その二百九十九
僕は磐神武彦。大学四年。
小さな天使二人の突然の訪問で、気分転換ができた僕。
姉の夫の憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さんの夫の西郷隆さんの一番上のお姉さんである恵さんのお嬢さんの莉子ちゃんと真子ちゃん。
僕の彼女の都坂亜希ちゃんに敵意を向けていた二人だったが、今回の一件ですっかり仲良くなった。
あまりにも二人が亜希ちゃんに懐いてしまったので、僕はもう少しで嫉妬してしまいそうだった。
「たくさん、嫉妬してよ、武彦」
教員試験の一次選考の発表の日の朝、莉子ちゃんと真子ちゃんと共に姉が使っていた部屋に泊まった亜希ちゃんが、悪戯っぽく笑って言った。
「うん、たくさんするね」
僕は清々しい気持ちで応じた。
莉子ちゃんと真子ちゃんは、お母さんである恵さんが西郷さんと共に現れると、大はしゃぎしていたのが嘘のように大人しくなった。
恵さん、相当怖いんだな。改めて思った。
「本当にごめんなさいね、武彦君、亜希さん」
恵さんは手土産まで持って来てくれていた。返って恐縮してしまう。
「莉子ちゃん、真子ちゃん、また遊びに来てね」
僕がしゃがんで二人に言うと、二人は恵さんを気にしながら、小さく頷いた。
「でも、お母さんに黙って来たら、ダメだよ」
「うん」
莉子ちゃんと真子ちゃんはやっと笑顔になって応じてくれた。
そして、去り際に、
「亜希さんのおっぱい、お母さんより大きかったよ、武彦お兄ちゃん」
莉子ちゃんがこっそり教えてくれた。僕の顔が真っ赤になったのは言うまでもない。
それ、くれぐれも、お母さんには言わないでね、莉子ちゃん……。
亜希ちゃんのおっぱい……。想像しそうになってしまった。
「武彦、莉子ちゃんに何を言われたの? 顔が真っ赤になっていたけど?」
亜希ちゃんが訝しそうに尋ねる。僕は苦笑いして、
「ああっと、もうすぐ一次選考の発表だよ、亜希」
そう言って、玄関に入り、階段を駆け上がった。
「ちょっと、武彦!」
亜希ちゃんがムッとして追いかけて来たので、
「亜希の胸が大きかったって言われたんだよ」
僕はほんの少しだけ創作を交えて話した。
「もう、莉子ちゃんたら!」
亜希ちゃんは恥ずかしそうに笑っていたが、嬉しそうにも見えた。
「やっぱり、一緒に入りたかったの、武彦?」
亜希ちゃんが後ろから抱きついて来たので、背中に例のアレがギュッと当たるのがわかった。
「いや、亜希以外の女性とは一緒に入りたくないから……」
テンパってしまった僕は、とんでもない事をいってしまった。だが、
「ありがとう、武彦」
亜希ちゃんは更にギュウッと抱きついて来た。ああ、更に例のアレが……。
部屋に入ると、早速机の上にあるノートパソコンを起動した。
バイト代を溜めて、先月ようやく手に入れたのだ。
ブックマークしてある都の教育委員会のホームページにアクセスした。
ずっとそんな感情は忘れていたのだが、ここまで来て突然緊張して来てしまった。
マウスをクリックする指が震えてしまい、何度か違うページを開いてしまう程だった。
「落ち着いて、武彦」
亜希ちゃんが僕の両肩を掴んで言ってくれた。彼女の吐息が耳にかかり、違う意味で緊張してしまう。
「ありがとう、亜希」
僕は何とか合格者が掲載されているページを開けた。
心臓が動いているのがはっきりわかるくらいドキドキしている。
見るのが怖かったが、亜希ちゃんが一緒にいるので、堪えられた。
「あった……」
僕の受験番号があった。自然に涙が溢れ、零れ落ちていた。
「武彦!」
亜希ちゃんが抱きついて来て、キスしてくれた。僕もそれに応じた。
しばらくキスが続いた。これ程嬉しい事は久しぶりだったからだ。
「でも、まだ面接があるから」
僕は目をまっ赤にしてこちらを見ている亜希ちゃんに告げた。亜希ちゃんはニコッとして、
「武彦なら大丈夫。絶対に先生になれるから」
「ありがとう、亜希」
僕達はもう一度キスをした。
その後、コーラで乾杯をした。
そして、バイトに行く時間になったので、亜希ちゃんを送り出した。
「またね、武彦」
亜希ちゃんは微笑んだまま手を振り、家に帰って行った。
僕は部屋に戻ると出かける準備をし、携帯を取り出して、一番に知らせなくてはならない人に連絡した。
「何だよ、武?」
不機嫌そうな声で姉が出た。僕は一瞬通話を切りそうになったが、
「姉ちゃん、今日、試験の一次選考の合格発表があったんだ」
「そ、そ、そ、そうか。で、で、ど、ど……」
実は僕以上に緊張してしまうタチの姉が、呂律が回らなくなってしまった。
そこまで僕の事を心配してくれていたんんだと思うと、涙が出そうになる。
「合格していたよ。ありがとう、姉ちゃん」
「そうか! やったー! ばんざーい!」
姉の大声が鼓膜が破れるのではというくらい響いて来た。
その直後、受話口の向こうで、姉の子供の憲人の泣き声が聞こえて来た。
「ああ、ごめーん、憲人、ママが悪かったでちゅう」
慌てて謝る姉の声も聞こえた。何だか癒された。
あれ? 通話が切られてしまったぞ……。姉らしいな、もう。
母は仕事中だから、メールで知らせておこうか。
「おっと、いけない」
僕は携帯の時計を見て、慌てて家を出た。バイトに遅刻しそうだ。
まだ試験の道のりは遠い。でも、頑張るぞ。