その四十一
僕は磐神武彦。高校三年。
先日、幼馴染で同級生で、現在交際中の都坂亜希ちゃんとプールデートした。
その時、中学の時に同級生だった櫛名田姫乃さんとその彼氏の須佐昇君に会った。
挙句の果てに、凶暴な姉まで登場して、散々な思いをしたが、それなりには楽しかった。
それで。
困った事が起きている。
「おはよう」
須佐君が、何故か朝早くウチにやって来た。
「お、おはよう。どうしたの、須佐君?」
須佐君の後ろには、同年代の男子が三人、ついて来ていた。
「あ、僕の高校の同級生」
「よろしく」
愛想が良いのでホッとしたが、何の用だろう?
須佐君はモジモジしていたが、
「あ、あのさ、お姉さんは?」
「は?」
まさか!? この子達、姉が目当て? 須佐君まで?
すると僕の視線に気づいた須佐君が、
「僕が、君の友達だってどこかで聞いたらしくて、どうしてもお姉さんに会いたいって言うんだ」
と小声で事情を説明してくれた。
「須佐君は違うの?」
「え、ぼ、僕はその……」
下を向いてしまったら、肯定したのと同じだよ、須佐君。
「姫乃には言わないで」
「言わないよ」
僕はこう見えても口が堅いのだ。
「ナニナニ、どうしたの?」
そこへご本人が登場してしまった。
タンクトップにショートパンツ。
高校生男子には、刺激的な服装だ。
「おおお!」
須佐君以下、四名が感嘆の声を上げた。
キッチンに行き、姉は上機嫌でアイスコーヒーの用意をしている。
「ご機嫌だね、姉ちゃん」
僕はそれを呆れて見ていた。すると姉は、
「あったり前じゃん。年下の子に好かれるのって、嬉しいものよん」
「フーン。憲太郎さんに写メ送っちゃおうかなあ」
僕が意地悪く言うと、姉はニコッとして、
「いいわよん。そんな事で怒るようなリッキーじゃないから」
「……」
憲太郎さん、すっかり手玉に取られてるのかな?
可哀相だ。
「はーい、お待ちどう様!」
姉はいつになく高いテンションで居間にいる須佐君達にアイスコーヒーを出した。
「あ、ありがとうございます!」
須佐君はそうでもなかったが、彼について来た三人は、姉がグラスをテーブルに置く時にしっかり胸を見ていた。
ユルユルの襟元がダラーンとしていて、谷間が丸見えなのだ。
僕でさえドキッとするのだから、彼らは相当心拍数が上がっているだろう。
姉はしばらく楽しそうに彼らと話していたが、
「じゃ、私、出かけないと」
と言い、居間を出て行った。
姉が家を出たのを確認すると、
「うおおお! 最高! 最高だよ、磐神君のお姉さん!」
三人の男子の大興奮が始まった。そうかなあ。
「ホントに羨ましいなあ、あんな奇麗なお姉さんがいて。俺は男兄弟だから、苛められてばかりだよ」
三人の一人、田路君が言った。
「いや、姉でも、苛められるから」
僕は苦笑いをして言った。しかし、田路君は、
「いやいや。お姉さんなら、殴ったりしないでしょ? ウチの場合、目から火が出るほど殴られるから」
僕も同じだよ。そう言いたかったが、彼らが盛り上がっているんだから、水を注すのも悪いと思い、何も言わなかった。
「ウチは妹がいるんだけどさ、生意気なだけで全然可愛くないんだ」
と言ったのは、宇賀谷君。僕は妹が欲しいと思った事がたびたびある。でも言えない。
「いいよなあ、でも。俺、一人っ子だからさあ」
そう言って寂しそうに笑ったのは、伊佐那君だ。
「やっぱりさ、奇麗なお姉さんは、男の理想だよなあ」
三人は大いに共感し合い、僕を羨ましがった。
「今度さ、プールに一緒に行こうよ。須佐君の彼女も、磐神君の彼女も誘ってさ」
田路君が言い出す。
「もちろん、お姉さんも誘ってね」
宇賀谷君が僕を見てニッとする。僕は苦笑いするしかない。
「わかった。姉ちゃんに伝えておくよ」
彼らは大いに喜び、帰って行った。須佐君が去り際に、
「くれぐれも、姫乃には内緒でね」
「わかったよ、安心して」
僕は微笑んで彼らを送り出した。
姉に言えば、「快諾」するだろうけど、どうしたものかな?
須佐君は、あまり乗り気じゃないみたいだし。
それから少しして、僕は亜希ちゃんと図書館に行き、お勉強タイム。
「ちょっと休もうか、武君」
「うん」
僕達はロビーにある自販機でコーラを買って飲んだ。
そしてつい、今日あった事を亜希ちゃんに話してしまった。
「へえ、美鈴さん、モテモテね」
「うん。でも、櫛名田さんには内緒だよ。須佐君が困るみたいだから」
僕がそう言うと、亜希ちゃんは、
「姫ちゃんはそんなにヤキモチ妬きじゃないわよ。むしろ、私の方がヤキモチ妬きよ」
とギクッとするような事を言った。
「例えお姉さんでも、あんまりベタベタしないでね、武君」
怖い。亜希ちゃん、その目、怖いよ。
「アハハ、ウソよ。武君たら、そんなに驚かないでよ」
亜希ちゃんは笑いながら言った。僕はホッとした。
僕達は勉強に戻り、しばらくして図書館を出た。
「やあ、仲良くお勉強?」
玄関で、憲太郎さんに会った。
「はい。憲太郎さんは、姉と一緒じゃなかったんですか?」
僕はそう聞いていたので、尋ねてみた。すると憲太郎さんは、
「さっきまで一緒だったんだけど、先に帰ったんだ。もう家にいるんじゃないの」
「そうですか」
憲太郎さんといられる時は、できるだけ一緒にいたがる姉にしては珍しい事もある。
どうしたんだろう?
僕と亜希ちゃんは憲太郎さんと別れて、家路に着いた。
「具合でも悪いんじゃないの、美鈴さん」
亜希ちゃんが言った。
「まさか。生まれてこの方、風邪もひいた事がない人が?」
「うーん」
それを言われると、亜希ちゃんも何も言えないみたいだ。
そんな事を言いながらも、亜希ちゃんと別れてから、僕は急に不安になって家に走った。
「姉ちゃん!」
居間にもキッチンにもいない。
本当に具合が悪いのかな?
「姉ちゃん?」
部屋のドアをノックした。
「ああ、武ェ、助けてえ」
「え?」
そんな姉の情けない声を聞いたのは初めてだった。
「どうしたの、姉ちゃん?」
僕が部屋に飛び込むと、姉はベッドの上で布団に包まっていた。
「少し落ち着いたみたい……。でも、まだダメ……」
「どうしたの?」
僕は心配になって姉に近づいた。
「食べ過ぎて、お腹痛い……」
「……」
心配して損した。でも、苦しそうなのは本当みたいだ。息が荒い。
「そんなに食べたの?」
「うーん。ケーキ食べ放題だったから、二十個食べたら、気持ち悪くなった……」
自業自得。それにしても、二十個は凄いな。
「心細いから、そこにいて……」
ウルウルした目でそう言われた。僕が他人なら、恋に落ちているだろうな。
「いいよ。バイトまでまだ時間あるから」
「ありがとう、武君」
いつもこういう「お姉さん」なら、僕も大歓迎なんだけどね。