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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
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その六十六

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。高校三年。


 もうすぐ高校生活も終了する。


 入学した時には想像すらしなかったけど、僕は今受験生だ。


 しかも、幼馴染で同級生で、その上彼女でもある都坂みやこざか亜希あきちゃんと同じ大学を目指している。


 三年に進学したばかりの僕が聞けば、


「身の程知らずだから、考え直した方がいいよ」


と確実にアドバイスするな。いや、今でさえ、そんな気がする時あるし。


 


 今日は亜希ちゃんと図書館で勉強した。


 家で勉強しようとしたら、まだ風邪が治り切っていない姉が、


「お前はともかく、亜希ちゃんにうつしたら申し訳ないから、外で勉強して!」


と反対され、仕方なく、なのだ。


 何故亜希ちゃんの家で勉強しないのかというと、ご両親がお出かけだから。


 亜希ちゃんは構わないと言ったのだけれど、僕が落ち着かないので、図書館にした。


 亜希ちゃんと二人きりだと、まだドキドキしてしまうのは、情けない事だと思うけど、仕方ない。


「美鈴ったら、あんたを亜希ちゃんに取られたような気がしているのよ、きっと」


 何も気にしていない母が出がけに嬉しそうに言った。僕は苦笑いするしかなかった。


 逆の立場だったら、僕も同じ事をしていそうだもんな。


 姉と姉の婚約者の力丸憲太郎さんが姉の部屋で受験勉強していた時、落ち着かなかったし。


 あの頃は今よりずっと勉強が嫌いだったから、尚更だった。


「武君、このまま帰る?」


 鞄に参考書やノートをしまいながら、亜希ちゃんが尋ねる。


「どこかで息抜きしようか?」


「そうね。モスドナルドでいい?」


 亜希ちゃんがニコッとして言う。


「うん。久しぶりだから、そこにしよう」


 僕達はウキウキしながら図書館を出た。


 


 お目当てのモスドナルドは、図書館から通りを一つ隔てたところだから、五分とかからずに到着した。


「あら、亜希じゃない?」


 そこには、意外にも中学の時の同級生の櫛名田くしなだ姫乃ひめのさんと須佐昇君がいた。


「デート?」


 興味津々の顔で櫛名田さんが尋ねる。


「違うよ。勉強。デートは受験が終わってからまとめてするの。ね、武君?」


 亜希ちゃんが笑顔全開で言う。僕はその笑顔に赤面しながら、


「う、うん」


と応じた。


 僕達は同じテーブルに着いた。


「相変わらず、こっちが引くくらいラブラブね、あなた達」


 櫛名田さんはやや呆れ気味だ。


「姫ちゃん達こそ、デートだったんじゃないの?」


 亜希ちゃんが反撃をする。


「違う、違う。昇が私の補習をしてくれてるの。前回の模試で、私、志望校、やばかったから」


「そうなの?」


 亜希ちゃんはびっくりしたようだ。僕は思わず須佐君を見た。


 彼は中学時代から、「将来は東大」と言われていたからな。


 櫛名田さんの志望校がどこなのかしらないけど、須佐君がいれば安心だろう。


「姫乃は遊び過ぎなんだよ。それから、受験を舐め過ぎ。その前の模試でいい点数だったからって、気を抜いてはダメなんだよ」


 おお。いつになく、須佐君がかっこいい。


 あの強気な櫛名田さんが、何も言い返さない。


「はーい。これからは気をつけます」


 櫛名田さんが須佐君に頭を下げるのなんて、初めて見たかも。


「いいなあ、姫ちゃん、頼もしい彼で」


 亜希ちゃんはそう言ってから、何故かバツが悪そうな顔で僕を見た。


「ご、ごめん、武君。今のは武君に失礼だよね」


 僕はキョトンとしてしまった。


「そんな事ないよ。実際、須佐君は頼りになる人だから」


「ありがとう、武君」


 亜希ちゃんは苦笑いして言った。うーん、今のは少し怒るべきなのだろうか?


 でも、亜希ちゃんがそんなつもりで言ったのではない事はわかっているから、別にいいけど。


 


 僕達はしばらく談笑した。


 やがて、櫛名田さんと須佐君は先に席を立ち、店を出て行った。


「姫ちゃんが須佐君の言う事を聞いてるのなんて、初めて見た」


 亜希ちゃんがしみじみと言う。


「僕も」


 僕達は顔を見合わせて微笑んだ。


 そして、残りのコーラを飲み干すと、席を立った。


「私達、恵まれてるよね」


 店を出るなり、亜希ちゃんが言った。


「え?」


 僕は意味がわからず、彼女を見た。


「だって、沙久弥さんのおかげで、順調でしょ?」


 憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さん。見かけは「ザ・美少女」なのに中身は凄く大人の、素敵な人だ。


「ああ、そうだね」


 僕はやっと意味がわかったので頷いた。すると何故か亜希ちゃんの機嫌が悪くなっている。


「武君、今また、沙久弥さんの事を思い出してニヤついてた」


「ええ?」


 ギクッとしてしまった。確かに顔が笑っていたかも知れない。まずい。


 どうしよう? 何か言わないと。


 すると亜希ちゃんはまた笑顔になり、


「冗談よ。仕方ないもん、沙久弥さん、本当に素敵だから」


「え?」


 尚の事怖いよ、亜希ちゃん。いっそ怒って欲しい。


「永遠に勝てないのかな、私」


 今度は寂しそうな顔。


「どういう事、亜希ちゃん?」


 僕は訳がわからず、尋ねた。


「私は、美鈴さんと沙久弥さんには、ずっと勝てないのかなと思ったの」


 寂しそうに微笑む亜希ちゃんを見たので、僕は泣きそうになった。


「そんな事ないよ。僕は亜希ちゃんが、世界中の誰よりも好きだから」


「ありがとう、武君」


 ふと周りを見ると、人がいない。僕らはそっとキスをした。


「受験終わったら、いっぱいデートしようね、武君」


「うん」


 僕は亜希ちゃんを家まで送り、帰宅した。


 母は会社の忘年会に出かけたらしい。


 姉の夕ご飯は用意してあるので、レンジで温め直すだけだ。


「姉ちゃん、大丈夫?」


 僕は姉の部屋を覗いた。


「バカ、いきなり入って来るな!」


「わ!」


 驚いた。姉は着替えの最中だった。


 寝ていると思っていたので、ノックしないで入ってしまった。


「ご、ごめん、姉ちゃん」


「いいよ、もう」


 声に応じて部屋に入ると、顔を真っ赤にした姉が布団に入っている。


「ごめん、姉ちゃん」


「いいよ、もう。姉ちゃんもよくするんだから」


 姉は怒ってはいないが、恥ずかしいみたいだ。


 酔うと上半身裸で歩き回るくせに。


 その時は僕の顔が真っ赤になるけど。


「熱は下がった?」


「うん。楽になった」


 姉は顔を半分布団に隠して答える。


「夕ご飯は階下したで食べられる?」


「うん」


 いつもこのくらい大人しくて素直なら、本当にいい姉なんだけどなあ。


「じゃあ、用意できたら呼びに来るから、それまでは大人しく寝ていてね」


「うん」


 何だか可愛いな、姉ちゃん。


 これがいけないのか。亜希ちゃんを不安にさせる要因だ。


 気をつけないと。


「武ェ」


 部屋を出ようとすると、甘ったれた声で姉が呼ぶ。


「何?」


 僕はちょっとだけ面倒臭そうに振り向いた。


「やっぱりここに夕ご飯持って来て」


 潤んだ目で言われた。思わずキュンとしてしまう。


「わかった」


 即答してしまった。


 ダメだ。亜希ちゃんに軽蔑されそう。


 でも、こんな姉なら、いつでも大歓迎な僕が確実にいた。

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