その三十
僕は磐神武彦。高校三年生。
凶暴でガサツな姉と、気が強いけどお淑やかな彼女がいる。
で。
明日はその凶暴な姉の誕生日。
もう一週間くらい前から、アピールされている。
「姉ちゃんも、遂に二十一になってしまうよ。大人の階段を昇り始めたよ」
どこかで聞いた事があるようなフレーズを織り交ぜた、強烈なアピールだった。
何しろ、羽交い絞めにされて耳に吐息をかけるようにして言われたのだから。
そういう事すると、恋人の憲太郎さんに言いつけるぞ!
もちろん、そんな事はできない。
したらどうなるか、よくわかっているからだ。
脅迫紛いの誕生日プレゼントの要求に、僕は困った。
意に沿わないものをあげたりしたら、何を言われるかわからない。
だから僕は、現在交際中の、一番頼りになる都坂亜希ちゃんに尋ねる事にした。
「誕生日のプレゼント、どんなものがいいと思う?」
僕はまるで命懸けの冒険に出る船乗りの心境で訊いた。
「美鈴さんは、アクセサリーとかあまり好きじゃないのよね」
亜希ちゃんも真剣に悩んでいる。何しろ、僕の命に関わるかも知れないからだ。
あ、いや、それは大袈裟か。
「うん。指輪もしないし、イヤリングもしないし。ネックレスもした事ないなあ」
「そうかあ。難しいね。何がいいのかな?」
亜希ちゃんは小首を傾げて考え込む。可愛い。見とれてしまう。
「憲太郎さんに相談したら?」
「でも、憲太郎さんは憲太郎さんでプレゼントするだろうから……」
僕がそう言うと、亜希ちゃんはちょっとだけ呆れた顔になって、
「だから相談するのよ。同じ物をあげたら、まずいでしょ?」
「あ、そうか」
さすが亜希ちゃんだ。
「わかった。訊いてみるよ」
「決まったら連絡してね。私もお金出すから」
僕は亜希ちゃんと別れ、憲太郎さんがいると思われる柔道場へ行った。
憲太郎さんの練習風景は初めて見る。
道場は凄い熱気だ。外のジメジメした天気が気にならないくらい中は暑く、独特の臭いがする。
「ああ、武彦君」
休憩に入ったところで、憲太郎さんが僕に気づいた。
「どうしたの、こんなところまで来て? 美鈴は?」
「いえ、僕一人です。ちょっと相談したい事がありまして」
憲太郎さんはタオルで汗を拭いながら、
「何? 美鈴の事?」
「はい。誕生日のプレゼントの事で」
「ああ」
驚いた事に、憲太郎さんもその事で僕に相談しようと考えていたそうだ。
「僕も困ってるんだよ。美鈴ってさ、普通女の子が喜びそうなものをあげても、全然喜んでくれないからさ」
「そうなんですか」
完全に当てが外れた僕は、ガッカリした。
「いっその事、本人に訊いてみるというのはどうかな?」
憲太郎さんは本気でそう言った。
「無理です。殺されます」
僕は断固拒否した。憲太郎さんは苦笑いして、
「それは大袈裟だよ。でも、何が欲しいのか訊いて、それを買ってあげるのが一番だと思うけどなあ」
確かに普通の女の子を相手にするなら、それが正解だろう。
しかし、相手はあの姉なのだ。
そんな正攻法が通用するとは思わない。
「何かヒントになるモノがあればいいんだけど」
僕と憲太郎さんは、すっかり考え込んでしまった。
何も思いつかない僕達は、危険を覚悟で「ベタ」なプレゼントをする事で一致した。
そして、誕生日当日。
その日は平日で、僕は高校、憲太郎さんは大学。姉はアルバイト。
そして、夕方から僕はコンビニのバイトだったけど、それを休んだ。
憲太郎さんは姉を誘い出し、姉は夜間の講義を欠席した。
「誕生日、おめでとう」
以前僕が亜希ちゃんに誕生日を祝ってもらったレストランで、パーティを開いた。
出席者は、母、憲太郎さん、亜希ちゃん、僕。
「あれ?」
驚いた。姉が涙ぐんでいる。
そしてみんながそれぞれ姉にプレゼントを渡す。
「ありがとう」
とうとう姉は泣き崩れてしまった。
「美鈴、しっかりしなさいよ」
そう言っている母も涙ぐんでいる。亜希ちゃんも目をウルウルさせて、二人を見ていた。
「こんなにみんなに祝ってもらえるなんて思わなかったからァ……」
姉は号泣した。可愛い。不覚にもそう思った僕だった。
姉は心配だったのだそうだ。
母と憲太郎さんは忙しいので無理だろうし、、普段から苛めている僕は逃げると思ったのだそうだ。
「それなのに、みんなが集まってくれて……」
姉は涙と鼻水でボロボロの顔を亜希ちゃんに向けた。
「亜希ちゃんまで来てくれて……」
姉はそのボロボロの顔で亜希ちゃんに抱きついた。
「美鈴さん……」
とうとう亜希ちゃんももらい泣き。僕も泣きそうだった。
こんなに可愛くて愛しい姉を見たのは、久しぶりだった。
本当に誕生日おめでとう、姉ちゃん。