その五十九
僕は磐神武彦。高校三年。
いよいよ追い込みの時期になって来た。
毎週日曜は彼女の都坂亜希ちゃんと公開模試だ。
様々なレベルの模試を受けている。
姉の婚約者の力丸憲太郎さんのお姉さんである沙久弥さんに土曜日に家庭教師をしてもらっている。
そして何故か、憲太郎さんとのデートから帰って来た姉にいきなり軽く頭を殴られた。
「何で?」
僕は姉の理不尽さにムッとして尋ねた。
すると姉は照れ臭そうに笑って、
「リッキーが嫉妬妬いたの」
「はあ?」
完全に意味不明な会話だ。
「姉ちゃんを悩ませたりして、悪い弟だ」
アニメ声で言われ、思わずドキッとした。
何を考えているのだろう?
恐らく何も考えていないだろうけど。
「頑張れよ、武彦。姉ちゃんはいつでもお前の味方だぞ」
味方に殴られるなんて、あまりない事だぞ。
しばらく背後を取られないようにしないと。
「お休み」
まだ夕方なのにそう言われた。
何かあったな。
僕は心配になって部屋の戻ると、憲太郎さんの携帯に連絡した。
「別に何もないよ」
憲太郎さんはあっさりと否定した。
僕は事情を説明した。
「参ったなあ。そんな事まで話したの? 恥ずかしいなあ」
憲太郎さんは困ったような声だ。
「美鈴は武彦君の話題を必ず持ち出すからさ」
「すみません、ダメな姉で」
「ハハハ」
憲太郎さんの笑い声が聞こえた。
「でも、羨ましいよ、武彦君が。そこまで美鈴に心配されててさ」
「沙久弥さんはそんな事ないんですか?」
僕はちょっと興味が湧いたので尋ねてみた。
「姉貴は僕の話題を彼氏に話したりしないよ」
「沙久弥さん、彼がいるんですか?」
ちょっとだけショックなのは何故だろう?
「そりゃいるよ。交友関係は僕の何倍もあるから」
「そうですか」
僕は別に他意はなくそう言ったつもりだったのだが、
「あれれ、武彦君、姉貴に彼氏がいて、ショックなの?」
「あ、いや、そういう事じゃなくて……。僕、姉が憲太郎さんと付き合い始めた時、結構ショックだったんですよ」
取り繕おうとして墓穴を掘ってしまった。
「そうなんだ。ごめんね、武彦君」
憲太郎さんはクスクス笑っていた。恥ずかしい……。
「僕はそういう感情はなかったなあ。もちろん、姉貴が嬉しそうにデートに出かけるのは何となく不愉快だった事はあるけどね」
憲太郎さんは気を遣ってくれたらしい。
「お互い、偉大な姉がいると、苦労するね、武彦君」
「はい」
そう言ってから、僕と憲太郎さんは笑ってしまった。
「今度、弟会でも立ち上げようか?」
憲太郎さんが突飛な事を言い出した。
「いいですね、弟会。是非作って下さい」
「考えてみるね」
「はい」
そして携帯を切った。勢いであんな事言っちゃった。
弟会? どんな会になるんだろう?
いや、それ以前にそんなものを作ったりして大丈夫なのだろうか?
う……。
背中に感じる強烈な視線。
振り返ると姉が覗いている。
「武君、弟会って何? 姉ちゃんの悪口でも言い合うの?」
何を言っても怒られそうな予感。
絶体絶命な僕……。