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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
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その五十六

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。高校三年。


 今日は彼女である都坂みやこざか亜希あきちゃんと有名予備校の模試を受けに行った。


 そして、今更ながら身の程知らずな事を考えたと思った。


「どうしたの、武君? さっきから溜息吐いてばかりだよ?」


 亜希ちゃんが心配そうな顔で言う。僕は作り笑いをして、


「模試、難しかったなあって思ったんだ。僕、無理だよ、やっぱり」


「え?」


 亜希ちゃんが驚いて僕を引き止める。


「ちょっと武君」


 亜希ちゃんは舗道の端に僕を引っ張って行った。


「何言ってるの? まだ始まったばかりだよ。結論出すのが早過ぎるよ」


 亜希ちゃんは真剣な目で僕を見ている。


「そうなんだけど……。今日の模試、ほとんどわからなかったんだ。多分ダメだよ。このまま続けていたら、僕だけ浪人するかも……」


「武君のバカ!」


 亜希ちゃんは涙ぐんでいた。僕はビックリした。


「そんな武君なんて、大っ嫌い!」


 亜希ちゃんはそのまま走り出した。陸上部のエースだったその脚はまだ健在で、到底僕は追いつけない。


「亜希ちゃん……」


 僕はそれほどいけない事を言ってしまったのだろうか?


 また大きな溜息を吐く。


「溜息を吐くたびに幸せが逃げて行くんだよ、磐神君」


 どこかで聞いた事がある声がした。振り返ると、中学の時の同級生の須佐昇君がいた。


「須佐君。君も模試受けたの?」


「うん。姫乃がうるさくてさ」


 そう言えば今日は櫛名田くしなだ姫乃ひめのさんがいない。


「櫛名田さんは?」


「気になる?」


 須佐君が悪戯っぽく言う。


「いや、気になるとかじゃなくて、いつも一緒だったから……」


「いつも一緒って訳でもないんだけど」


 須佐君は少し不満そうに言った。そうかな?


「姫乃の奴、模試の答え合わせしたら、偉く落ち込んでさ。予想以上に間違えていたらしいんだ」


「そ、そうなんだ……」


 ああ。櫛名田さんと悲しみを共有したい……。


 すると須佐君に僕の考えを見抜かれた。


「そうか、磐神君も結果が思わしくないと思ってるんだね?」


「あ、うん……」


 須佐君はニヤッとして、


「当たり前だよ。この予備校の模試は、東大クラスを照準にしたレベルの高い模試なんだから」


「え?」


 僕は唖然とした。そんな情報、どこからも聞いていない。


 この模試は、姉に勧められて亜希ちゃんと申し込んだんだから。


 もしかして、姉にはめられた?


「だから、姫乃には、あまり気にしないほうがいいって言ったんだけど、あいつ、『同情なんていらない』って怒っちゃってさ。先に帰ったんだ。子供みたいでしょ?」


「……」


 僕も同じだ。亜希ちゃんがフォローしてくれているのに、どんどんマイナス発言してた……。


「ありがとう、須佐君」


「は?」


 僕の意味不明な言葉にキョトンとした須佐君を残し、僕は亜希ちゃんの家に向かった。


 走りながら携帯を取り出し、亜希ちゃんにかける。


 呼び出し音がいくら鳴っても、亜希ちゃんは出なかった。


(怒ってるのかな?)


 僕は必死になって走った。


「あ!」


 亜希ちゃんがいた。アイスクリームの店のベンチに寂しそうに座っている。


 僕にはそう見えた。


「亜希ちゃん!」


 僕が声をかけると亜希ちゃんは、ハッとしてこっちを見た。


「武君」


 複雑な表情だ。僕は意を決して、亜希ちゃんに近づいた。


「ごめん」


 お互いが最初に言ったのがそれだった。


 そして思わず顔を見合わせて微笑む。


「ごめんね、武君。武君が悩んでいるのに、私、冷たかった」


「そんな事ないよ。亜希ちゃんが励ましてくれているのに、マイナスな事ばかり言った僕が悪いんだ」


 僕達はお互いを気遣った。すると、


「本当に仲がいいのね、二人は」


と聞いた事のある声第二弾だ。そこには、あの力丸りきまる沙久弥さくやさんがいた。


 またしても、「ザ・美少女」モード全開の白いワンピースに白い帽子、白いパンプスだ。


「さっき偶然お会いして、話を聞いていただいてたの」


 亜希ちゃんが悲しそうに見えたのは、沙久弥さんに会って緊張していたかららしい。


 携帯はバイブにしてあった上、沙久弥さんと話していたので、余計気づかなかったようだ。


「はい、どうぞ」


 沙久弥さんは僕が来る事を読んでいたのか、アイスクリームを三つ買って来ていた。


「亜希さんからお話は聞きました、武彦君。そういう事なら、私に相談してくれればいいのに」


 沙久弥さんは眩しい笑顔で言う。え? どういう事?


「沙久弥さんが、私達の受験勉強を見て下さるの」


 亜希ちゃんが少し引きつり気味に言ったように見えたのは、僕の目のせいではないだろう。


 こうして、否応なく、僕と亜希ちゃんは最強の家庭教師に勉強を教わる事になった。


 


 しばらくして、僕は帰宅した。


 姉はまだ出かけていないらしく、靴があった。


「おう、お帰り。どうだった、模試?」


 何故か姉は嬉しそうだ。やっぱり、知ってて勧めたようだ。


 いい性格してるよ、本当に。


「難しくて、全然できなかったよ。受験やめようかな」


 僕はちょっと脅かしてやろうと思ってそう言った。


「え?」


 姉がギョッとしたのがわかった。


「いやいや、そんな簡単に結論出さないほうがいいと思うぞ、姉ちゃんは」


 焦っているのが面白い。


「そうかな? 本当にそう思う?」


「そうだよ。簡単に諦めるなんていけないんだぞ」


 急にアニメ声で言う姉は愉快だ。


「実はさ」


 更なる爆弾を準備する。


「なになに?」


 姉は何故か楽しそうな顔をした。


「沙久弥さんに会ったんだ」


「そうなんだ。それで?」


 まだ楽しそうだ。少しムカつく。


「僕と亜希ちゃんの勉強を見てくれる事になったんだ。姉ちゃんや憲太郎さんより沙久弥さんの方が時間がとれるから」


「そうなんだ」


 姉はますます嬉しそうだ。やっぱり勉強教えるの、苦痛だったんだな。


「頑張れよ、武。沙久弥さんはリッキーより家庭教師歴が長いから、教えるの、うまいぞ」


 まるで他人事ひとごとの姉に爆弾を投下する。


「毎週土曜日にウチに来てくれるんだ。凄いでしょ?」


「……」


 姉が突然停止した。笑えないくらい顔色が悪かったのは言うまでもない。


 そんなに苦手なの、沙久弥さんの事?

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