その二十九
僕は磐神武彦。高校三年生。
勉強の方も自身が湧いて来て、只今絶好調。
そして、恋愛の方も、幼馴染で同級生の都坂亜希ちゃんとうまくいっていて、絶好調。
しかし、家庭は今ドンヨリしていた。
あの破天荒を実体化したような姉が、意気消沈しているのだ。
「リッキーに高校の制服着て見せたのに、汚い物を見るような目で『何考えてるの?』って言われた」
姉の落ち込みようは、どんなバンジージャンプも敵わないくらい凄まじかった。
今度ばかりは姉が悪い。
弟の僕が引いたくらいなんだから、婚約者の力丸憲太郎さんはもっと引いたはずだ。
だから、慰めてあげるつもりはない。
姉にはじっくり反省して欲しいから。
世の中、自分を中心に回っているのではない事を自覚するべきだ。
只、母は心配していた。
「あの美鈴があそこまで落ち込むなんて、どうしたのかしら?」
「たまにはいいんだよ。少しは反省しないと」
僕は日頃の鬱憤もあったせいで、そんな事を言ってしまった。
「武彦、言い過ぎよ」
母に窘められてしまう。
「冷たいのね、あんたは」
母はムッとしていた。何で僕が悪者になるのさ?
よし、こうなったら憲太郎さんに会って、姉の事を尋ねてみよう。
僕は憲太郎さんに連絡を取り、図書館で会う事にした。
「どうしたの、武彦君? 話があるだなんて……。電話じゃダメなの?」
「はい。姉に聞かれたくなかったので」
「そうなんだ」
憲太郎さんは不思議そうに僕を見た。
僕は姉の「制服落ち込み騒動」を話した。
「ああ、それか」
憲太郎さんはニコッとした。
「え?」
僕はその反応に驚いた。
「美鈴は、やっぱり僕の言った事を間違えて解釈したんだね。仕方ないなあ」
「はあ?」
ますます意味がわからない。
「僕はさ、美鈴の制服姿なんて、目を瞑れば思い浮かべられるほど見ているんだよ。それを今更見せられても、コメントのしようがないので、何考えてるのって言ったんだ」
「なるほど」
しっかり者だが慌て者の姉の「本領発揮」だった。
「美鈴に言ってあげて。君は何を着ていても可愛いよって」
「そ、そんな事は自分で言って下さいよ、憲太郎さん」
僕はとても代理を務める自信がなかったので、そう言って拒否した。
「そうだね。わかった。自分で言うよ」
「お願いします」
姉が落ち込むと、我が家は火が消えたようになってしまう。
頼みますよ、憲太郎さん。
姉はああ見えて、実は「ガラスのハート」なんですからね。
図書館を出ようとした時、ちょうど亜希ちゃんが友達とやって来た。
「じゃあね」
憲太郎さんはそれに気づいて僕らに会釈して立ち去った。
「武君、どうしたの?」
今日は「別々行動デー」なので、亜希ちゃんとバッタリ会うと何か気まずい。
亜希ちゃんは友達に何か言うと、僕をフロアの隅まで引っ張って行き、
「何かあったの?」
「姉ちゃんがちょっとね」
僕は正直に顛末を話した。
亜希ちゃんも苦笑した。
「美鈴さんらしいわね。でも、確かに美鈴さんなら、まだ高校生で通用するかも」
「そ、そうかな?」
実はそう思っていながらも、亜希ちゃんに気を遣って、僕は曖昧な返答をした。
亜希ちゃんは友達を待たせているので、すぐに僕と離れた。僕は亜希ちゃんに小さく手を振って図書館を出た。
「只今あ」
僕は玄関を抜け、そのまま階段を上がった。
「たーけくん」
姉の声が後ろでした。背筋がゾッとする。
何だ? 今のトーンはちょっと不気味だ。
「な、何?」
振り返ると、笑顔全開の姉が立っていた。
「ありがと、武彦。リッキーに会いに行ってくれたのね」
「あ、うん」
良かった、その事か。え? 手招きしている。小遣いでもくれるのかな?
僕は嬉々として階段を下りた。姉が両腕を広げて、僕をハグしてくれた。
「はい、ご褒美」
「え?」
小遣い目当てで近づいた僕がバカだった。
「ぐええええ!」
姉はこれでもかというくらいの力で、僕を「抱きしめて」くれた。
「『美鈴はホントに早合点だなあ』って、リッキーに笑われちゃったじゃないのよ、このバカ武!」
姉の新必殺技「サバ折り」は、強烈だった。
ああ。でも、またあの感触が……。でも、痛くてそれどころでは……。




