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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
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その五十五

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。高校三年。


 いよいよ今年もあと二ヶ月を切ってしまった。


 最近、本当に勉強漬けだ。


 好きな子と同じ大学に進学したい。


 その思いが、怠け者だった僕を突き動かしている。


 その好きな子の名は、都坂みやこざか亜希あきちゃん。


 彼女が本来行くはずだった大学は、僕からすれば、途方もなく上位クラス。


 でも行きたい。亜希ちゃんと一緒に行きたい。


 それは亜希ちゃんが好きだからと言うだけではない。


 母、姉、姉の婚約者の力丸憲太郎さん。


 たくさんの人の思いに答えたいのだ。


「じゃあ、自分はどうなのさ?」


 もう一人の僕が意地悪な事を訊いて来る。


「お前は自分で何も決められないの? 全部人の言う事を聞いて、只流されて生きて行くつもり?」


 そんなつもりはない。


 そう言い返したいが、言い返せない。


 そうなのかな?


 考えてみれば、今までの人生も流されてばかりのものだった気がする。


「ぐえ!」


 久しぶりに感じるこの痛み。


 忍者のようにそっと僕の部屋に入って来た姉が、スリーパーホールドをかけて来たのだ。


「姉ちゃん、苦しい……」


 僕はすぐに姉の腕を叩いて、ギブアップの意思表示をした。


「タップするのが早過ぎるぞ、武」


 姉は不満そうに言った。いや、そういう問題じゃないでしょ?


 本当にこんな姉が、全国模試上位の常連だったのだろうか?


「どうしたの、ぼんやりして? 姉ちゃんが声をかけても無反応だったし」


 それは嘘だ。音を立てずに入ってきたくせに。でも言えない。


「このままでいいのかなって思ってたんだ」


 僕は姉を見上げて答えた。すると姉はニヤッとして、


「おお、武、人間として成長したな。現状に疑問を抱く事はいい事だぞ」


 何かバカにされたような……。


「それよりさ」


 僕は思い切って尋ねる事にした。姉は僕をまっすぐに見て、


「何?」 


「姉ちゃんが全国模試の上位の常連だったって本当なの?」


 何故か顔が赤くなる姉。どうしたんだ?


「姉ちゃんも、武と同じでさ」


「え?」


 どういう意味? 姉はモジモジし始めた。何だか気味が悪い。


「リッキーと同じ大学に行きたくて、必死になって勉強したんだ。そしたら、結構私ったら頭良かったみたいでさあ……」


 またひとの頭を太鼓代わりにポンポン叩く。軽く自慢入っているし。


「ま、結局行けなかったんだけどね」


 姉はちょっとだけ寂しそうだ。


 本当は行けなかったんじゃなくて、行かなかった事を知っている僕は胸が痛んだ。


「いいのかな」


「何が?」


 姉はキョトンとして僕を見る。


「僕は自分の行きたい大学に行っていいのかな?」


 すると姉がさっきより強く僕の頭を叩いた。


「痛!」


「弟の分際で、姉に気を遣うなってえの!」


 姉は涙ぐんでいた。


「母さんも姉ちゃんも、ダメなお前が頑張って亜希ちゃんと同じ大学に行こうとしているのが嬉しいんだよ」


「姉ちゃん……」


 僕は感動していた。姉は涙を拭いながらニコッとして、


「ダメなお前が行きたい大学に行くのが、母さんと姉ちゃんの願いなの。ダメなお前が一生懸命なのを応援したいの」


 いちいち「ダメな」が付くのが気になるが、とにかく嬉しかった。


「ありがとう、姉ちゃん」


「よせよ、武彦。照れるぜ」


 姉はそう言うと、部屋を出て行く。そしてドアを開いて振り返り、


「その代わり、不合格だった時は……」


と言ってニヤリとし、ドアを閉じた。


 もう何が何でも合格するしかないと思う僕だった。

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