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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
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その七十

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。高校三年。


 とうとう、センター試験の日が来た。


 寝過ごしてしまうのではないかという恐怖に勝ち、僕は彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんとともに試験会場に行った。


 下見に来た時と全然雰囲気が違う。


 皆、真剣な表情で自分が行くべき教室を探している。


 僕と亜希ちゃんは幸いにも同じホールで受験できた。


 この時点で離れ離れだと、テンションが相当落ちたと思う。


「落ち着いてね、武君。もうするべき事は全部したはずだから」


 亜希ちゃんが僕の両手を包み込むように握りながら言ってくれた。


「うん。亜希ちゃんも頑張ってね」


「ありがとう、武君」


 周囲の目が気になるところだが、誰一人として僕達を見ている人はいなかった。


 妙に落ち着き払っているのは、現役の人ではないらしい。


 一度経験するのと初めてとでは、相当違うだろうけど、あの人達には僕らにはないプレッシャーがあるようだ。


 僕は自分の席を探し、座った。


 周囲が一望できる大きな教室だ。まだ半分くらいしか着席していない。


 亜希ちゃんを探すと、僕より前の席に座っている。


 僕の視線に気づいたのか、こちらを見て、小さく手を振ってくれた。


 僕も振り返す。


 最初の教科は、「公民」。僕が苦手だったものだ。


 でも今は、亜希ちゃん、姉、憲太郎さん、そして「守護神」の沙久弥さんのお陰で、万全だ。


 やがて、担当の人が入って来て、立ち話をしていた受験生達も着席した。


 いよいよ始まる。


 何だか、緊張して来たよ。


 


 第一日目が終了した時、僕は手応えをはっきり感じていた。


 帰宅後、夕食をすませ、亜希ちゃんに来てもらって、姉も交えて自己採点。


「おお、やるじゃん、武。いい線行ってるんじゃないの」


 あまり誉めてくれない姉が誉めると、逆に怖い。


「さすが、沙久弥さんだね」


 姉があっさりそう言ったので、


「亜希ちゃんと姉ちゃんのお陰もあるよ」


とお世辞ではなくそう言った。


「ありがとう、武君」


 亜希ちゃんはニコッとして言ってくれたが、


「取って付けたように言うなよ」


 姉は照れからか、そんな言葉を返して来た。


 僕は亜希ちゃんと顔を見合わせて笑った。


 第一日目は、どうにか乗り切ったようだ。


 翌日に備え、僕は早めに就寝した。


 


 二日目。


 最初の教科は、理科(1)。「理科総合」と「生物Ⅰ」だ。


 これも手強かった。


 理科は全般的に苦手だったから、学校では亜希ちゃんと、そして休日は沙久弥さんも加わって、特訓のように打ち込んだ。


 僕にとって、二日目の方が苦しい一日になりそうだった。


 


 そして、二日目が終了した。


 去年の秋から、いろいろなものを制御し、多くの人に迷惑と負担をかけ、この二日間のために勉強をして来た。


 その全てを出し切った。出し切れたと思う。


 僕と亜希ちゃんは終了直後、お互いを見て、微笑んだ。


 まだ、センター試験が終わっただけで、二次試験が控えているのはわかっているけれど、それでも一区切りついたのは間違いないので、ホッとした。


 試験会場を出ると、亜希ちゃんは早速櫛名田姫乃さんに連絡を入れた。


「お疲れ様」


 亜希ちゃんが言うと、櫛名田さんの声が暗い。


 いつもなら、横にいる僕にも聞こえるくらい大きな声で話すのに、何を言っているのか、聞き取れない。


「そうなんだ」


 亜希ちゃんのテンションも下がっている。


 どうしたんだろう?


「わかった。じゃ、中止ね。うん、いいよ、気にしないで」


 亜希ちゃんは携帯を切ると鞄にしまい、


「ふう」


と溜息を吐いた。


「どうしたの?」


 理由を聞くのが怖かったけど、それでも訊かずにはいられない。


「姫ちゃんは、安全圏を確保したらしいんだけど、須佐君が……」


 亜希ちゃんが口篭った。


「須佐君が?」


 ええ? 東大も視野に入れているはずの須佐君がどうしたんだろう?


「マークミスしたらしいの」


「え!?」


 ドキッとした。それは大変だ。


 どこからどこまでマークミスをしたのか、どの教科をマークミスしたのかにもよるけど。


「須佐君ね、試験直前まで姫ちゃんを勇気づけてくれて、休み時間のたびに声をかけてくれていたそうなの」


「そうなんだ」


 僕は須佐君の献身的なところを見習いたいと思う。


「それで、第一日目が終了して、自己採点してみたら、マークミスに気づいたんですって」


「どの教科?」


「全部」


 その言葉は、かなり衝撃的だった。


 実力が十分ある人が陥る最悪のケースだ。


 言葉がない。


「私はそうは思わないんだけど、姫ちゃん、自分のせいだって、酷く落ち込んでいて……」


 そうだよなあ。


 一緒に頑張って来た人、それも自分の彼氏で、その上一番の協力者がそんな事になったら、僕も居た堪れない。


「だから、申し訳ないけど、お疲れ会は参加できないって言われたの」


「そうだよね。そんな気分じゃないよね」


 僕達まで、何だか落ち込んでしまった。


「それでも、須佐君、二日目は気を取り直して臨んだらしいわ。凄い精神力よね」


「そうだね。もちろん、まだマークミスが確定した訳じゃないんだから、捨てちゃダメだもんね」


 僕は須佐君の強さに感動した。


「姫ちゃんも、今日は私に構わないでって言ったらしいの。須佐君は悲しそうな顔をしてたけど、姫ちゃんは心を鬼にして突き放したようよ」


「櫛名田さんも凄いね」


 僕は二人を尊敬してしまった。自分にはできない気がしたから。


「二日目はまだこれから自己採点だけど、須佐君は大丈夫みたい。今度は私が危なかったって、姫ちゃん言ってたわ」


「そうかあ。難しいよね、マークシート方式って」


 僕は自分の答案を思い返しながら言った。




 僕達は、櫛名田さんと須佐君の事を思うととてもそんな気になれなかったので、お疲れ会は全ての試験が終わってからにしようという事になった。


「お疲れ様、武君」


「お疲れ様、亜希ちゃん」


 亜希ちゃんの家の前で亜希ちゃんと別れる。


 亜希ちゃんが口を突き出して目を瞑ったので、僕は周囲を見てから、サッとキスした。


「お休み」


「お休みなさい」


 僕は家に向かった。


 


 家に着くと、姉と母が心配そうな顔で迎えてくれた。


 僕は自分達は大丈夫だったけど、と諏佐君達の話をした。


「そう。それは大変ね」


 母は悲しそうに言った。姉も深刻な顔で、


「でも、二次試験重視のところもあるし、センター試験を利用していない大学もあるからさ」


「うん。須佐君なら、十分挽回できると思うんだ」


 すると姉がニヤッとして、


「お前、相変わらず、優しいな」


「そ、そう?」


 そんな事を言われるとは思わなかったので、照れてしまう。


「とにかくお疲れ様。ゆっくり休みなさい」


 母が笑顔で言った。


「うん」


 僕が部屋に行こうとすると、姉がついて来た。


「な、何、姉ちゃん?」


 急に怖くなる。すると姉は、


「お前、できるだけ早く合格決めろよな。姉ちゃん、もう限界なんだからさ」


「は?」


 何の事を言ってるのだろうと思ったら、姉は酒断ちをしているのだ。


 僕が大学に合格するまで、酒は飲まない事にしたらしい。


「でも、元旦に浴びるほど飲んでたよね?」


「う……」


 バツが悪くなったのか、姉はそそくさと自分の部屋に行ってしまった。


 全く……。


 でも、ありがとう、姉ちゃん。


 なるべく早く、合格決めるからね。

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