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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
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その五十三

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。高校三年。


 大学受験を控え、毎日猛勉強中だ。


 幼馴染で彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんと特訓に近い勉強をしている。


 そして休みの日は、最強の家庭教師である姉にもスパルタ方式で特訓されている。


 我ながら、よく音を上げないと思う。


 もちろん、大好きな亜希ちゃんと同じ大学に行きたいという思いも強いけど、それに勝るとも劣らないほど強い思いがある。


 昼間は汗まみれで働き、夜は大学の講義を受ける。


 姉のあの姿を見てから、僕は「音を上げる」という事を完全に忘れた。


「僕なんか、まだまだだ」


 その思いの方が遥かに強いのだ。


 だから立ち止まれない。




「たまには息抜きしなさい」


 あまりに集中して勉強をする僕を見て、母が心配してそう言ってくれた。


「お前の気持ちもわかるけど、大学が違っても亜希ちゃんとは会えるでしょ?」


「うん、まあ」


 僕は母には本当の理由を話していない。


 その話をすると、姉が希望する大学を諦めた事に触れなければならないからだ。


 それは言いたくない。そして、言ってはいけない。


「喋ったら本当に殺す」


 姉に言われた事を本気にしている訳ではないが、言ってはいけないと思っている。


 そして言う必要もない事だ。


 母は僕の身体を心配してくれているのだから。


 その母を悲しませるような話をできるはずがない。


「わかったよ」


 僕は母の言葉を受け入れて、その日は早めに勉強を切り上げ、外に出た。


 たまたまなのだが、今日は亜希ちゃんと別行動の日。


 亜希ちゃんがどうしているのか気になったが、今は考えない事にして、街に出た。


「あ」


 偶然とは恐ろしい。


 前から姉の婚約者の力丸憲太郎さんのお姉さんである沙久弥さんが歩いて来た。


 沙久弥さんは何かを探しているらしく、辺りを見回していて、僕に気づいていない。


「こんにちは」


 僕は駆け寄って声をかける。


「あら、こんにちは。お久しぶりね」


 今日の沙久弥さんはまた「ザ・美少女」モードだ。可愛い。


 白のワンピースに白のパンプス。


 そして白の帽子。


「何かお探しですか?」


 僕は沙久弥さんが持っている紙切れを気にしながら尋ねる。しかし沙久弥さんは、


「違うの。私、方向音痴なのよ。だから風景をしっかり記憶しないと、すぐに道に迷ってしまうの」


「ええ?」


 意外な弱点。でも何だか余計に可愛らしい。


 紙切れを覗き込むと、ビッシリと細かい字で店名や屋根の色、看板の形とかが書き込まれている。


「武彦君と会うなんて運がいいわ。そこで休みましょう」


 沙久弥さんはスタスタと歩き、コーヒーショップに入ってしまう。


 僕の都合を全然聞いてくれないところは、少しだけ「美鈴ってる」かも知れない。


 ま、別に何も用があった訳じゃないから、いいか。


 


 ……。


 何だろう? テーブルを挟んで向かい合わせに座った。


 沙久弥さんは注文をすませると、ニコニコしながら僕を見ている。


「あ、あの、何ですか? 僕の顔、変ですか?」


 すると沙久弥さんはハッとしたようになって、


「ああ、ごめんなさい。武彦君、本当に可愛いんですもの」


「……」


 僕は多分真っ赤になっていたと思う。


 年上の、しかもこれほど奇麗な女性に「可愛い」とか言われると、本当に恥ずかしい。


「さ、沙久弥さんこそ凄く可愛いですよ」


 僕はまともに顔を見られないまま、そう言った。


 何故かリアクションがない。


「え?」


 ふと見上げると、沙久弥さんが真っ赤になっている。


「やだ、からかわないで、武彦君。私なんて、可愛くなんかないわよ」


 クネクネしながら嬉しそうに否定する様は、またそれはそれで可愛い。


「ホントにもう、武彦君たら、年上の女をおだてるのが上手ね」


 それほどの事を言ったつもりはないのだが、沙久弥さんは相当喜んでいた。


「いえ、煽てているつもりはないですよ。亜希ちゃんもそう言っていましたから」


「まあ!」


 沙久弥さんは目を丸くして驚いた。


「嬉しい。同性にそう言われたの、初めてよ。ああ、何だか涙が出そう」


 えええ!? 沙久弥さん、いくら何でも大袈裟ですよ!


 僕はすっかり面食らってしまい、その後の事はよく覚えていない。


 とにかく沙久弥さんにお礼を言って別れたのは覚えている。


 


 家に着く直前、亜希ちゃんから電話がかかって来た。


「驚いたわ、沙久弥さんから連絡があったから」


 どうやら沙久弥さんは、どうしても亜希ちゃんにお礼が言いたかったようだ。


「何だか本当に可愛い人ね、沙久弥さんて」


「そうだね。姉ちゃんが怖がる理由がわからないよ」


 そう言ってしまってから、目の前が我が家で、ちょうど玄関から出て来た姉にすっかり聞かれてしまった事に気づいた。


「亜希ちゃん、またね」


 僕は早々に携帯をしまった。


「今何か、私の悪口言ってなかった?」


 姉が笑顔で尋ねる時は、相当怒っている時なのはよく知っている。


 今日という日は、良い日のままで終わってくれないようだ。


 可哀想な僕……。

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