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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
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その五十七

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。高校三年。


 この前、彼女の都坂亜希ちゃんと模試を受けた。


 あまりの不出来に落ち込んだ僕だったが、実は姉の陰謀で、とてもレベルの高い模試を受けた事を知った。


 相変わらず、いい性格をしている姉だ。


 そのおかげで、姉の婚約者である力丸憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さんと会った。


 そして事情を知った沙久弥さんが僕と亜希ちゃんの勉強を見てくれる事になったのだ。


 嬉しい反面、緊張もした。

 

 


 そして、沙久弥さんが来てくれる事になっている土曜日。


 沙久弥さんは午後一時に来るそうだ。


 母は仕事のシフトを替えてもらったらしい。


「初日くらい、顔を合わせて挨拶しないとね」


 母が緊張している。沙久弥さん、凄い。


 一方姉はと言うと、


「姉ちゃんはいなくても大丈夫だよね?」


と妙に弱気だ。すると母が、


「何を言ってるの! 貴女の婚約者のお姉さんでしょ? ダメよ、出かけたりしたら」


「えー」


 不満そうに口を尖らせる姉。子供みたいだ。


「だって憲太郎さんも一緒に来るんだよ、姉ちゃん。いなきゃダメだって」


 僕が言うと、姉は目を見開いた。


「ええ!? リッキーも来るの? どうしてよ?」


 姉は何も聞かされていないらしい。


「当たり前だよ。沙久弥さんは憲太郎さんと姉ちゃんが僕にどういう風な指導をしていたのかも知りたいって言ってたんだから」


 姉の顔色がなくなった。白くなったのだ。変な汗も出ている。


「そんなに焦らないで、美鈴。沙久弥さんは貴女の義理のお姉さんになる人なのよ」


「う、うん……」


 そんな事を言っている母もソワソワしているので、僕はつい笑ってしまった。


「何がおかしいの!?」


 母と姉が見事にハモって言った。


「別におかしくなんかないよ……」


 僕は慌てて言い繕った。


 


 僕達は早めのお昼をすませ、居間で沙久弥さんを待つ。


 沙久弥さんの前に亜希ちゃんが来たのだが、ドアフォンが鳴った時の姉のリアクションはデジカメで取っておきたいくらい面白かった。


 僕達家族の中で、僕が一番沙久弥さんに慣れているのかもしれない。


 沙久弥さんは「可愛い」と言われると動揺するし、方向音痴でもある。


 要するに弱点を知っているから、少しだけ余裕が持てるのだ。


「何だか、先生の家庭訪問みたいね」


 母と姉の緊張を感じて、亜希ちゃんが囁いた。


「そだね」


 僕は微笑んで応じた。


 


 そして遂に沙久弥さんと憲太郎さんが来た。


「ようこそいらっしゃいました」


 母はさすがだ。緊張しながらも、笑顔で沙久弥さんを出迎えた。


「お邪魔致します。お母様には、お仕事の時間を替えていただき、恐縮です」


 沙久弥さんが厳かにお辞儀をした。


 その間中、姉は憲太郎さんに救助信号を発していた。憲太郎さんは微笑んでいるだけだったけど。


 一通り挨拶がすみ、居間でティータイム。


 いくらか緊張が解けた姉は、ようやく笑顔を見せた。


「では、まず、美鈴さんと憲太郎に今までのカリキュラムを確認します」


 沙久弥さんのその言葉に、姉の顔がまた強張こわばった。


 姉と憲太郎さんは沙久弥さんの質問に答え、資料を交えて説明する。


「凄いね。これなら、本当に学力つくね」


 亜希ちゃんが囁く。顔が近いから、彼女の吐息が僕の頬を撫でた。


 僕は思わず赤面した。


 


 やがて沙久弥さんの「事情聴取」は終了し、僕らの番だ。


「では、武彦君の部屋に行きましょうか」


「あ、はい」


 僕は急に緊張した。姉は反対に解放感からか、ホッとした表情になった。


 僕と亜希ちゃんは沙久弥さんと共に僕の部屋に行った。


 部屋に入ると、沙久弥さんはいろいろと指摘してくれた。


 男子の部屋にしては奇麗に片付いている事。


 机の上にいらない物が多過ぎる事。


 漫画が並んだ書棚は大きな布かカーテンで目隠しをする事。


 そして僕と亜希ちゃんのノートを見る。


「亜希さんのノートは素晴らしいわ。何も言う事はありません」


 沙久弥さんに誉められて、亜希ちゃんは照れ臭そうだ。


「ありがとうございます」


 沙久弥さんは優しく微笑んで僕を見る。


「武彦君のノートは、雑然としていて、後で見直した時にわかりづらいわ」


「そ、そうですか」


 沙久弥さんはノートの取り方、授業の受け方に至るまで細かく教えてくれた。


 確かに姉や憲太郎さんのやり方とはレベルが違う気がした。


 特に姉のやり方は、比較するのも失礼だ。


「受験勉強は特別な事をしてもうまくいかないわ。一番大事なのは基礎。その基礎は教科書に全て書かれています。教科書をないがしろにしたら、受験は失敗します」


 沙久弥さんの話はすんなり僕の頭に入って来た。


 何だろう? 声が心地良いのだ。


「では、今日はここまで」


 あっと言う間に二時間が過ぎていた。


「ありがとうございました」


 僕と亜希ちゃんは深々と頭を下げた。


 


 居間に戻ると、母は出かけるところだった。


「慌しくてごめんなさんね、沙久弥さん」


「いえ、こちらこそ、ご迷惑をおかけしました。どうぞお出かけ下さい」


 沙久弥さんに促されて、母は仕事に出かけた。


「じゃあ、姉さん、帰ろうか」


 憲太郎さんは姉にかされてそう言った。


 我が姉ながら、沙久弥さんに失礼だな。


「そうね、憲太郎。貴方には、勉強を教える手順をもう一度教えないといけないみたいね」


 憲太郎さんの顔が引きつる。憲太郎さんは恨みがましい顔で姉を見ると、


「失礼します」


と玄関を出た。沙久弥さんがドアを閉じながら、


「では、ご機嫌よう」


と言った。


 姉が途端に居間に戻り、ソファに崩れ落ちた。


「疲れた……」


 僕は亜希ちゃんと顔を見合わせた。


 でも、沙久弥さんの教え方は抜群にうまい。


 受験を乗り切れる自信が湧いて来た。


「次回は、姉ちゃんは絶対出かけるぞ、武」


 姉はソファに埋もれたままで言った。僕は肩を竦めて、


「僕は構わないけど、沙久弥さんはどうかなあ」


 姉の身体がビクッとしたのがわかり、僕と亜希ちゃんはクスクス笑った。

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