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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
38/313

その三十七

 僕は磐神いわかみ武彦たけひこ。高校三年生。昔、そんなタイトルの歌があったと聞いた事がある。


 夏休み直前の連休の二日目、僕は彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんとのデートの待ち合わせをしていた時、中学の同級生の櫛名田くしなだ姫乃ひめのさんに会った。


 そして、


「明日、二人きりで花火大会に行こう」


とメールをもらった。


 小悪魔全開の櫛名田さんは、亜希ちゃんに、


「どうしても磐神君と一度だけデートがしたい」


と懇願したらしい。


 人の好い亜希ちゃんは、断りきれずに承諾。僕も亜希ちゃんの「お許し」が出てしまったので、櫛名田さんと「花火大会」デートをする事になった。


 


 そして、次の日。花火大会当日の夕方。


 珍しく休みが一緒になった姉が、嬉しそうに浴衣に着替え、迎えに来た婚約者の力丸憲太郎さんと出かけた。


 まずいなあ。


 姉には、櫛名田さんとの花火デート、話してないよ。


 どこかで見られたら、その場で殺されてしまいそうだ。


 僕は窮余の策として、憲太郎さんの携帯にメールで事情説明を送信しておいた。


 これで、突発的な事故は回避できるだろう。


 母は久しぶりに取れた休みなので、家でゆっくりすると言ってた。


 僕は母には事情を説明した。


「いろいろ大変ね、武彦も」


 何だか母は、


「この色男!」


とか言って、妙に嬉しそうだ。


「姉ちゃんには後で僕から話すから、言わないでよ」


「話さないわよ。でも美鈴が、自分に最後に話したって知ったら、怒るだろうなあ」


 母はニヤリとして僕を見た。


「や、やめてよ、脅かすの! 憲太郎さんにはメールで説明しておいたんだから」


「それ、もっとまずいんじゃないの?」


「え?」


 母のその言葉に、僕は本気で家出を考えた。




 そして、僕はいつもの格好で駅前へと向かった。


「あれ?」


 亜希ちゃんがいる。浴衣を着てる。金魚の柄だ。


 可愛い。可愛すぎるよ、亜希ちゃん。


「あら、武君」


 亜希ちゃんは団扇うちわを振った。


「一人?」


「当たり前じゃない。彼氏は浮気中なんだから」


 悪戯っぽく笑って、軽いジャブを放つ亜希ちゃん。僕は苦笑いして、


「浮気だなんて、そんな……」


「あら、本気なの?」


 亜希ちゃんが笑って言う。しかし、目が笑っていない気がした。


「ち、違うよ!」


 僕は赤面して否定した。


「相変わらず、仲がいいね、二人共」


 後ろから声をかけられた。


「あ、須佐君」


 そこには、櫛名田さんの本来の彼である須佐昇君がいた。しかも、浴衣姿だ。


「ごめん、遅れて」


 は? 須佐君が、亜希ちゃんに言った。


「私も今来たとこ」


「そうなんだ」


 えええ? 亜希ちゃん、須佐君とデートなの?


「何?」


 ニヤニヤした亜希ちゃんが僕を見る。須佐君はバツが悪そうだ。


「これが、姫ちゃんに出した交換条件。私が須佐君と花火デートするの」


「……」


 今まで、随分辛い思いや悲しい思いをして来たけど、今日ほどではなかった気がする。


「ご、ごめんね、磐神君」


 須佐君が言ってくれたが、僕は呆然としたままだ。


「待った、磐神君」


 櫛名田さんが後ろからいきなり腕を組んで来た。


「い、今来たとこだから」


 僕は辛うじてそう言った。櫛名田さんは裾の短い浴衣を着ていて、太腿まで見えそうだ。


「うわあ、姫ちゃん、大胆! すごいね、その浴衣」


 亜希ちゃんが顔を赤らめて言う。須佐君と僕は、まともに櫛名田さんを見られない。


「でも、可愛いでしょ? どう、磐神君?」


 櫛名田さんはクルッと回ってみせた。そのせいで、腿がもっと見えてしまう。


「か、可愛いよ」


 僕はチラッとだけ見て言った。すると亜希ちゃんが、


「武君は、足フェチだから、すごく嬉しいと思うよ」


と言い、僕をキッと睨む。わ、亜希ちゃん、少し不機嫌モード?


「そうなんだあ、良かった、頑張った甲斐がある!」


 櫛名田さんはニコニコして、とても嬉しそうだ。須佐君と僕は思わず顔を見合わせて、溜息を吐いた。


 僕達って、何なのさ? ふとそんな事を思ってしまった。


 


 僕達は、花火大会の会場である河川敷に向かう。


 途中たくさんの夜店が出ていて、僕達はいろいろ食べたり、遊んだりしながら、メインイベントである花火の打ち上げを待った。


「始まった!」


 櫛名田さんが夜空を指差す。


「わあ!」


 夜空に咲く、大輪の花。奇麗だ。


 僕はつい、亜希ちゃんと須佐君が気になり、見てしまう。


 二人も夜空を見上げていた。


「奇麗……」


 うっとりと花火を見る櫛名田さんの顔は、確かに可愛いし、素敵だ。


 でも、僕はやっぱり亜希ちゃん……。え?


 急に櫛名田さんが僕の視界いっぱいになった。


「……」


 櫛名田さんの柔らかい唇が、僕の唇に触れた。


「ありがとう、磐神君。楽しかった」


 櫛名田さんは照れ臭そうに言った。


「……」


 僕はあまりの事に何も言えずにいた。


 


 そして花火大会は終了。僕らの「交換デート」も終わった。


「はい、お互い、捕虜交換ね」


 櫛名田さんが酷い事を言う。


「捕虜って……」


 須佐君が不満そうに櫛名田さんを見る。櫛名田さんは、ニッコリして、


「おかえり、昇」


「あ、ああ」


 櫛名田さんの笑顔に、須佐君は全面降伏らしい。「こうふく」の字が違うかな?


「じゃあね」


 現地解散し、僕らは河川敷を離れた。


「武君」


 ギク。今日は久しぶりに怖い亜希ちゃんだ。でも何となく心地良いのは何故?


「姫ちゃんとキスしたでしょ?」


「え?」


 驚いた。心臓が止まりそうだ。まさか、見てたのか? すると亜希ちゃんは、


「私も須佐君としたから、おあいこね」


「ええええ!?」


 もっと驚いた。今確実に一瞬、心臓が止まった気がする。


「ウソよ。そんな事する訳ないでしょ」


 亜希ちゃんはニコッとして、その後ペロッと舌を出す。


 あああ。可愛い。こんな可愛い子を、僕は裏切ったのか……?


「でも、許してあげる。姫ちゃんは私の親友だし、武君は私の王子様だから……」


「は?」


 亜希ちゃんは真っ赤になって走り出す。


「ああ、亜希ちゃん、今何て言ったの?」


「知らない!」


 陸上部の元エースと帰宅部の僕では勝負にならず、亜希ちゃんは走り去ってしまった。


「ああ……」


 僕は仕方なく、一人で家に帰った。


 忘れていたのだ。僕はその時……。




「武ェッ! お前、亜希ちゃんじゃなくて、他の女の子とデートしてたなあああ!」


 玄関を開けると、仁王立ちの姉が待っていた。花柄の浴衣のはずなのに、炎の柄に見える。


「うわわ、憲太郎さんに何も聞いてないの?」


「リッキーがどうしたのよ!? 関係ないでしょ、このバカ男!」


 僕は姉の怒りの拳を食らい、涙を流した。


 憲太郎さん、話してくれなかったの?


 僕は何とか怪獣「姉ちゃん」から逃げ出し、自分の部屋に避難した。


「あ」


 憲太郎さんからメールが来てる。件名が「ごめん」? どういう事?


「ごめん、武彦君。美鈴に話をできなかった。このメールを見たら、僕の家に来て。かくまってあげるから」


 遅いです、憲太郎さん……。


 僕は痛い頭を撫でながら、亜希ちゃんに電話をした。


 謝らなくちゃ。このままじゃ、いけない。


「はい」


 亜希ちゃんは泣いていたのだろうか、声が上ずっていた。


「亜希ちゃん、ごめん」


「いいの。元はと言えば、姫ちゃんとのデートを私が承諾したのが悪いんだから。私の方こそ、ごめんなさい」


「亜希ちゃん……」


 亜希ちゃんは、僕が苦しんでいると思い、泣いていたのだそうだ。


 ううう。僕も泣きそう。


「僕には、亜希ちゃんしかいないから。亜希ちゃんが大好きだから!」


「武君」


 僕らは、時間を忘れて泣いてしまった。もう、こんな辛い思いはしたくない。


「武」


 姉の声がした。


「な、何?」


 僕は高速でドアを開いた。


「ごめん、武。事情も聞かずに殴ったりして……。母さんとリッキーから聞いたよ」


 ちょっとだけ恥ずかしそうな顔で、姉が謝ってくれた。


「あ、別にいいよ、僕が悪いんだからさ」


と言った。すると何故か姉はニヤリとして、


「よし。姉ちゃんは謝ったからな。その件に関しては、それでおしまい。でも、別件がある」


「は?」


 またいきなり鉄拳が頭蓋骨を揺らした。


「いったあああ! 何するんだよ、姉ちゃん!?」


 僕は涙目で姉を睨んだ。すると姉は、


「どうしてそんな大事な事を、姉ちゃんに最後まで言わないんだ、バカ武ェッ!」


 ああああ! しまった! 忘れてた!


 そして僕は、ボコボコにされた……。

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