その四十四
僕は磐神武彦。高校三年。
普段、僕はあまり天気の事を気にしたりしない。
しかし、今年のこの猛暑だけはほとほと困った。
何が困ったのかと言えば、姉。
別に姉が僕に暴力を振るった訳ではない。
この前の「凶暴姉ちゃん事件」以来、何故か姉は僕に優しいのだ。
そのうち殺されるのではないかというくらい。
昨日は、
「背中流そうか?」
といきなり浴室のドアを開けられた。
あれには本当に驚いた。
医者に連れて行こうかと思ったほどだ。
閑話休題。使い方が正しいか、後で姉に聞いてみよう。
猛暑が収まらないため、夏休みの間とぼけてやり過ごしていた「みんなでプールに行こう」話が、また盛り上がって来てしまったのだ。
中学の時の同級生である須佐昇君が、高校のクラスメート達に尻を叩かれ、また僕の家に来た。
「いらっっしゃい、須佐君」
姉はまた嬉しそうに接待だ。
しかも、今日は悪い事にミニスカート。パンツが見えそうな奴。
恋人の力丸憲太郎さんとデートに出かけるからだ。
「……」
須佐君の目は姉の脚に釘づけ。須佐君の彼女の櫛名田姫乃さんが見たら、大変な事になる。
「何、武?」
姉は、僕がジッと見ている事に気づいた。
「ヤキモチ? 須佐君に姉ちゃんを盗られると思ってる?」
妙に嬉しそうに、しかも上から目線で言われたので、僕は、
「ち、違うよ!」
と否定した。ちょっとだけそんな気持ちもあったけど。
「無理しちゃってえ。ホントは心配なくせに」
テンション高過ぎだよ、姉ちゃん。
そう言いたいくらい、姉は浮かれていた。
「違うって!」
僕はあまり姉がしつこく構うので、キッチンから出た。
結局、須佐君は姉と次の日曜日にプールデートの約束を取り付け、意気揚々と帰って行った。
僕は事情を説明しようとしたが、
「後で」
と姉は忙しく出かけてしまった。
須佐君と盛り上がり過ぎなんだよ。
どうしよう? メンバーが問題だ。
この前ウチに来た田路君と宇賀谷君と伊佐那君と、須佐君だけ参加らしいのだ。
そんな事を櫛名田さんが知ったら、僕まで怒られそうだ。
僕は困った挙句、幼馴染で同級生で、現在交際中の都坂亜希ちゃんに相談の電話をした。
「仕方のない人達ね」
亜希ちゃんも呆れている。
「一度懲りないとわからないのかも」
怖い事言わないでよ、亜希ちゃん。
僕は須佐君の身を心配した。
櫛名田さん、結構嫉妬深いのはこの前わかったから、余計不安だ。
「とにかく、僕は後で姉ちゃんに話してみるよ。できれば、プールデートをやめてもらう方向で」
僕がそう言うと、亜希ちゃんは、
「武君は、須佐君のためって言うより、美鈴さんのために動いているのね」
「え?」
ギクッとする。やっぱりそう思われるのか。
「冗談よ、武君。須佐君は板ばさみだから、彼に何とかしてもらうのは難しいわ。だから、美鈴さんの説得に当たってもらうしかないの。姫ちゃんと須佐君の今後のためにもね」
「う、うん」
「お願いね、武君」
僕は通話を切り、溜息を吐いた。
大丈夫かな。
でも、事態は思わぬ方向に動いた。
姉は何故かションボリして帰宅した。
「どうしたの、姉ちゃん?」
落ち込み方が酷かったので、僕は心配になって声をかけた。
「リッキーにダメ出しされた……」
姉はキッチンの椅子にガックリとして座った。僕は向かいに座り、
「ダメ出しって?」
「プールに行く話」
お? 憲太郎さんが許可しなかったのかな?
「相手の男の子に彼女がいるのに、平気で応じる美鈴の考えが理解できないって言われた……」
なるほど。憲太郎さんらしいダメ出しだ。
「それに、僕に何の相談もなくそんな話をOKしたのも気分が悪いって言われた……」
姉は泣きそうだ。でも、憲太郎さんは正論を言っただけだ。
だけど、涙ぐんでいる姉を見ていると、なんだか可哀想になってしまった。
「だから、武から須佐君達にデートの断りの連絡を入れて。私、気まずくて無理だから……」
とうとう姉は泣き出してしまった。
「姉ちゃん」
僕は慰めようと姉の横に立った。
「武ェッ!」
いきなり抱きつかれた。
「ううう……」
子供みたいに泣きじゃくる姉を見ていたら、愛おしくなった。
「泣かないで、姉ちゃん」
僕も優しく姉を抱きしめた。
何だかいい感じ。別に変な意味ではなく、いい感じだ。
その時だった。姉の携帯が鳴り出した。
この着メロは……?
「うわっ!」
僕はいきなり姉に突き飛ばされた。相手は憲太郎さんのようだ。
「リッキー!」
姉の涙はいつの間にか止まっていた。
「ううん、そんな事ないよ。美鈴が悪いんだからあ。謝らないでよ、リッキーてば……」
姉は嬉しそうに喋りながら、二階へと上がって行ってしまった。
結局、憲太郎さんが謝っちゃったのか。
何だか、僕も憲太郎さんも須佐君も、女性にすっかり手玉に取られてる気がするなあ。
まあ、いいんだけどね。
草食系男子バンザイ、だからね。