付き合えないわ」


 意味不明の事を言い出す姉。僕は溜息を吐き、階段を上がる。


「ああ、冗談だよ、武! 何があったのか、教えて」


 姉は苦笑いしながら僕を追いかけて来た。


 


 居間に行き、僕は須佐君の話をした。


 最初はニコニコして聞いていた姉も、次第に真剣な表情になった。


「そうかあ。須佐君、男ぜよ」


 腕組みをし、大きく頷いている。大河ドラマの見過ぎだ。


「わかった。その話、姉ちゃんのこの豊かな胸の内に収めておくよ」


「え?」


 姉は自分の胸をユサユサさせて、居間を出て行った。


 結局真面目に聞いているフリをしてただけ?


 大丈夫かなあ、本当に。


 不安だ。

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