その三(姉)
私は磐神美鈴。
名前は気に入っているのだが、苗字は嫌い。
何だか重々しそうで、私のセンスに合ってない。
でも、この苗字は父の姓でもある。だから本当は好き。
大好きだった父。
私が六歳の時、交通事故で他界した。
でも私にはヘタレな弟がいるので、泣いている暇はなかった。
弟の名前は武彦。もしかすると史上最弱の弟かも知れない。
そんなランキングないだろうけど。
そんなヘタレな弟に何故か「女」がいる。
おっと、下品かな。
幼馴染と言えばいいのかな。
その子は都坂亜希。
私と一緒で、苗字が重過ぎて名前が潰されそうな子だ。
これは私の勘だが、亜希ちゃんは武彦に気があるようだ。
でも武彦はその事に気づいていない。
その辺も地味にヘタレだ。情けない。
それにしても何で彼女は武彦の事が好きなんだろう?
武彦の話では、高校でモテモテらしいのだが。
趣味が悪いとしか言いようがない。
あんなヘタレ男のどこがいいのよ。
亜希ちゃんは何故か今日は武彦の部屋にいる。
あいつが赤点取ったので、追試らしい。
クラスの委員長として学習指導に来ているというが、どうもそれだけじゃなさそうだ。
いくらへタレでも、あんな可愛い子と二人っきりで長時間過ごせば、野生が目覚めるかも知れない。
私は亜希ちゃんの身を案じて、定期的に巡回する事にした。
「ジュースでも飲む?」
私はノックもせずにいきなりドアを開いた。
衝撃の現場を見たいがために。
でも二人は真剣に勉強をしていた。
並んで座っているかと思ったが、小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。
家庭教師とその生徒みたいな構図。
我が弟ながら本当に情けない姿だ。涙出そう。
「ありがとうございます、お姉さん」
こちら向きに座っていた亜希ちゃんが顔を上げて言った。
私は貴女のお姉さんじゃないわよ、なんて意地悪な小姑みたいな事は言わない。
「サンキュー、姉ちゃん」
武彦は振り返りもせずに言った。
私はグラスをテーブルに置いて、
「何かあったらいつでも呼んでね、亜希ちゃん。こいつ、人畜無害そうに見えるけど一応男だから」
とトレイで軽く武彦の頭を叩いて言った。
「ってえな、もう」
頭を抑えて武彦が私を見上げる。亜希ちゃんはニッコリして、
「大丈夫です。武君は紳士ですから」
「そう?」
私は武彦に疑いの眼差しを向けてから、部屋を出た。
「?」
私は自分の感情に違和感を覚えた。
亜希ちゃんが心配なので部屋を覗きに行ったのに。
武彦が亜希ちゃんと仲良くしてないか心配している自分がいる。
何の心配よ?
むしろあんな弟に可愛い彼女ができた方が嬉しいじゃない?
何だろう? そうは思えない私が確実に心の中にいる。
嫉妬? まさか。何で弟の彼女に嫉妬するのよ。
私は断じて「弟萌え」ではない。
彼だっているんだし!
何か腹立って来た!
よし、決めた。
亜希ちゃんが帰ったら、あいつにキャメルクラッチかけてやる!
ヘタレだけど最愛の弟に。