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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学四年編
297/313

その二百九十六

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学四年。


 教育実習で出会った多田羅たたら美鈴みすずさんとの様々な出来事を全て振り払い、僕は教員試験に没頭した。


 実習の指導をしてくださった高木睦美先生が都の教育委員会に話をし、僕は取り敢えず処分はなしになり、多田羅さんへの事情聴取も延期になったらしい。


 多田羅さんを呼び出して話を聞けば、更に彼女を刺激して、ますます暴走をする可能性があると高木先生が進言してくださったのを受け、教育委員の方々も、了承してくれたとの事。


 そして、多田羅さんから、もう一度僕の処分をして欲しいという要望書が郵送されたそうだが、教育委員会はそれに対して、検討すると返事をするに留めたそうだ。


 それは、もちろん、高木先生の説得もあったが、何よりも教育委員の皆さんを僕の味方にしてくれたのは、他ならぬ、多田羅さんのお母さんだった。


 多田羅さんの要望書が届くより早く、お母さんは直接都庁に赴き、委員の方々と話をしたのだ。


 そして、僕には何の非もないし、娘の逆恨みから始まった行動だと言い、謝罪したと聞いた。


 こうして僕は、受験勉強に戻る事ができたのだ。


 皆さんに感謝だ。


 


 教員採用試験の一次選考は、七月十三日に行われた。


 教職教養〔六十分間〕、専門教養〔六十分間〕、論文〔七十分間〕だ。


 もうこれ以上はないというくらい細大漏らさず対策を講じた僕は、落ち着いて試験に臨んだ。


 大学入試よりは自分を冷静に見つめられていたと思う。


 人生経験を積んだからと言う程長くは生きていないけど、そんな事を考えた。


「お疲れ様、武彦」


 試験を終えて外に出ると、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんが待っていてくれた。


「ありがとう、亜希」


 そして、二人で近くのファミレスに立ち寄り、ささやかではあったが、お疲れ会をした。


「亜希も受験を控えているのにごめんね」


 僕はノンアルコール飲料で乾杯をした後で、亜希ちゃんに詫びた。すると亜希ちゃんは口を尖らせて、


「何よ、水臭いな。私の受験はまだ先だし……。私とお疲れ会を開くのは嫌なのかな、磐神君?」


 久しぶりの「磐神君」攻撃をしてきたので、ドキッとした。


 それは本当にシャレにならないからやめてと言っているのだが、亜希ちゃんは時々いたずらっ子のような目をして、不意打ちを仕掛けて来るのだ。


 それも可愛いから、いいんだけどね。


「そんな事はないよ、都坂さん」

 

 僕もおどけて、名字で返した。亜希ちゃんはクスッと笑った。そして、


「確かに、急に名字で呼ばれると、よそよそしくて、悲しくなるわね」


「わかってくれた?」


 僕は苦笑いして尋ねた。亜希ちゃんは真顔になって、


「ごめんなさい、武彦。もう二度としません」


「いや、そこまで言ってくれなくてもいいよ。僕が増長したと思ったら、遠慮なく使って」


 僕も真顔で返したので、お互いに思わず吹き出してしまった。


「まだ、二次試験があるからね。気を抜かないように頑張るよ」


「うん。武彦なら、大丈夫。絶対に合格するって、信じているから」


 ボックス席で、周囲の視線がないので、僕達は手を取り合った。


 さすがにキスはできなかったけど。


 一時選考の結果の発表は八月十一日 午前十時。


 そして、二次選考は、八月二十三日又は二十四日。この日程は選択はできない。


 それから、二次選考の結果の発表は十月十七日午前十時。


 日程を見る限り、一時選考の結果を確認してから、二次選考の準備をしたのでは間に合わない。


 だから、お疲れ会を終えて帰宅したら、すぐに二次選考のための勉強を始める必要がある。


 亜希ちゃんとのひと時は名残惜しかったが、そうも言っていられない。


 僕達は帰路に着き、亜希ちゃんの家の前まで一緒に帰った。


「武彦、頑張ってね」


 亜希ちゃんが玄関の陰に僕を引き込み、キスをしてくれた。


「ありがとう、亜希」


 僕もお返しのキスをした。 


 


 家に着いた。当然の事ながら、母はまだ帰宅していない。


 僕は部屋に上がると、着替えをすませ、すぐに二次選考のための勉強を始めた。


 二次選考は個人面接と集団面接がある。


 極論を言えば、対策を講じるのはかなり困難だ。


 だが、様々な場面を想定して、問答集を作り、それに対応するための訓練をする事はとても意味があると思った。


 大学受験の時は、姉の義理のお姉さんである西郷沙久弥さんという偉大な先生がいてくれたが、今回はその立場に当たる人がいない。


 孤独な戦いになっている。


 でも、僕は負けない。必ずこの長くて険しい道のりをゴールまで進んでみせる。


 そしてその先には、多田羅さんとの話の決着。何としても、彼女のごうを解きたいのだ。

 

 それが果たせないままでは、僕は教師としての道を踏み出せないと思うのだ。


 多田羅さんとの事は、こんな言い方をするのはどうかと思うけど、天が僕に課した試練だと思っている。


 だから、尚の事、乗り越えなければならないのだ。


 ああ、いけない。そんな先の事を気にしていたら、ダメだ。


 また頭から多田羅さんの事を追い出した。


 まずは教員試験に合格する事。それを第一に考える。


 とにかく試験に全神経を集中しようと思った。


 だが、それ程世の中は甘くないと思い知る事になるとは、その時は夢にも思わなかった。

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