その五十八(姉)
私は磐神美鈴。昼は建設現場、夜は大学と忙しい二十一歳の乙女である。
最近、我が愚弟武彦が、愚弟を返上しようとしている。
喜ばしい事だ。
いつまでも愚弟では、姉として立場がない。
いや、武彦自身のためにもならない。
不思議な事に愚弟の周りには、何故か美人が集まって来る。
私を始めとして、凄いメンバーだ。
まずは、あいつの彼女、都坂亜希ちゃん。
幼馴染でもある亜希ちゃんは武彦の良き理解者である上、素晴らしいパートナーでもある。
あいつには勿体ないくらいの才女だ。
それから、中学の時の同級生の櫛名田姫乃さん。
一時はどうなる事かと冷や冷やするくらい、櫛名田さんは積極的だった。
元の鞘に収まったみたいで良かったけどね。
そして更に、我が愛する力丸憲太郎のお姉様である沙久弥さんまで武彦をお気に入り。
もちろん、沙久弥さんは将来の義理の弟としてお気に入りなだけで、恋愛感情はない。
それにしても、武彦、どうしてこんなに吸引力が強いんだろう?
イケメンでも、高身長でも、スポーツ万能でもないのにね。
「どうしたのさ、浮かない顔して?」
リッキーの声にハッと我に返る。
今日は久しぶりのデート。
それなのに私は武彦の事なんか考えていた。
あのバカ、帰ったらお仕置きよ!
「ううん、何でもないよ」
「美鈴が何でもないって言う時は、絶対に何かある時なんだよ。それとも、僕には言えないような事?」
リッキーが優しい目で言う。ああん、変な気分になるからそんな目で見ないで、リッキー。
「そんな事ないよ。武の事を考えてたんだ」
「武彦君の事?」
リッキーに呆れられる。
「羨ましいよ、武彦君が。ここにいないのに美鈴の心の中で一番になってるんだからさ」
「え?」
あらま、リッキーったら、嫉妬?
「一番だなんて、そんな事ないよ」
私は嬉しいような慌てたようなおかしな気持ちで言った。
「一番はリッキーよん」
私はリッキーに擦り寄り、ほっぺにキスした。すれ違ったオバ様達がギョッとしている。
「わ!」
人通りの多い駅前でそんな事をされたので、リッキーはびっくりしたようだ。
こういうとこも、大好きなんだけどね。
「で、電車が来るよ、美鈴」
リッキーはアタフタして駅へと歩き出す。そんな急がなくても、いくらでも電車は来るのにね。
「うん」
私はそんなリッキーの腕にしがみついた。
武彦とリッキーへの愛は、全然違うものなんだけど、男共はそうは思わないのかな。
私は、リッキーが沙久弥さんと腕組んで歩いてても、全然平気だと思うけど。
あれ?
武彦が亜希ちゃんとデートしているのに出くわすと、思わず隠れてしまうのは何?
リッキーに関しては嫉妬しないのに、武彦に関しては嫉妬してしまう私って……。
ううう!
やっぱりあいつ、一発ぶん殴る!
姉をこんなに悩ませる弟なんて許せない!
姉ちゃんの愛のこもった正拳、お見舞いしてあげる、武君。