その四十八
僕は磐神武彦。高校三年。
凶暴な姉と気が強いけど優しい幼馴染に囲まれて暮らして来た。
先日、姉の婚約者の力丸憲太郎さんのお姉さんである沙久弥さんと会った。
僕の姉が「会うとビビる」なんて言うから、僕はすっかり怖気づいてしまった。
でも、実際に会ってみると、確かに凄い存在感なのだけど、それ以上に可愛いのだ。
自分より六歳年上の女性に対して「可愛い」は失礼かも知れないけど、それ以外の表現を思いつけない。
多分、沙久弥さんと僕が一緒に歩いていれば、亜希ちゃんが嫉妬するかも。
などと不届きな事を考えてしまった。
「武彦」
階段を下りて行くと、姉に声をかけられた。
悲しい習性だが、ビクッとしてしまう。
「な、何?」
しかし、姉はにこやかだった。
「沙久弥さんから電話があったわ」
「え?」
しまった!
憲太郎さんには内緒にしておいてって言ったけど、沙久弥さんにはそんな事言ってないし、言えない。
姉が笑顔なのが怖い。殺される? そう思ってしまった。
「沙久弥さんに、『弟さん、可愛いわね』って言われちゃった!」
何故か姉は嬉しそうだ。僕は顔が火照るのを感じた。
沙久弥さん、姉にまでそんな事を……。
嬉しいような、恥ずかしいような……。
「武、ナイスアシストよん。ありがと!」
ムギューッと抱きしめられた。またあの感触だ。
「あんたが沙久弥さんに好印象で良かった。ありがと、武」
姉は僕を真っ直ぐに見て言った。
「う、うん」
何だか照れ臭い。すると姉は、
「沙久弥さんてば、『あんな弟ができるなんて、嬉しいわ』ですって、武!」
と喜び過ぎて、僕の頭を叩き始めた。太鼓じゃないんだから!
「痛いよ、姉ちゃん!」
僕は涙目で抗議した。姉の腕力は半端ではないのだ。
「アハハ、ごめーん、武君」
今度は子ども扱いだ。頭を撫でられた。
「食事会が楽しみだって、沙久弥さん。何だか、あんたをとっても気に入ったみたいよ」
「そ、そうなんだ……」
今度は別の意味でドキドキして来た。
「その次は、家族ぐるみでお食事しましょうって」
何故か姉の顔が引きつっている。
「どうしたのさ、姉ちゃん?」
僕は不思議に思って尋ねた。
「リッキーのお父様は礼儀作法に厳しい方だけど、楽しい方なの。でも、お母様が沙久弥さんの百倍なの」
「えええ!?」
僕は胃が痛くなって来た。
沙久弥さんの百倍の意味がよくわからないが、凄い人なのは何となく理解できた。
沙久弥さんであれだけ圧倒されたのだから、お母さんと会ったりしたら、そのまま気を失ってしまうかも知れない。
力丸家とは、お付き合いを続けていけるのだろうか。
僕はともかく、姉は大丈夫なのだろうか?
「あ、亜希ちゃんを連れて行ってもいいかな、その時?」
僕は言ってみた。すると姉は、
「いいんじゃない? 味方は多い方がいいわ」
いつになく弱気な姉を見て、力丸家の凄さを感じた僕だった。