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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
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その六十五

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。高校三年。


 もう冬休み。でも受験生である僕達には、楽しんでいる時間はない。


 祝日の今日、姉の婚約者である力丸憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さんが「臨時講習」をしてくれた。


 ここのところ、逃亡していた姉も沙久弥さんのいきなりの登場に逃げる口実を失った。


「武、後で話があるから」


 姉は僕が沙久弥さんの訪問を黙っていた事を怨んでいるようだ。


「うん」


 僕はニコニコして応じた。姉はその反応にギクッとして、


「何、そのリアクションは?」


「姉ちゃんと話するの、楽しいから」


 僕がそう言うと、何故か姉は顔を赤くした。


「な、何言ってるの!」


 憲太郎さん、アドバイスありがとうございます。


 確かに姉は「誉め殺し」に弱い。これからはこの手で行こう。


 姉は居心地悪そうにキッチンを出て行く。


 僕はしてやったりと思いながら、沙久弥さんと亜希ちゃんにお茶を淹れて居間に行った。


「あら、美鈴さんは?」


 沙久弥さんが尋ねる。僕は苦笑いして、


「昨日の仕事がきつかったみたいで、寝ています」


「まあ、そうなの。会えるかしら?」


「え?」


 沙久弥さんのまさかの返しに僕はドキッとした。


 事情を知らない亜希ちゃんは、僕をジッと見上げている。


「多分、大丈夫だと思いますけど。ちょっと見て来ますね」


 慌てて姉の部屋に行った。


 すると姉は本当に布団を被って寝ていた。


「あれ、姉ちゃん、どうしたの?」


「ちょっと熱があるみたい……。あんたがおかしな事言ったせいだよ」


 そんなバカな……。理不尽なところはそのままだから、大丈夫だろう。


「沙久弥さんが会いたいって言ってるけど、どうする?」


 布団がビクンと跳ね上がる。


「わかった。いいよ」


 振り向いた姉は、初めて見たと思うほど顔が火照っていて、本当に辛そうだった。


「現場でうつされたみたい。沙久弥さんにうつすと悪いから、ちょっとだけにして」


「わかった」


 僕は姉の部屋を出て居間に戻った。


「熱があるみたいですけど、大丈夫です。但し、移すと悪いから、短い時間にした方がいいと思います」


「そうなの。わかりました」


 沙久弥さんが立ち上がると、亜希ちゃんも立ち上がった。


「私も」


「亜希さんはやめた方がいいわ。それに武彦君も美鈴さんの部屋に入らない方がいいわね」


 沙久弥さんがきっぱりと言う。


「あなた達はこれからが一番大事な時期なのだから、病気には気をつけないとね」


「はい」


 僕は亜希ちゃんと目配せして頷いた。


 沙久弥さんは僕達に居間で待つように言い、一人で姉の部屋に行った。


「美鈴さん、大丈夫かな?」


 亜希ちゃんは心配そうだ。


「うん。姉ちゃんが熱出したのなんて、初めて見た」


 無理してるのだろうか? 「鬼の霍乱」だからこそ、余計に心配だ。


 そんな事を言ったら、激怒されるけど。


 僕達がそんな話をしていると、沙久弥さんが戻って来た。


「リンパの流れと気の流れが良くなる方法を教えて来たから、熱も下がるでしょう」


「そうですか」


 凄い、沙久弥さん。まるで気功師だ。


「あなた達も覚えておくといいわね」


 沙久弥さんは気の巡らせ方とリンパの流れを良くするマッサージを教えてくれた。


 


 そして僕達の講習も終わり、沙久弥さんと亜希ちゃんは帰って行った。


 僕はどうしても心配になり、姉の部屋に行った。


「姉ちゃん?」


「バカ、入って来るな! お前、今、大事な時なんだぞ!」


 姉はマスクをして僕を睨む。


「平気だよ。そんな簡単にうつらないよ」


 それに、昔、僕が高熱で苦しんでいた時、姉がそばにいてくれた事も覚えている。


「大切な人が苦しんでいるのに、放っておけないよ」


「な、何言ってるんだ、武! お前の大切な人は亜希ちゃんだろう?」


 姉は酷く狼狽えていた。何だか可愛い。


「もちろんそうだけど、姉ちゃんも僕の大切な人だよ」


「武……」


 姉の目が潤んでいる。僕は姉の額の冷却シートを触った。


 もう冷たくない。それを剥がして、新しいのを貼る。


「ヒンヤリして、気持ちいい」


 姉は目を閉じて言った。ドキッとした。


 あのガサツで乱暴な姉が、こんなに儚そうに見えるなんて……。


「もういいよ、武。出ていた方がいい」


 姉は僕を見て囁くように言った。


「母さんが帰って来るまでここにいるよ」


「ありがとう」


 姉は微笑んだようだ。目が細くなった。


「眠った方がいいよ」


「うん」


 姉は目を閉じた。


 程なく微かな寝息を立て、姉は眠りについた。


 僕は姉の寝顔を見ているうちに、そのまま寝てしまった。


 


「武彦、ありがとう。後は母さんが見るから」


 母に肩を叩かれ、僕は目を覚ました。


「夕ご飯、用意したから、食べなさい。で、今日は早く寝るのよ」


 母は姉にはお粥を作って来たようだ。いい香りが部屋に漂っている。


「うん」


 僕は立ち上がり、姉の部屋を出た。


 


 夕食を食べ終わってお風呂もすませた時、憲太郎さんから携帯に連絡があった。


「ごめん、武彦君。美鈴の携帯が出ないから、武彦君にかけたんだ」


 憲太郎さんは沙久弥さんから話を聞いて、連絡していたらしい。


「稽古が長引いてしまって、すぐに連絡できなかったんだけど、美鈴は大丈夫?」


「大丈夫ですよ。心配いりません」


 僕は言った。すると憲太郎さんは、


「そうか。ありがとう、武彦君。明日にでも顔を出すよ。美鈴に伝えといて」


「わかりました」


 僕は携帯を切った。


 


 後でわかった事だけど、姉の携帯は着信だらけだった。


 会社の現場監督や、一緒に働いている人達、そして大学の友人、果ては憲太郎さんと同じ柔道部の人達など、凄い数だった。


「姉ちゃん、モテモテだね」


 何となく嫉妬している自分に驚いた。

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