表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
高校三年編
37/313

その三十六

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。高校三年。


 この前の連休に、幼馴染で現在交際中の都坂みやこざか亜希あきちゃんとプールデートをした。


 あれほど見たかった亜希ちゃんの水着姿だったのに、僕は全く記憶していない。


 何故なら、プールに行く直前、中学の同級生の櫛名田くしなだ姫乃ひめのさんに、


「私、本気だから」


などという「爆弾発言」を投下されたからだ。


 結局その日は、何も考える事ができず、翌朝になって頭の中を整理して、ようやく亜希ちゃんに電話する事ができた。


「そうなの」


 亜希ちゃんも僕が櫛名田さんに言われた事より、須佐君と櫛名田さんの仲が深刻な状態なのを気にしていた。


「でもさ」


 亜希ちゃんが携帯を切り際に言う。


「武君て、ホントに女の子に優しいのね」


「え?」


 何か、すっごく怖いんですけど、今の発言。


「この件は私に任せて。姫ちゃんと話してみるから」


「う、うん。頼むよ、亜希ちゃん」


 僕は祈るような気持ちで携帯を切った。


 櫛名田さん、きっと須佐君に当てつけで僕にあんな事を言ったのだから、真に受けてはいけない。


 でも、彼女を傷つけるような事もしたくないしなあ。


「ひっ!」


 などと考えていると、その櫛名田さんからメールが届いた。


 ドキドキしながら、開いてみる。


「連休の最終日の明日、花火を見に行かない? もちろん、二人きりでよ」


 うわわ! 最後にハートマークが踊っている。


 どうしよう? すぐに亜希ちゃんに連絡した方がいいかな?


 アタフタしていると、今度は知らない携帯から着信。


 誰だろう? 間違い電話かな?


 僕は恐る恐る出てみた。


「はい」


「あ、磐神君?」


 うん? この声は、もしかして……?


「須佐君?」


「うん。今大丈夫?」


 びっくりだ。須佐君からだ。でも、どうして僕の番号知ってるの?


「都坂さんから聞いたんだ。ごめんね」


「え、いや、別に……」


 須佐君が何に対して謝ったのか良くわからなかった。


「昨日、姫乃と駅前広場で話していたでしょ?」


「え?」


 何だ、須佐君、見てたのか……。だったらどうして、などと思うのは、意地悪だな。


「あいつ、何を話したの?」


 須佐君はドキドキしているのだろう。声が震えているのがわかる。


 僕もドキドキして来た。


「不良に絡まれた時、君が櫛名田さんを置き去りにしたって……」


「……」


 須佐君は黙り込んでしまった。言うべきではなかったのか?


「そうか。やっぱり……」


 須佐君は何度も溜息を吐いていたが、


「どうすればいいと思う? 僕、わからないんだ」


 僕は自分の立場に置き換えてみた。どうすればいいだろう?


 ああ。


 僕の場合、不良が絡んで来ない。


 特にこの界隈では、僕にちょっかい出す不良はいないのだ。


 何故なら僕は、「磐神いわがみ美鈴みすずの弟」で通っているから。


 中学時代に僕を苛めていた奴らですら、嫌味を言って来たりはするけど、絡んでは来ない。


 何だか恥ずかしいが、仕方がない。


 うーん。それにしても、どうしたらいいのかな?


 そして、結論を出す。


「謝るしかないよ。櫛名田さんは君に戦って欲しかった訳じゃないんだ。置き去りにされた事を悲しんでいるんだと思うよ」


「そうか」


 須佐君の声はすっかり沈んでいた。


「謝るのは恥ずかしい事じゃないよ、須佐君。僕なんか、ほとんど毎日謝ってるよ」


「そ、そうなの?」


 須佐君の声が少しだけ明るくなった。僕は苦笑いして、


「そうさ。櫛名田さんだって、君が心から謝罪すれば、許してくれるよ」


「ありがとう、磐神君。これからも、時々電話していいかな?」


 須佐君は嬉しそうだ。


「時々じゃなくて、頻繁でもいいよ。僕達、友達でしょ?」


「うん」


 須佐君はもう一度「ありがとう」と言って、通話を切った。


「お」


 今度は亜希ちゃんからだ。


「はい」


「あ、武君、須佐君から電話あった?」


「あ、あったよ。さっきまで話してたんだ」


「そうなの」


 僕は須佐君に話した事を掻い摘んで亜希ちゃんに言った。


「美鈴さんの知り合いだって言うのが、不良に絡まれた時の一番の対処法ね」


 亜希ちゃんが楽しそうに言った。


「そうかもね」


 僕も笑って応じる。


「あ」


 僕は櫛名田さんのメールの事を思い出した。


「どうしたの、武君?」


 僕は迷わず亜希ちゃんに話した。すると亜希ちゃんは、


「武君はどうなの? 姫ちゃんと花火見に行きたいの?」


 ギクッとするような質問。僕は即座に、


「そんな事、全然ないよ。僕は亜希ちゃんと行きたいよ」


「ありがと、武君」


 亜希ちゃんはとても嬉しそうだった。


「でも、行ってあげて、武君」


「え?」


 な、何ですと!? それはどういう事?


「実はね、さっき姫ちゃんと話した時、その事を言われたの」


「そうなんだ」


 でも、どういう展開?


「武君と一回だけどうしてもデートしたいって、お願いされちゃったの」


「は?」


 えええ!? 亜希ちゃん公認で、櫛名田さんとデート?


 でも、須佐君の立場は?


「親友にそんな風に頼まれたら、断れなくて。ごめんね、武君」


「え、いや、そんな、亜希ちゃんがそう言うなら、仕方ないよ」


 僕は須佐君の悲しそうな顔を思い浮かべて、


「でも、須佐君に悪いなあ。どうしよう?」


「須佐君には、それを交際復活の条件として認めさせるって言ってたわ」

 

 ふああ。櫛名田さん、すっごく悪女の才能があるなあ。


 何だか、僕と須佐君て、もてあそばされてるだけかも。


「でもね、武君」


「はい?」


 急に亜希ちゃんが厳しい口調になる。


「それをきっかけに、姫ちゃんに乗り換えたりしたら、許さないわよ」


「ま、まさか!」


 僕達は笑って電話を切った。


「朝食だって、何度言えば返事するんだ、バカ武ェッ!」


 いきなり飛び込んで来た姉が、強烈なナックルパートを放って来た。


「いったあああ!」


 その衝撃は、目が飛び出してしまうのではないかと思うほどだった。




 でも、櫛名田さんとのデートがそれ以上に衝撃的になるとは、その時は夢にも思わなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ