その六十三
僕は磐神武彦。高校三年。
この前、幼馴染で同級生で、その上彼女でもある都坂亜希ちゃんから心臓が止まりそうなメールをもらった。
何故かと言うと、中学の時の同級生で、最近勉強の事でいろいろ力になってくれている須佐昇君から電話をもらい、
「都坂さんが男の人とデートしてるって聞いたんだけど、相手は磐神君じゃないの?」
と言われて、すぐに亜希ちゃんに確認のメールを送ったからだ。
僕は遂にネタバラシの時が来たかと思った。
長いドッキリだった、とまで思ってしまったのだ。
でも真相は違っていた。
何の事はない、相手は姉の婚約者の力丸憲太郎さんだった。
亜希ちゃんまで悪乗りして、
「本当よ。素敵な年上の人」
と返信して来たので、余計ショックだった。
憲太郎さんと一緒に写した写真付だったけど。
でもショックだったのに変わりはなかった。
亜希ちゃんも僕の様子に気づいたのか、
「ごめんね、武君。私が調子に乗り過ぎたわ。許して」
とすぐに電話をして来た。
僕はその時は、
「大丈夫だよ。平気だから、気にしないで」
と言ったけど、本当はかなり落ち込んでいた。
絵的に考えて、憲太郎さんと亜希ちゃんのカップルは、僕と亜希ちゃんの組合せよりずっと似合ってる。
これは僻みでも何でもなく、素直な気持ちだ。
「ふう」
僕は思わず溜息を吐いてしまった。
「どうした、武?」
相変わらず無遠慮な姉が、いきなりドアを開いて部屋に入って来た。
「これ」
僕は項垂れたまま、姉に携帯を見せた。
「おお、亜希ちゃんがイケメンと写ってるじゃん!」
何だか嬉しそうなのが癪に障る。
しかし、やがてそのイケメンが憲太郎さんだと気づいたらしく、
「ええ!? 何これ、何これ?」
と今にも珍百景に決定しそうな勢いで尋ねて来た。
「見ての通りだよ。憲太郎さんと亜希ちゃん」
「そんな事はわかってる! どうして二人が一緒に写メ撮ってるのよ!?」
姉は怒り出していた。
まずい。見せちゃいけなかったか?
「い、一緒にいたからじゃないの?」
僕は怯えながら答える。姉は僕に携帯を突き返した。
「リッキーの奴、許さない! 仕返ししてやる!」
そして、雄叫びを上げて部屋を出て行った。
何をするつもりだろう?
実力行使なら、いくら姉が強くても憲太郎さんに敵う訳ないから、あまり心配いらないけど。
すると姉は自分の携帯を持って戻って来た。
「ほら、武、仕返しに協力して! リッキーにはこれが一番効くの」
「え?」
姉が僕に顔をくっつけて来た。そして肩に手を回す。
何故かドキドキしてしまう。
亜希ちゃんと憲太郎さんはここまでしていなかったんだけどなあ。
倍返しって奴か?
「はい、チーズ」
僕と姉はピースサインを出し、写真を撮った。
「リッキーの奴、私とは写メ撮らないくせに、亜希ちゃんと撮ったりして!」
姉は思う存分、嫉妬を妬いていた。
「送信、と」
写真を添付し、姉は悪い魔女のような顔でメールを送った。
「ムフフ、これで少しは懲りるだろう」
子供みたいだなあ、ホントに。
気になった事があるので、尋ねてみる。
「ねえ、これが一番効くって、どういう意味?」
すると姉はまた悪い魔女みたいに笑って、
「リッキーってね、私が男子達と話していても、一緒に食事しても全然怒らないし、何も言わないんだけど、あんたの話をするとちょっとだけ不機嫌になるのよ」
「……」
何だかそれは怖い話だ。
それにしても身勝手な姉だ。
自分は他の男の人達と食事までしてるくせに、憲太郎さんが亜希ちゃんと写真を撮っただけであの騒ぎなんだから。
「姉ちゃん、勝手過ぎない?」
僕は意見してみようと思った。
「どうして?」
姉は自分が加害者だと全く思っていないようだ。
「もういいよ」
僕は呆れてそれ以上何も言えなかった。
「変な奴」
姉はそう言うと、また部屋を出て行った。
「ふう」
また溜息が出てしまう。
僕も同類か。
亜希ちゃんに嫌な態度を取った気がする。
謝っておこう。
そう思った時だった。
亜希ちゃんから携帯にメールが来た。
「何だ?」
僕はすぐに開封して、ギョッとした。
件名は「何これ?」だ。
本文には、
「憲太郎さんからこんなものが送られて来ました。どういうつもりなのか、説明して下さい」
とあり、写真が添付されていた。
それはさっき姉と撮った写真だった。
僕は血の気が引いた。
憲太郎さんが亜希ちゃんにあれを送るなんて思わなかった。
どうすればいい?
すると今度は亜希ちゃんから電話。
「はい!」
僕は慌てて応答した。すると何故か亜希ちゃんはクスクス笑っていた。
「驚いた、武君?」
「う、うん」
死ぬかと思った、とは言えなかった。
「ごめんね。私が悪かったわ。やっぱり、ああいう写真はそうではないとわかっていても、気持ちのいいもんじゃないよね」
「う、うん……」
それはお互い様だ。亜希ちゃんばかりが悪い訳じゃない。
あれ? 僕はどちらの件も被害者のような気が……。
「憲太郎さんとは、ホントにお茶を飲んだだけだから。信じて」
「信じるも何も、憲太郎さんとなら、僕は別に……」
僕は狼狽えながらもそう言った。すると亜希ちゃんは、
「ありがとう、武君。大好きだよ」
「ぼ、僕も大好きだよ」
チュッと投げキスの音が聞こえた。
僕はドキッとした。
「じゃあ、また明日学校で」
「うん」
僕は携帯を切った。
すると、
「武ーっ!」
また騒々しい姉が飛び込んで来た。
「何だよ?」
僕はうんざり顔で尋ねた。
「ほらほら、見て見て! この間、リッキーと行った遊園地で撮った写真! リッキーが送ってくれたの!」
さっきのあの魔女顔はどこに捨てて来たのか、満面の笑みだ。
「これからは他の女の子と写真撮ったりしませんて、反省文も書いて来たのよ。リッキー、優しいんだ」
姉が余りに嬉しそうなので言えなかった。
憲太郎さんは姉ちゃんが怖くてそうしたんだよって。
弟会。早く結成しよう。