その五十一
僕は磐神武彦。高校三年。
受験に向けて猛勉強中……と言いたいところだけど、何となく力が入らない。
僕の彼女の都坂亜希ちゃんは、本当はもっと上位の大学を受験できるはずだし、現に進路指導の先生から呼び出されたりしている。
亜希ちゃんは、どうしても僕と一緒に大学に行きたいのだそうだ。
天にも昇るほどに嬉しい言葉なのだが、罪悪感もある。
僕のような中途半端な人間のせいで、亜希ちゃんの可能性を封じているのではないかと。
どうしても気になった僕は、亜希ちゃんに直接訊いてみた。
「何よ、武君は私と一緒に大学に行きたくないの?」
亜希ちゃんは口を尖らせて尋ね返す。そう言われてしまうと、
「いや、そんな事ないよ」
としか返事のしようがない。
「だったら何も問題ないでしょ」
亜希ちゃんはニコッとして言った。
「で、でもさ。進路指導の先生にも、もっと上位の大学を目指すように言われたんだろ? だったら……」
僕は更に突っ込んだ。すると亜希ちゃんは真顔になって、
「大学は、行きたいところに行くのが私の考えよ。それに、上位の大学に入ったからって、いい事があるとは限らないわ」
それは屁理屈だよ、亜希ちゃん。そう思ったが、決して言えない。
「武君、気を遣ってくれて嬉しいけど、私は私なりに考えた上で決めたのだから、もうその話はなしにして」
亜希ちゃんは僕の顔をジッと見て言った。僕はそれ以上何も言えず、
「わかったよ」
とだけ返した。
亜希ちゃんにそんな風に言われたら、もうどうしようもないのはわかっているけど、僕の気持ちが収まらない。
そこで思い切って母に相談する事にした。
亜希ちゃんの気持ちは嬉しいけど、僕にとってはプレッシャーになる。
家に帰ると、姉が出かけるところだった。
「母さん遅くなるから、夕ご飯は外ですませてって連絡があったから」
姉が言った。僕はガッカリした。
「そうなんだ」
「どうした、武? 母さんに何か話があったのか?」
姉が訊いて来る。別に、と言っても許してくれる性格ではないので、仕方なく、
「実はさ……」
と亜希ちゃんとの話をした。
「そうかあ」
姉はすぐにからかうかと思ったが、意外にも真剣な表情で考え込んでいる。
「確かにそのままじゃ、お前は一生亜希ちゃんに頭が上がらないな」
「え?」
不吉な事を言わないでよ、姉ちゃん……。
「解決する方法は二つある」
「二つ?」
解決方法を考えてくれたのか。何て優しい姉なんだろう。
あ、聞いてからでないとその結論は早過ぎる。
姉は真っ直ぐに僕を見たままで、
「一つはお前が亜希ちゃんと別れるという方法」
「え?」
もっと不吉な事言った! この前「別れたら只じゃ置かない」と言ったのは誰だよ!?
「そしてもう一つは、お前が亜希ちゃんのレベルに達する事だ」
「えええ!?」
それは無理。絶対無理。すると姉は僕の考えを見透かすかのように、
「無理だと思ってるだろ?」
「う、うん……」
僕は俯いた。
「そんな事ないと思うぞ。最近のお前は、随分頑張ってる。亜希ちゃんと同レベルの大学でも、十分狙えるはずだ」
「姉ちゃん?」
僕は姉の顔を見た。姉は真剣な眼差しで、
「姉ちゃんとリッキーに任せなさい。絶対にお前を亜希ちゃんと同レベルにしてあげるから」
「姉ちゃん……」
僕は泣いてしまった。
「バカ、それくらいで男が泣くな、バカ武!」
そう言いながらも、姉も泣いていた。
「亜希ちゃんに言うんだぞ。今度は僕が君に合わせるからってな」
「うん!」
僕は涙を拭って言った。
僕は亜希ちゃんに電話した。
「どうしたの、武君?」
亜希ちゃんは何の用だろうと思ったみたいだ。
「今まで、亜希ちゃんにばかり合わせてもらっていて申し訳ないので、僕が亜希ちゃんに合わせるから。だから、亜希ちゃんが行くはずだった大学に一緒に行こう」
「武君……」
亜希ちゃんはそのまま黙ってしまった。
「亜希ちゃん?」
僕は心配になって声をかけた。
「ごめん、感動してた……。すっごく嬉しいよ、武君。頑張ろうね」
「うん」
僕達は必ず目標達成を誓い合って、通話を終えた。
そして……。
憲太郎さんのスーパーテクニックを駆使した受験勉強法で、僕は難関を乗り越えられる気がして来た。
姉のスーパースパルタ方式で、僕はどんなつらい局面にも対処できると思った。
「もしこれでも間に合わないようだったら、姉貴に頼もうかと思ってるんだ」
憲太郎さんが爽やかな笑顔で怖い事を言った。
「え?」
僕と姉は同時に憲太郎さんを見た。
「あれ、言ってなかったっけ? 姉貴は東大卒だって」
聞いてないです、憲太郎さん。沙久弥さん、凄過ぎる。
「だ、大丈夫よ、リッキー。二人で力を合わせて、武をレベルアップさせよ?」
姉も沙久弥さんが登場するのは怖いみたいだ。
「そう?」
何だか憲太郎さん、沙久弥さんをネタにしてるんじゃないの?
でも、心強いな、ホントに。
姉と憲太郎さん、そして亜希ちゃん。
絶対に期待を裏切れない。
頑張るぞ!




