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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
44/313

その四十三

 僕は磐神(いわがみ)武彦(たけひこ)。高校三年。


 先日、本当に命が危ない事件が起こった。


 中学の同級生の須佐昇君が、彼女の櫛名田(くしなだ)姫乃(ひめの)さんと携帯電話の登録名の事で揉めたせいで、僕にトバッチリが来た。


 幼馴染みで同級生で、その上付き合っていただいている(最近そんな風に思えて来た)都坂(みやこざか)亜希(あき)ちゃんに、彼女の登録名を追求され、まだ以前の「委員長」のままだった事を知られてしまい、怒らせてしまった。


 あれは僕が全面的に悪かった。本当に亜希ちゃんに申し訳ない事をした。


 その日のうちに訂正し、お詫びメールを入れ、次の日はバイトの帰りに買った花を持って謝りに行った。


 大袈裟に思われてしまうだろうが、僕に取ってはそれ程の事だったのだ。


「いいよ、もう、武君。私も大人気なかったし」


 花を差し出した時、亜希ちゃんはそう言って照れ臭そうに微笑んでくれた。


「ありがとう、亜希ちゃん」


 僕はようやくホッとし、二人で学校へと歩き出した。


「あれ?」


 亜希ちゃんが何かに気づく。


「ねえ、武君、まさか昨日泣いたの?」


「えっ?」


 亜希ちゃんは多分、僕の目が少し腫れているのを言っているのだろう。


 どうしよう? 本当の事を言ったら、軽蔑されそうだな。


「う、うん。亜希ちゃんに酷い事をしたと思って、泣いちゃった」

 

 そういう事にして、その場を収める作戦に出た。


「そ、そうなんだ、武君」


 亜希ちゃんが本当に嬉しそうに僕を見たので、罪悪感で押し潰されそうだ。




 本当は、泣いたから目が腫れているんじゃないんだよな。


 姉にも、


「あんたさ、姉ちゃんの名前、何て登録してるの?」


と訊かれて、見られちゃったんだ。


 僕はまさかそんな事になるとは思わなかったので、


「凶暴姉ちゃん」


て登録していたんだよね。


「武ェッ!」


 そりゃ怒るよね。怒られて当然だったので、僕は抵抗しなかった。


 姉もまさか僕が避けないと思わなかったのか、まともに正拳を繰り出して来た。


 で、見事にそれは僕の右目の上をクリーンヒット。


「わわっ、武、何で避けないんだよ?」


 姉の方が慌てていた。


 僕の目の上は鉛筆が載せられるくらい腫れてしまった。


「バカ、もう……」


 姉はすぐに氷水とタオルを持って来て、冷やしてくれた。


「何でだよ?」


 姉にはそれが凄く疑問だったらしい。


「だって、僕が全面的に悪いから……」


 僕はタオルのヒンヤリとした感じを心地よく思いながら答えた。


「バカなんだから、お前は……」


 そう言いながらも、姉は何故か涙ぐんでいた。


 またキュンとなってしまった。可愛いと思ってしまったのだ。


 しばらく僕はベッドに横になっていた。姉はその間ずっと、僕についていてくれた。


「もう大丈夫だよ、姉ちゃん」


 僕はタオルを取って言った。すると姉は、


「まだ腫れてるよ。それに、この前のお返し」 


「えっ?」


 ああ。食べ過ぎて苦しんでいた時にそばにいてあげた時の事?


「ごめんな、武。痛かったろ?」


 姉からそんな事を言われたのは多分生まれて初めてだ。


 そして、タオルを氷水に浸し、絞ってからもう一度僕の右の瞼に載せてくれた。


「あのままでいいよ」


「え?」


 一瞬、何の事かわからなかった。姉は自嘲気味に笑っている。


「確かに凶暴姉ちゃんだ。あのままでいいよ」


 そんな言われ方をして、本当にあのままにしたら、僕は随分な奴になってしまう。


「姉ちゃんは凶暴なんかじゃないよ。だから変更する」


 僕はタオルを取って起き上がり、姉を真っ直ぐに見て言った。


「そ、そうか。ありがとう、武」


 姉は何故か狼狽えた様子で、部屋を出て行ってしまった。


 ああ。またキュンとしてしまった僕。




 なんて事があったなんて亜希ちゃんに話したら、


「まだ姉離れできないの、武君?」


て言われちゃうからなあ。


 本当に僕、姉離れできるのかな?


 心配になって来た。

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