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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
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その六十一

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。高校三年。


 受験生だ。今年の春は、そんなつもりはなかったけど。


 人生ってわからない。


 ここ数ヶ月で、僕の生活は劇的に変化した。


「お前、受験に集中しろ。バイトは休め」


 姉に言われた。


「小遣いは自分で働いて稼げ」


と言っていた姉にそう言われた時、僕は思わず後退りしたのを覚えている。


「その代わり浪人は許さない。全学不合格なら、就職しろ」


「そんな! 受験に絞って就職活動は全然していないんだから、就職なんて無理だよ」


 僕はあまりに理不尽な姉に反論した。すると姉は嬉しそうに、


「心配するな、武。姉ちゃんが働いている会社は人材不足だから、いつでも就職できるぞ」


「……」


 どんな過酷な職業でも贅沢を言える状況じゃないけど、姉と同じ会社はちょっと困る。


「わかった! 死ぬ気で合格目指すよ、姉ちゃん!」


 僕は姉が激励してくれたのだと思い、力強く宣言した。


「そんなに姉ちゃんと一緒の仕事、嫌なんだ。よォくわかりました」


「え?」


 姉はムッとして自分の部屋に行ってしまった。


 何のつもり? 弟と一緒に働きたいの? それとも弟を大学に行かせたいの?


 全く理解不能な姉だ。


 


 そしてまた土曜日が来た。


 とうとう姉はいろいろ口実をつけ、婚約者の力丸憲太郎さんまで共犯者にして「逃亡」した。


 そんなに怖いのかなあ、沙久弥さんて?


 僕は最近、沙久弥さんに会うのが楽しみになって来た。


 絶対、彼女である都坂みやこざか亜希あきちゃんには言えないけど。


 一通り、その日の課題を終えて、ティータイムになった時、僕は沙久弥さんに姉の事を話してみた。


 亜希ちゃんはクスクス笑っていたが、沙久弥さんは真剣な表情でしばらく考え込んだ。


 背筋がゾクッとした。


 合気道の達人である沙久弥さんが気を巡らせたのだろうか、僕の部屋に妙な緊張感が漂う。


 亜希ちゃんも笑顔を封印し、沙久弥さんを見ている。


「美鈴さんはショックだったと思うわ、武彦君」


「はい」


 沙久弥さんにそう言われると、本当にそんな気がして来る。


「答えは難しいわね。美鈴さんは、武彦君に大学に合格して欲しいと思っているのも本心だろうけど、一緒に働きたいというのも本心でしょうから、武彦君がどう答えても、美鈴さんは満足しなかったでしょうね」


「なるほど……」


 沙久弥さんの話は高校の先生の言葉より説得力がある気がする。


「わかるわ、同じ弟を持つ者として、その気持ち」


 沙久弥さんは悲しそうに微笑む。何だか切なくなってしまうのも、沙久弥さんの「気」のせい?


「でも、武彦君は大学に行くべきよ。亜希さんと一緒にね」


 沙久弥さんは僕と亜希ちゃんを見て言ってくれた。


 僕は亜希ちゃんと顔を見合わせてから、


「はい」


と答えた。


 


 沙久弥さんが帰った後、僕と亜希ちゃんはしばらく僕の部屋で雑談した。


「私って嫉妬深いのかな」


 帰り際に亜希ちゃんが突然そんな事を言った。


「え?」


 今日は心臓に悪い事が多い。何だ?


「武君、沙久弥さんと話す時、とっても楽しそうなんだもん」


「そ、そんな事ないよ! 沙久弥さんと話すの、緊張するよ」


 僕は慌てて否定した。


「そう? 私には、嬉しそうに見えるんだけど?」


 亜希ちゃんは口を尖らせて言う。それがまた可愛い。


「気のせいだよ。そんな訳ないって。僕は亜希ちゃん一筋だから」


 言いながら顔が火照る。亜希ちゃんも赤面した。


「あ、ありがとう、武君。嬉しい」


 亜希ちゃんは顔を扇ぎながら言った。そして、目を瞑った。


 え? まさか、ここで?


 いままで何度か亜希ちゃんとキスしたけど、自分の部屋ではない。


 何だか、いつにも増してドキドキした。

 

 意を決して顔を近づける。


 柔らかい亜希ちゃんの唇。それにとってもいい匂いがする。


「武」


 その時いきなり、姉がドアを開いて入って来た。


 僕と亜希ちゃんはコントみたいに慌てて離れた。


「あ、亜希ちゃん、いらっしゃい」


 姉はニコッとして言った。亜希ちゃんは何とか冷静になって、


「お、お邪魔してます」


と応じた。姉はニヤニヤして、


「ごめんあそばせ」


と出て行ってしまった。


 僕と亜希ちゃんは顔を見合わせて、真っ赤になった。


 もしかして、姉に見られた?


「見られたのかな?」


 亜希ちゃんが呟く。そして、


「でもいいや。かまわないよね、武君?」


と大胆発言。僕はその発言にドキドキしてしまい、


「そだね」


としか言えなかった。


 僕は姉に見られた事が、何故か凄く恥ずかしかった。


 どうして?

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