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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学四年編
308/313

その三百七

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学四年。


 長い間の懸案だった多田羅たたら美鈴みすずさんとの問題も、多田羅さんの伯父さんである亮さんの登場により、一気に解決した。


 誰の言葉も受け付けなかった美鈴さんが、僕の亡き父の事故の当事者である亮さんの言葉を受け入れたのは、驚きだった。


 やはり、彼女は伯父さんの「不遇」を悲しみ、僕達を憎んでいたのだった。


 だからこそ、その伯父さんに何度も諭されて、自分の非に気づけたのだろう。


 いや、一概に彼女の思いを「非」と断じるのは早計かも知れない。


 僕が美鈴さんの立場だったら、と思うと、そんな考えも浮かんでしまった。


「武彦ったら、多田羅さんに『大好き』って言われて、デレデレしてるんじゃないの?」


 美鈴さん達と別れて、大学で合流した彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんに話をしたら、そう言われてしまった。


 やっぱり、美鈴さんに「大好き」と言われた事は伝えるべきではなかったと後悔した。


「そ、そんな事はないよ……」


 嫌な汗が背中を流れるのを感じながら、僕は亜希ちゃんに応じた。


「冗談よ、武彦。女の子には誰にでも優しいから、ちょっと意地悪言っただけ」


 亜希ちゃんが悪戯いたずらっぽく笑って言う。僕は苦笑いするしかなかった。


「美鈴さんは、都の教育委員会にも連絡して、直に教育委員の皆さんに謝罪もしたそうだよ。委員の皆さんは、彼女の気持ちもんでくれて、お咎めはなしだったらしいし」


「そう。よかったね、武彦。妙なしこりが残らなくて」


「うん」


 僕は周りに誰もいない事を確かめて、亜希ちゃんを抱き寄せた。


「え? どうしたの?」


 亜希ちゃんが目を見開いて僕を見つめる。こんな事をした事がないからだろう。


「ありがとう、亜希。いつも亜希がそばにしてくれたから、僕は挫けずにここまで来られたんだ。本当にありがとう」


 そう言って、強く抱きしめると、亜希ちゃんが震えているのに気づいた。


「武彦……」


 亜希ちゃんは目を潤ませて僕を見ていた。僕達はそっと口づけした。


「当たり前じゃない。私は武彦の彼女なんだよ。誰よりも近くにいるんだよ」


 亜希ちゃんが涙を一粒右の目から零したのを見て、僕も泣いてしまった。


 


 その日はバイトは休みだったのだが、亜希ちゃんと一緒にコンビニに行った。


 店長にもお世話になったので、合格の報告を兼ねて、である。


 店長と同僚達が喜んでくれたのは、僻みではなく、亜希ちゃんが一緒だったからのような気がした。


「磐神先輩、おめでとうございます!」


 一年後輩の経済学部の長須根ながすね美歌みかさんが泣きながら言ったので、僕は焦ってしまった。


「ありがとうございます」


 僕は亜希ちゃんと共に頭を下げて、お礼を言い、コンビニを後にした。


「次は二人の結婚報告かな?」


 店長が最後にそう言ったのを聞き、僕と亜希ちゃんは顔を見合わせて赤面した。


 駅までの道すがら、姉にも電話をして、多田羅美鈴さんとの和解を報告した。


「そうか。よかったな。きっと父さんも喜んでいるぞ」


 姉は涙ぐんでいるらしく、声がかすれて聞こえた。


「姉ちゃんと名前が同じだから、きっとわかり合えるって思っていたんだよ」


 お世辞ではなく、そう言うと、


「だろ? だろ? な? 美鈴という名前に悪い人間はいないんだよ、武」


 妙にハイテンションで応じられたので、ちょっとだけ引いてしまった。


 横で聞いていた亜希ちゃんも苦笑いしている。


「あ、姉ちゃん、母さんからキャッチが入ってるから、切るね」


 強引グマイウェイの姉でも、相手が母だと引き下がらざるを得ないらしく、素直に通話を終えてくれた。


「武彦、おめでとう! 今日こそ、お寿司とろうね!」


 母も姉に負けないくらいテンションが高かった。


「ありがとう、母さん。それからね」


 僕は多田羅家との和解を報告した。母は一瞬黙り込んでしまったが、


「そう。よかった。父さんも喜んでくれると思うよ」


 姉と同じ事を言われたので、少しその偶然に驚いた。


「これで、ようやくすっきりしたよ」


「そうだね。あ、もう仕事に戻らないと」


 母は慌ただしそうに通話を切った。僕は次に高木睦美先生の連絡した。


「そうか。よかったな、磐神。お前の粘り勝ちだな」


 高木先生は、多田羅美鈴さんの事はしばらく忘れろと言っていたのだ。


「ありがとうございます」


「須芹先生はもう帰ったから、彼女の携帯に連絡してくれ」


 高木先生にそう言われ、僕はビクッとして亜希ちゃんを見た。


「先生、僕は須芹先生の携帯の番号を知りませんよ」


 焦って言うと、高木先生は、


「あれ? そうだったか? 『武彦君』とか呼ばれているから、プライベートでも交流があるのかと思っていたんだが」


 亜希ちゃんを刺激するような事を言わないでください。そう言いたかった。


 一応、高木先生から須芹先生のご自宅の電話番号を聞き、そこへかける事にした。


 携帯の番号を聞いたら、また亜希ちゃんにムッとされてしまうからだ。


 須芹先生は、姉の夫の憲太郎さんの中学の同級生なんだから、嫉妬しないで欲しいんだけどな。


「あら、武彦君。どうしたの?」


 教員試験の二次選考に合格したのは報告済みなので、何故連絡したのか思い当たらなかったのだろう。


 そう言われてしまった。僕は多田羅さんの事を話した。


「そう。伯父さんが間に入ってくれたのね」


 須芹先生は感慨深そうだ。


「はい。亮さんは、一週間だけ日本にいる予定だったんです。だから、まさに奇跡的なタイミングですよ」


「武彦君のお父さんが導いてくれたのかもね」


 不意にそんな事を須芹先生が言ったので、僕はドキッとした。


 いや、本当にそうかも知れない。少しでもタイミングがずれれば、僕達はまだわかり合えなかったかも知れないのだから。


(父さん、ありがとう)


 僕は心の中で、亡き父にお礼を言った。


 さあ、後は実際に採用されるのがいつか、だ。こればかりは自分の力ではどうにもならないけど。

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