その三十四
僕は磐神武彦。高校三年。
先日、同窓会で、久しぶりに中学の同級生達と会った。
みんなそれぞれの道を歩み始めていて、僕なんかよりずっと大人に見えた。
その中で、当時クラス委員の座を僕の彼女である都坂亜希ちゃんと交代で務めていた櫛名田姫乃さんに、
「磐神君の彼女に立候補しようかな?」
と言われ、衝撃を受けた。
僕の異変に気づいた亜希ちゃんに問い詰められたが、さすがにそんな話はできず、僕は言わなかった。
そして、家に帰り、ジーパンのポケットに紙切れが入れられているのに気づいた。
それには、櫛名田さんの携帯の番号とメールアドレスが書かれていた。
どういう事? まさか、本気? 本気で僕の彼女に立候補?
それ、困るよ。亜希ちゃんと櫛名田さんが……。
普通の男子なら、夢のような出来事だろうけど、僕には悪夢以外の何ものでもない。
学校で顔を合わせると、亜希ちゃんは何かを聞きたい素振りを見せるが、僕はわざと気づかないフリをして誤魔化していた。
全くの想定外だったが、僕と亜希ちゃんの関係が、急にギスギスして来ているのがわかった。
僕は彼女と二人きりにならないように動き、亜希ちゃんは僕を見ると物憂げな顔をする。
何でこんな事になったんだろう?
僕はどうすればいいんだろう?
思いあぐねて、僕は姉に部屋に来てもらって、相談した。
「バカ!」
いきなり本気モードの拳骨が炸裂し、僕は目から火花が出た。
「痛いよ、姉ちゃん……」
僕は涙を流して姉を睨んだ。
「亜希ちゃんの心は、もっと痛いんだよ、この鈍感!」
姉は何故か涙ぐんでいた。僕はそれに気づいてビクッとした。
「どうして隠すんだよ? 亜希ちゃんに後ろめたい気持ちがあるのか?」
その言葉は、僕の心の深いところをグリッと抉った。
「な、ないよ。そんなの、ない!」
僕まで泣きそうだ。
「だったら、正直に亜希ちゃんに話せ。隠し事をするな」
「う、うん」
姉は仁王立ちになり、
「姉ちゃんは、お前と亜希ちゃんが喧嘩したら、絶対に亜希ちゃんの味方をするから、覚悟しろ」
「ええ?」
最後通告を突きつけられた思いがした。
姉はまるで「大魔神」のように僕の部屋を出て行った。
今、僕は悪代官の心境だった。
そして翌日。
僕は亜希ちゃんの家の前で、彼女が出て来るのを待った。
「あ」
「おはよう、亜希ちゃん」
僕はいつもの笑顔で言った。亜希ちゃんはぎこちなく微笑んで、
「お、おはよう、武君」
彼女はそのまま一人で行こうとしたので、
「ご、ごめん、亜希ちゃん」
僕は追いかけて前に回り込み、謝った。
「え?」
亜希ちゃんはキョトンとした。
そして僕は、絶交されても仕方がないと思いながら、櫛名田さんの事を話した。
「黙ってて、ごめん」
僕はもう一度頭を下げた。すると亜希ちゃんは、
「やっぱりね」
「え?」
顔を上げると、亜希ちゃんはニコニコしていた。
「どういう事?」
僕は不思議に思って尋ねた。
「遅刻しちゃうから、歩きながら話そうか」
「うん」
亜希ちゃんはどうして笑ったのか、話してくれた。
「あの日ね、私、須佐君から告白されたの」
「えええ?」
こんなにも狼狽える自分が恥ずかしい。亜希ちゃんは僕のナイスリアクションを見て笑い、
「でも、すぐにお断りしたわ。彼ね、姫ちゃんに当てつけで、私に告白したのよ」
「え?」
何だ? 良くわからないんだけど。
「あの二人、噂通り、付き合ってたの。でも、最近うまくいってなかったらしくて。それで同窓会を企画して、姫ちゃんにヤキモチ妬かせようとしたんだって」
「子供みたいだね」
僕は言ってみた。亜希ちゃんも頷いて、
「でも、可愛いじゃない、そんな事するなんて。しかも、姫ちゃんも同じ事を考えていたみたいだし」
「ああ」
僕はやっぱり担がれたのか。でも、ホッとした。
櫛名田さんと亜希ちゃんの仲が悪くなるなんて、考えただけで怖い。
「でね」
亜希ちゃんは僕の前に立ち塞がった。
「はい、携帯出して」
「え?」
ギクッとする。まずい、櫛名田さんの電話番号とメルアド、登録してしまった……。
「冗談よ。姫ちゃんとも、お友達になってあげてね、武君」
「う、うん……」
亜希ちゃん……。今、本当に心臓が止まるかと思ったんだよ……。
これは彼女の余裕なのだろうか?
尻に敷かれそうな予感。でも、亜希ちゃんのお尻になら……。
コホン。
でも、これで本当に丸く収まったのかな?
ちょっとだけ心配だった。