その三十二
僕は磐神武彦。高校三年。
今週は期末テスト。だから毎日早く帰れる。
考えてみると、一年と二年の時は、毎日家に帰るのが嫌だった。
胃に穴が開きそうになるくらい辛かった。
でも、今年は違う。
幼馴染で、現在交際中の都坂亜希ちゃんと勉強をしたのだ。
亜希ちゃんは部活動の最後の大会の百メートル走で一位になり、有終の美を飾った。
僕は応援席で号泣してしまった。
周囲にいたクラスメートにドン引きされたが、亜希ちゃんはそんな僕の事を凄く喜んでくれた。
「ありがとう、武君。最後に武君と喜びを分かち合えて、本当に嬉しい」
僕と亜希ちゃんは、人目も憚らず抱き合って泣いた。
でも、それを誰も冷やかしたりせず、一緒に喜んで泣いてくれたのは、もっと嬉しかった。
その勢いも手伝ったのか、僕は中間テストの時とは別人のようになった。
「慌てないでね、武君」
「うん」
全力を出す事を誓い合い、僕と亜希ちゃんはテストに臨んだ。
世の中、絶対はないが、僕は自信があった。
学年一番の成績の亜希ちゃんと勉強したんだ。
それが支え。
その支えで、僕はテストの期間を乗り切った。
後は結果待ちだ。
さすがに最終日はドッと今までの疲れが出て、フラフラした。
「ねえ、何か食べて行こうよ」
間食は絶対しないはずの亜希ちゃんが、珍しくモスドナルドに誘った。
「いいよ」
僕は二つ返事で答えた。
窓際の席に相向かいで座る。亜希ちゃんの顔が近い。
「頑張ったね、武君。去年とは見違えるようだったよ」
テストが終わると二人で答え合わせをしたので、およその結果は把握しているのだ。
「みんな、亜希ちゃんのおかげだよ。ありがとう」
僕は亜希ちゃんを真っ直ぐに見てお礼を言った。
「やだ、恥ずかしいよ、武君」
照れる亜希ちゃんも可愛い。
「でもさ、美鈴さんも助けてくれたんでしょ? お礼を言った方がいいよ」
亜希ちゃんは赤くなりながら、話題を逸らそうとした。
「姉ちゃんは怒るばっかりで、全然助けてくれてないよ。むしろ邪魔された気分」
僕がそう言うと、何故か亜希ちゃんは苦笑いして、
「そのくらいでやめた方がいいよ、武君」
「え?」
ハッと思った時は、もう遅かった。
「ぐえええええ!」
いきなり後ろからスリーパーホールド。姉が降臨したのだ。
「武ェッ! 姉ちゃんの事、そんな風に思ってたのかァッ!」
「ご、ごめん、姉ちゃん、冗談、冗談だよ……」
僕は必死でタップした。しかし姉はやめてくれない。周囲のお客も店員も唖然としている。
「来週の炊事当番、ずっとお前がするなら許してあげるよ!」
「わ、わかったよ、ずっとするから!」
ようやく僕は解放された。
「亜希ちゃんが証人だからね」
姉はスキップを踏みながら、店を出て行ってしまった。まるで台風だ。
「凄いのね、美鈴さんて。私、武君が話を大袈裟にしているのかと思ってた」
亜希ちゃんは目を丸くして感想を述べた。僕は首をさすりながら、
「ね、わかってくれた? 姉ちゃんは凶暴なんだよ、本当に」
「やめた方がいいよ、そんな事言うの」
また亜希ちゃんがドキッとする事を言う。
「わ!」
ふと見ると、窓の向こうに姉が立っていた。まるでホラー映画の殺人鬼のように。
今日は友達の家にでも泊まろうかな?
僕は本気でそう思った。